炎と雪

霜月美雨

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暖かい炎

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~~~~~~


身請けの話が来てからも、張見世には立たされた。



もう… 会うこともできないのだろう…


やっと会えた… 最愛の兄……


それが廓(ここ)で、


一夜の契りを交わし


また離れ離れになってしまう…


ーーーー江戸の世情とは、なんと世知辛いものでありんしょう…。。


きれいな首筋だった あのお菊も

いまでは病の床に伏して、

もう長くないと聞いた。



ーーー結局私たちは籠の鳥……。



節気は大雪(たいせつ)から冬至に移り



寒々しい灰色の雲が、鮮やかな格子戸の向こうに立ち込めている。




身の上も知らない商人に身請けされるくらいなら

いっそ ここで 死んでしまうのも同じ気がした。


~~~~~~~~~~


師走の空に雪が舞い出している。


見慣れた格子戸から


冷たい粉雪が舞い込んできた。


掌に乗せると ほどなくして 

スー ッと溶け去った。



「鈴音。ご指名だ。」



名を呼ばれて大見世を後にする。



ーーーー私も雪だったらよかったのに…。


凍てつく張見世から

熱気を帯びた室内へと入っていった。



~~~~~~


「……………銀さん……。」


私は客間に通されるなり動揺し
挨拶の一言も出て来ずに固まっていた。


「………鈴音。こちらにおいで。」


……聞き慣れた声が私を呼ぶ。


伏せ目のままその人のそばに静かに座した。


ただ そばにいるだけで、


こんなにも心が解けてしまう。


ほころんだ心の隙間から 悲しい雫が零れ落ちる。


「おやおや……どうしたんだい?

今夜はやけに哀しそうじゃぁないか。」


優しい声と 懐かしい香りが

その雫を掬い取り 拭った。


「……身請けの話が立ちんした…」


周囲に気を払い、小さく呟いた。


「……ほぅ。 それはそれは…
さぞ裕福なお客さんなんだろうねぇ…
お前も 所帯を持ち
ここより 良い暮らしができるじゃないか?」

よく頑張ったねぇ…と

なだめるように肩を摩る。


ーーーー違う…。 そんなこと……
言われたいわけじゃないのに……。



優しさに 余計に涙が溢れた。


「……お兄さん…」


「シーーっ。 もう君は自由が約束された身なんだ。 その呼び方はいけないねぇ…」


そう咎めても 私を見る目は優しかった。


「………お兄さん…

お小夜は兄さまを 

お慕い致しております…」


うんうん。と頷き 唇に人差し指を当てられ


「知っている。」


と返される。


「……」


「わかっているから話がある。

それで今夜 ここへ来た。」


「………。」


「………お小夜。 此方へ。」


兄の懐に導かれると、彼は私の手を取り

彼の懐に そっと触れさせた。



「……!」


「そう。 お前が余りにも愛いものだから

街の噂で身請けの話を聞いた時は

俺も戸惑ってしまってね……

代わりに身請けしてやれるほどの銭もない。

こんな兄でも お前は慕ってくれるのかい…?」


瞳から零れ落ちる雫は 歓喜の彩に変わった。


「………はい。 お慕いします。 
……どこまでも…ずっと…」


フッと笑って いつもの笑顔を向けてくれた。


「………本当に… 本当に 困った子だねぇ…」


抱き添えられながら 唇を重ねる。


滲んだ涙の味に 藍の香りが混ざってゆく…


幾度も幾度も接吻を繰り返し


息が一つになってゆく。


「まさかこの師走のうちに、

こんなに人生が何転びもするなんざ

思っても見なかった。

人生最後まで わからないもんだねぇ…



困ったように笑い、口付けると


潤んだ私に触れ


程なく 奥に分け入った。



「~~~~っ!!ハァ…っ あつ い……」


彼の腕に添えた手に力が篭る。



「おまえはここがイイんだねぇ……

ずっと知っていたさ… ハァっ

おまえの心も 善がれるところも…」


静かに腰を揺らし始める。



「ぁぁっ。。ハァッ も… ど…して…

ハァハァッ…ぁぁぁ…っ!!」


背筋が仰け反り 達する。


狭くなった奥に 更に何度も突き立てて


気が違えてしまいそうになる程の快楽に


溺れた。



何度かの精を受けた後、

ふと屋敷の外の騒がしさに気づく。


刻は夜半を過ぎていた。



「……上手く回ったみたいだね…」


「……回ったって?」


「ここへ来る前、屋敷の裏門に付け火をしてきたんだ。

この雪で消えてしまうかと思ったけれどね……

どうやら、炎の方が 強かったみたいだねぇ…

じきに此処へも回るだろう」



「………」


まだうっとりと滲んだ視界が彼を写している。


「なぁに……おまえばかりが懸想していたわけじゃない。

……とっくに俺も、おまえに 落っこち切っていたさ……。」





「…お兄さん」





「お小夜……」





優しい瞳と 藍の香りに包まれながら





遠くに火消の鐘が聞こえている。





「もう 年の瀬だというのに…なんて穏やかで 温かいことでしょう。」





「あぁ… 温かいな。 ほんとうに…」





「お兄さん… 」




「…うん?」





「もう一度だけ……」



紛れも無く 兄が妹を見つめるまなこが
甘く揺れる。





「ぁぁ。 もう一度、 おまえの中に


精を放ってからね…」




傍の着物の懐から そっと合口を取り出す。




「覚悟はいいかい…? お小夜。」




「………はい。」





答えを聞くや否や、兄さんは 一層熱く、強く私の奥を突き始めた。


「んッ はぁッ ぁぁ…兄さまぁ…っ!… ッ…ァッ 」


「…お小夜… ハァッ お小夜…ッ …!」




見慣れた吉原の天井が いつも以上に紅く染まっている。




「ハァッ ぁッ ハァッ … ぁぁッ !兄さまぁ…ッ!」


「クッ!お小夜………!」


私が気をやった瞬間に、お兄さんは


合口で私の胸を突いた。


…ぐっ… くッ…


一瞬息が詰まるも、すぐに合口は抜かれる。



愛おしく哀しい瞳を細めて、


彼は自らの胸を刺した。


私たちは重なり合って、


流れ出た同じ血の中で


懐かしい匂いに抱かれて しあわせだった。





「……ただいま わたしのお兄さん…」




「………お帰り。 俺の愛い 妹…」




熱い熱い 二人の熱で 



何もかもが溶け去ってしまいそうなほどに。





ーーーー雪のように儚く。

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