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若様
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最後にコウジに呼びかけた声。それは低めの聞き心地のいい男の声だった。
とす、と軽やかにこの屋上に降り立った影は、月明かりにその身体を覆う毛を艷やかに反射させている。
輝く様な銀色の毛並みを持つその大きな狼がコウジの横まで優雅に歩いて来ると、たしなめるように言った。
「コウジ、下がっていなさい」
「あっ若様!」
コウジは、自分よりも遥かに大きい銀狼に向かってパタパタと尻尾を振る。これが例の若様らしい。ていうかやっぱり尻尾振るんだな。そこは鉄板か。
コウジは小柄な狼だからだろう、私的にはあんまり怖くなかった。むしろ可愛い部類に入る。だが後の狼は背中に跨って移動だって出来そうな位やたらと大きいので、私は恐怖を覚えた。どう考えてもでかすぎだろう。
すると、銀狼が突然その場で「アオオオオオオーン!」と遠吠えを始めた。途端にあちこちから同じ様な遠吠えが沸き起こる。この遠吠えに応える様に、どんどん声が集まって来るではないか。
ちょっと、なに仲間呼んでるのこの銀狼。こっちはソラと私のふたりしかいないっていうのに、どんだけだ。
「ソ、ソラ……!」
「ハル!」
私がソラに駆け寄ると、ソラは私を守る様に腕の中に抱き寄せた。ソラの可愛い顔は真剣そのもので、瞳は紅く輝き、集結する狼達を警戒しているのが分かった。
「……囲まれたか」
ソラがボソリと呟いたので私が慌てて周辺を見渡すと、隣接するビルの屋上に黒い影が蠢いているのが確認出来た。
いや、隣接する所だけではなく、その向こうのビルにも、そして姿を確認することは出来ないが、このマンションの下の道路にも大勢の狼達がいるのだろう。唸る声や遠吠えに囲まれ、耳がどうにかなりそうだった。
いや、これ逃げるの無理じゃね? と心が焦る。家に帰りたいだけなのに、どうしてこうも邪魔をするのか。ソラが一体何をしたというのか。
やがて銀狼が遠吠えをやめると、しなやかな動きで一歩前に出た。銀狼が遠吠えを停止したことで、追従する狼達も次々と静かになる。
先程と同様、遠くから聞こえる街の喧騒と風が吹く音だけが聞こえる様になった。
「君は吸血鬼だね?」
「……そうだけどそれが何」
ソラの口調は冷たい。私に対するものと全く違うのは、きっと相手が自分を狙っている敵だからだろうが、自分にだけ優しく接してもらえるのは誰だって嬉しいものだ。特に好きな相手からは。一回そうと認めてしまえば、もう怖くない。今日会ったばかりのソラに恋して何が悪い。
ロミオとジュリエットなんて、会ってロミオが死ぬまでたったの三日だぞ、三日。
「その子を離してくれないか」
銀狼の声は静かだが、威圧感があった。群れのトップに君臨する王者の貫禄といったところか。
ソラは私をゆっくりと抱え上げる。私はソラの首にしっかりとしがみついた。多分、私がソラとくっついていれば、ソラの安全度は増す。
銀狼が、ピクリと小さく反応したのが分かった。
「……離してくれと言った筈だが」
「なんでだよ」
ソラが冷たく返すと、銀狼がもう一歩近付いてきながら言う。
「その子は僕のものだからだ」
銀狼が何か言っている。ソラのこめかみがぴく、と動いたので、私は慌てて首をぶるぶる横に振った。
「そんなの私は知らないから! 勝手に決めないでよ!」
「ほら、ハルもこう言ってるぞ」
ソラが追い打ちを掛ける様に言う。銀狼は何も返答せず、同じ姿勢のまま立っているだけだ。すると、隣にコウジがやってきて、慰める様に声をかけた。
「ほら若様、だから言ったでしょ? ハルちゃんはちーっとも分かってないからちゃんとアピールしないと駄目だって」
すると、思ったよりも動揺している声が銀狼から聞こえてくるじゃないか。あれ、トップの貫禄はどこにいった。
「だ、だってさ! ハルちゃん隙がないし、誘ってもスルッて逃げちゃうし、そ、それにあんまり急接近して逃げられたら悲しいじゃないか!」
「そう言って何年経つんすか、もう」
コウジは容赦ない。そして私は、銀狼の言葉に疑問を覚えていた。誘っても逃げた、ということは、私はこの銀狼に誘われたことがあるってことだ。だがいつ? ていうかこいつ誰だ?
