イケメンハーフなダンピールに求婚されました〜ハロウィンの追いかけっこ〜

ミドリ

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乗せられなかった

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 未だかつて、様を付けられるような偉い人になった記憶はない。

 思わず聞き返した私に、チビ狼は素直に答えた。

「若様の未来のお嫁さんだから、ハルさまだもん!」
「は⁉︎ 何それ! 狼なんかと知り合いになった記憶ないんですけど!」

 間髪入れず突っ込み返すと、なんとチビ狼が泣き声になってしまったではないか。

「グスッ……! ハルさま、狼なんかって……っ」

 あ、なんかズキンと心が痛んだ。可愛いのは反則だよ、可愛いのがツボすぎる私に、その声はいかん。

 なので、つい言い直した。

「嘘! 間違えた! 狼のお嫁さんになんかなった記憶はないって言いたかったの!」
「ちょっとハル、なに気を遣ってんの」

 私を抱き抱えたままのソラの声は、不機嫌そのものになっていた。そーっと顔を見上げると、可愛い顔が滅茶苦茶厳しい修行僧の様な顔つきになっている。修行僧なんて会ったことないが。

「やっぱりハルさまって優しいから大好き!」
「へ? やっぱり?」
「大好き……?」

 このチビ狼は一体誰と間違えているんだろうか? さっきも言ったが、狼に知り合いはいない。

「だってハルさま、僕にはいつも特別に優しいし! 若様のお手つきじゃなければ僕がって思うくらいだし!」
「……どういうこと、ハル」

 ソラの機嫌がどんどん悪くなっていく。私は焦った。ていうか、お手つきってなんだ、お手つきって。私はまだ清い身体のままだぞ!

「分かんない! とにかくなんか誤解が!」
「ハルさま、僕のこと分かんない?」

 チビ狼は、そう言うとすっくと立ち上がる。

 ゆらり、と空間が歪んだ様に見えた。

 スカーフだと思っていたのは、ジャージの下だった様だ。可愛らしい白いお尻をこちらに見せていそいそとズボンを履いた元チビ狼が、くるりとこちらを振り返る。私と大して変わらない身長、可愛らしいくりっとした瞳、人懐こい笑顔。上半身裸にジャージなのがちょっと目のやり場に困るが、これは。

「コウジくん……!」
「ちょっと、誰だよそれ」

 ソラの機嫌は、もう見るからに悪かった。この子、思ったよりも嫉妬深い質なのかもしれない。嫉妬をされるのって何だかこそばゆいな。ハル二十四歳、初嫉妬される。なんてな。

 ちょっと緩みかけた頬に力を入れ何とか堪えた私は、ソラに答える。

「私が働いているお店のバイトの子だよ。まさか狼人間だったなんて」
「ハルさま、どうせなら人狼って言って。狼人間ってちょっと言い方古いし」
「あ、ごめん」

 呼び方に流行り廃りがあるとは知らなんだが、いつものコウジだと思うとつい気が緩む。と、コウジがソラの方を見て、ひく、と頬を引き攣らせた。ジリ、と後ずさる。

「ハ、ハルさま、そいつちょっとやばいよ……」
「へ?」

 相変わらず間抜けな返ししか出来ない私だが、もう何もかもが分からないことだらけで、パズルをはめたくともピースがどれだか分からない状態なので勘弁していただきたい。ていうか誰か説明してくれよ。

「……なんでハルを狙ってる」

 ソラが、顔に似合わない低い声を出した。恐る恐るソラを見上げると、ソラの周りの空間が歪んで見える。それに周りにその辺に落ちていたであろう石とか葉っぱとかも浮いていた。怒りからか、周りの重力がおかしくなってるのか。

 コウジが慌てて首を横に振った。

「え!? 違うよ! 外来種駆除をしにきただけで、ハルさまを狙ってなんかっ」
「その若様とかいう奴だよ! なんで勝手にハルの知らないところでハルを嫁候補にしてんだよ!」
「へ!? いや、だってナツカさまとご当主様の約束で……っ」

