マンドラゴラの王様

ミドリ

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第四章 マンドラゴラの王様

45 会いたかった人

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 そう、誰もこれをあげるなんて言っていない。

「ここは我が家の土地です。よって、それの持ち主は私です。今すぐ返して下さい」

 正論を言われ、ウドさんは返答に窮した。一歩下がる。ハヤク、ハヤクと声が叫ぶ。

「うっうるさいデス! 私はアーニャと幸せに暮らすんデス!」

 ウドさんは何を思ったか、いきなり私の方に突進してきた。熊が襲いかかってくる様なその光景に、私の足は竦む。だけど、どうやら私にどうこうするつもりではなく、私の横をすり抜けて森の中に入ろうとしたらしいと途中で気付く。すると、私の隣に立っていた吾郎くんの手から飛び出した木の根が、躊躇なくウドさんを激しく殴打した。

「ぐわあっ!」

 横倒しにされたウドさんだったけど、吾郎くんから伸びた根を掴むと、ぐいっと引っ張る。

「うわっ!」

 吾郎くんがウドさんの方に引っ張り寄せられ、二人の揉み合いが始まってしまった。

「ワタシ、これがないとアーニャ守れないデス! キングなら他のマンドラゴラも守って下さいネ!」
「今、美空を襲ったな! 許さない!」

 吾郎くんは、聞いちゃいなかった。遠慮なく、ウドさんの顔面に拳を叩きつけている。

「や、やってまセーン! 誤解デース!」

 鼻血を出したウドさんは、ちょっと及び腰だ。キングを怒らせてしまったのが分かり、慄いているのかもしれない。なんせ、ペアの周りに異性が彷徨くだけで嫉妬して殺意を抱くマンドラゴラの中のマンドラゴラ、キング・マンドラゴラだ。切れ方が半端ない。本気で殺しに来ることがあるのをウドさんは身を以て理解しているから、恐怖もひとしおだろう。

「美空に手を出すな!」
「ノオオオ!」

 物凄い展開に暫し唖然としていたけど、ふと見るとマンドラゴラの根っこの塊が横に落ちているじゃないか。私はそーっと気配を消しながら転がる二人の横を通り過ぎると、塊をパッと掴んで元あった場所へと急いで運ぶ。ハヤク、ハヤク。声達が私を急かした。

 大きくぽっかりと開いてしまった穴へ、根っこを突っ込む。すると、下の方の根がスルスルと地面に向かって伸びていくのが見えた。間に合った、間に合った! 嬉しくなって、吾郎くんの方を笑顔で振り返る。

「吾郎くん! 間に合っ……」

 立ち上がった瞬間、足許がずるりと崩れ落ちていく感覚が襲った。顔を上げた吾郎くんが、泣きそうな顔で何かを叫んでいる。ウドさんの大きく見開かれた目が、最後に見えた。

「美空!」
「美空サン! オーノー!」

 大丈夫だよ、間に合ったよ。もう平気なんだから――。そう伝えたかったのに、何も言う前に、視界から二人の姿が消えてしまった。いや、消えたのは私の方だ。落ちているのは私の方だ。

 空と崖が、視界一杯に広がっていた。

 人身御供達は皆、この空を見たのだろうか。死を望まれて自ら身を投げるなんて、誰がしたいものか。さぞや怖かっただろう。悔しかっただろう。この空を見て、心が痛くなった。

 美空、美空と繰り返し叫ぶ吾郎くんの声が遠のく。ごめん、最初から突き放さなければよかった。もっと素直になって、私も初めから吾郎くんが大好きだよとちゃんと伝えてあげればよかった。

 後悔しても、時は戻せはしない。せめて吾郎くんが枯れない様に、私は聖域と共になろう。かつての人身御供達と同様に、聖域に願うのだ。吾郎くんを生かして下さいと。そして聖域に溶けて、吾郎くんの糧となろう。そうすればきっと、後は山崎さんが面倒を見てくれる。それが、せめてもの救いだ。

 ――ミソラ――。

 先程まで聞こえていた植物達の声の中に、はっきりと私の名を呼ぶ声がある。

「えっ」

 懐かしすぎる声だった。涙がブワッと溢れ、空を映していた視界が滲む。そろそろ地面にぶつかる衝撃が訪れるかと構えていたけど、それが一向に訪れない。そう思った瞬間、背中に柔らかい何かが当たり、私はそのまま空に跳ね上がった。そして再び落ちる。今度は見た。崖の中腹に、細い根で細かく編み込まれたネット状のものが張り巡らされているのを。

 ボヨン、ボヨン、とトランポリンの様に何度かその上で跳ねていたけど、やがてそれも止む。

 一体何が起こったのか。ネット状の根の上で、恐る恐る目を開けた。私は、生きている。それだけは分かった。

 再び、私を呼ぶ懐かしい声がする。

「美空」
「あ……」

 崖の中から飛び出している、ネットと繋がっている根っこがむくむくと盛り上がると、見る間に人の姿を形成していった。細い、折れそうなシルエット。私を見守る、優しい微笑み。あの姿は、間違いない。大好きだった、あの人の姿だ。

「美空、怪我はないかい?」

 ボタボタと、今度は歓喜の涙が溢れる。会いたかった。ずっと会いたかった。

「――お父さん……!」

 根で編み込まれた土色をした父の姿が、そこにあった。横向きに投げ出されていた身体を起こすと、ネットの上に四つん這いになる。とりあえず、隙間から落ちることはなさそうだ。私は無我夢中で揺れるネットの上を這い、父の元へと向かう。会いたいけど叶わないとずっと思っていたその人が、私の命を救ってくれた。

「お父さん、お父さああああんっ!」

 ひし、と父に抱きつく。根っこで出来ているからか、柔らかさはない。それに、父には辛うじて身体の形と顔があるだけだ。だから抱き締め返してはもらえなかったけど、優しい声色は思い出の中の父そのものだった。形なんて、何でもいい。その声が、ずっと聞きたかった。

「美空、よかった」

 にこりと笑う父の姿に、私の涙腺は完全に崩壊する。そして思った。会いたかった人の声は、こんなにも胸を締め付けるものなのかと。吾郎くんが私の声を聞いた時は、こんな気持ちになったのだろうか。会いたかった、ずっと会いたかったと、そう思ってくれたんだろうか。

「お父さん! 助けてくれてありがとう……!」

 豪快に鼻水も垂らしながら父に縋っていると、父がふふ、と笑った。

「助けたのは、彼だよ」
「え?」

 父が、上空をゆっくりと見上げる。父の目線を追うと、そこにいたのは、大きな木の幹にぐるぐる巻きにされて情けない顔をしているウドさんと、根の階段を作りながら駆け下りてくる吾郎くんの姿だった。

「吾郎くん……」

 吾郎くんは、子供の様に泣いている。今すぐ駆け寄って、抱き締めてあげたかった。父は、吾郎くんに優しい眼差しを向けながら囁く様に喋る。なんせ根で出来ているので、生身の人間ほどはうまく声が出せないのかもしれない。

「彼が、美空を助けてと僕に頼んだんだ。勿論、皆の助けがないと僕だけでは無理だったけどね」
「皆……」

 今度は足許を見る父の目線を、再び追った。私が乗っている根の網に、まるで水面を泳いでいるかの様に、時折人の顔や身体が象られては消えていく。この聖域に身を捧げた沢山の命だ。根の編地の中に、古びた布の切れ端も見える。誰のか分からないそれは、かつては綺麗な赤色をしていたのだろうと思わせた。
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