銀狼は、今度は文句を言い始めた。
「会話のきっかけを作ってってお願いしたのに、ハルちゃんを独占してるのは誰だよ!」
「何度もきっかけ作ってるのに格好つけて踏み込んで来ないのは誰ですか」
「うっ」
コウジは一切容赦がない。若様って偉いんじゃないのか。大丈夫か、コウジ。
「影から見てたって進展なかったから皆で協力して仲良くなる環境を作ってるのに、僕だけ仲良くなってどーするんです」
先程からソラはずっと静かだ。分かる。静かに怒っていることは。だってこいつらが言ってること、勝手だし。
「だって! ハルちゃん僕に冷たいんだもん!」
「無駄に格好つけるから駄目なんじゃないすかね」
「お前さっきから遠慮ないな!」
それは私もそう思ったので、うんうんと頷いた。が、ソラがまたピクリと反応したので急いでやめた。すみません。
このままここに立っていても進まない。私はやいのやいの言っている銀狼とコウジに声を掛けることにした。
「あのー」
「え! あっはい!」
銀狼が、いい返事をした。でかい怪異の割に、案外ちゃんとしているらしい。
「家に帰りたいんですけど」
「ハルちゃん、話聞いてた?」
銀狼がガク、と項垂れた。やけに人間臭いな、この狼。まあ人狼ならそれも当然なのかもしれないが。ていうか、私の周りにいて私を誘ってきた男。……ひとりしか思い当たらない。今日も逃げるようにして帰ってきたけど、まさか。
「もしかして、神崎……さん?」
私が目を細めて尋ねると、銀狼がその場でゆっくりと溶け始め、やがてひとりの男の姿になった。腰に巻いていたらしき布がずり落ちるのを手に持ち、腰の辺りでキュッと絞る、体格のいい半裸のイケメン。あの布がなければすっぽんぽんだ。
半裸イケメンが、私に笑いかけた。
「ハルちゃん、気をつけて帰ってって言ったでしょう。なのになんでそんなのに捕まってるんだよ」
神崎が、そこにいた。
私は絶賛混乱中だった。
「……どういうことですか?」
神崎が若様と呼ばれる人だということは、狼達の中では私が神崎の許嫁という認識だってことだ。私は一体いつから神崎の許嫁になったんだろう? いや聞いてないし。
すると、はあー、と深い溜息をついて、半裸の神崎が説明を始めた。
「ハルちゃんのお母さんと僕の父さんが、僕達を結婚させるって決めたのは知ってる?」
「知りません」
私が即答すると、神崎はがっくりと肩を落とした。
「許嫁がいることは」
「知りません」
「そうか……」
暫くそのまま佇んでいたが、気を取り直して説明を再開する気になった様だ。
「まあ、まだ子供だったからね……結婚できる年齢になったら言うつもりだったのかもしれないね、ナツカさんは」
「はあ」
私の冷たい対応に、神崎はまた少ししょぼくれた態度を見せたが、きりがないと思ったのだろう。顔を上げ、今度こそ話し始めた。
「ハルちゃんは、自分が稀血の家系だって知ってる?」
「いえ」
稀血? なんだろうか。
「……ええと、僕達の様な人外の存在にとって、君の血はとても魅力的に映るんだ」
「え?」
私はソラを見上げた。ソラがこくりと頷く。ソラが私の血の匂いが甘いと言っていたのは、その稀血とかいう所為なのか。
「君の一族は代々女性にだけその稀血の効果が現れる」
「あの、効果って?」
「我々人外の力の増強だよ。能力値も上がるし、怪我もすぐ治すことが出来る」
私の血は、人外にとって特効薬ってことか? だが、それで納得した。そりゃあ怪異が周りにぽこぽこ現れる訳だ。
「稀血と婚姻関係を結んだ一族は、繁栄を約束される。だから、他の人外からの干渉を避ける為に、ナツカさんは僕達人狼一族に守ってもらう代わりに、君と僕との婚約を決めたってことだ」