 え? なんだって? 私が心の中で耳の遠い婆さんの様な呟きを吐いていると、ソラが私に低い低い声でボソリと尋ねた。

「ナツカって誰」
「あ、お母さんのことだけど……」
「許嫁? ハルはそれ」
「知ってる訳ないでしょ! そもそも狼に知り合いはいないってさっきも言った!」
「だよな、うん、分かった」

 ソラが、絶対零度の凍てつく視線でコウジを見た。凍ったバナナで釘だって打てそうだ。

「ハルは知らない、つまり血の契約を交わした俺の方が優先される。分かったな、駄犬!」
「い、犬じゃないもん!」

 コウジが半泣きで言い返したが、ソラはそっと私を降ろすと、浮遊していた物を手で掴み次々と投げ始めた。

「うわっ!」

 ドゴン! ドゴン!! と、砂埃と共に激しい衝突音が響く。重力操作が関係しているのだろう、まるで機関銃の弾の様にコウジの足元のコンクリートを抉っていく。

「ちょっちょっと! うわっ」

 コウジは慌ててチビ狼に戻ると、急いでソラから遠ざかった。まあ正しい判断だろう。

「ソ、ソラ! あの子は知り合いだからっ」

 人狼とはいっても同僚だ。怪我でもしたら、明日からの仕事に支障が出る。と、ソラが私の頭をぽんと撫でた。

「気持ちは分かるけど、俺を殺そうとしている奴だから。怖かったら、ハルは目を瞑ってて」
「ソラ……」

 そうか、コウジだからと思ってしまったが、ソラの命が狙われているのに変わりはないのだ。

 でも、コウジは私が可愛がっていた子で。

「ハルさまを返せ―!」

 チビ狼に戻ったコウジが、叫びながらソラに突進していく。ソラはそれをひらりと宙で一回転し躱すと、通り抜けようとしていたコウジの腹をガン! と蹴った。スローモーションの様に、綺麗に決まった足の形が目に焼き付く。サッカーボールはお友達、なんて言葉が頭をよぎった。

 キャウン! と犬の様な鳴き声を上げて、コウジが横に吹っ飛んでいく。

「ああっコウジくん!」
「ハル! どっちの味方だよ!」

 ソラがトン、と降りてくるが、私はもうどうしていいか分からず、――叫んだ。

「喧嘩、しない!!」

 今にも石を投げようとしていたソラが、ビクッと止まった。いてて、と立ち上がったコウジが、私とソラを交互に見る。

「えっでも! 外来種は放っておくと秩序が保たれないって……」
「ソラは私が面倒をみるから大丈夫なの!」
「えっで、でもお……」

 普段声を荒げない私が怒鳴っているのが余程ショックだったのか、コウジは戸惑っている。優しいお姉さんハルちゃんは封印だ。可愛い子にだって容赦はしない。

「その若様だかなんだか知らないけど、その人? にもそう言ってよ!」
「え? ハルさまが言うなら言ってみようかな……」

 コウジは基本押しに弱い。だからガツンと指示する様に言えば通るかな、と思ったのだ。

「コウジくんならできる!」
「……う、うん!」

 そして乗せられやすい。持ち上げてあげると結構簡単に頷いてくれるのも知っている。

 コウジは、まだ石を握って警戒しているソラからは距離を置きながら、この場を立ち去ろうとした。

「コウジ! お前は阿呆か!」
「え⁉︎」

 驚くコウジの横にスタッと降り立ったのは、多分あのおじさん狼だ。声がそうだったから。そしてもう一匹も飛んできた。

「やっと追いついたわあー」

 お姉さん狼だった。

 そして。

「コウジ」

 別の男の声がコウジを呼ぶと、コウジはビクッと身体を震わせた。
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