なんと。私は口をぱっかりと開け、神崎の次の言葉を待った。
とす、と軽やかにこの屋上に降り立った影は、月明かりにその身体を覆う毛を艷やかに反射させている。
輝く様な銀色の毛並みを持つその大きな狼がコウジの横まで優雅に歩いて来ると、たしなめるように言った。
「コウジ、下がっていなさい」
「あっ若様!」
コウジは、自分よりも遥かに大きい銀狼に向かってパタパタと尻尾を振る。これが例の若様らしい。ていうかやっぱり尻尾振るんだな。そこは鉄板か。
コウジは小柄な狼だからだろう、私的にはあんまり怖くなかった。むしろ可愛い部類に入る。だが後の狼は背中に跨って移動だって出来そうな位やたらと大きいので、私は恐怖を覚えた。どう考えてもでかすぎだろう。
すると、銀狼が突然その場で「アオオオオオオーン!」と遠吠えを始めた。途端にあちこちから同じ様な遠吠えが沸き起こる。この遠吠えに応える様に、どんどん声が集まって来るではないか。
ちょっと、なに仲間呼んでるのこの銀狼。こっちはソラと私のふたりしかいないっていうのに、どんだけだ。
「ソ、ソラ……!」
「ハル!」
私がソラに駆け寄ると、ソラは私を守る様に腕の中に抱き寄せた。ソラの可愛い顔は真剣そのもので、瞳は紅く輝き、集結する狼達を警戒しているのが分かった。
「……囲まれたか」
ソラがボソリと呟いたので私が慌てて周辺を見渡すと、隣接するビルの屋上に黒い影が蠢いているのが確認出来た。
いや、隣接する所だけではなく、その向こうのビルにも、そして姿を確認することは出来ないが、このマンションの下の道路にも大勢の狼達がいるのだろう。唸る声や遠吠えに囲まれ、耳がどうにかなりそうだった。
いや、これ逃げるの無理じゃね? と心が焦る。家に帰りたいだけなのに、どうしてこうも邪魔をするのか。ソラが一体何をしたというのか。
やがて銀狼が遠吠えをやめると、しなやかな動きで一歩前に出た。銀狼が遠吠えを停止したことで、追従する狼達も次々と静かになる。
先程と同様、遠くから聞こえる街の喧騒と風が吹く音だけが聞こえる様になった。
「君は吸血鬼だね?」
「……そうだけどそれが何」
ソラの口調は冷たい。私に対するものと全く違うのは、きっと相手が自分を狙っている敵だからだろうが、自分にだけ優しく接してもらえるのは誰だって嬉しいものだ。特に好きな相手からは。一回そうと認めてしまえば、もう怖くない。今日会ったばかりのソラに恋して何が悪い。
ロミオとジュリエットなんて、会ってロミオが死ぬまでたったの三日だぞ、三日。
「その子を離してくれないか」
銀狼の声は静かだが、威圧感があった。群れのトップに君臨する王者の貫禄といったところか。
ソラは私をゆっくりと抱え上げる。私はソラの首にしっかりとしがみついた。多分、私がソラとくっついていれば、ソラの安全度は増す。
銀狼が、ピクリと小さく反応したのが分かった。
「……離してくれと言った筈だが」
「なんでだよ」
ソラが冷たく返すと、銀狼がもう一歩近付いてきながら言う。
「その子は僕のものだからだ」
銀狼が何か言っている。ソラのこめかみがぴく、と動いたので、私は慌てて首をぶるぶる横に振った。
「そんなの私は知らないから! 勝手に決めないでよ!」
「ほら、ハルもこう言ってるぞ」
ソラが追い打ちを掛ける様に言う。銀狼は何も返答せず、同じ姿勢のまま立っているだけだ。すると、隣にコウジがやってきて、慰める様に声をかけた。
「ほら若様、だから言ったでしょ? ハルちゃんはちーっとも分かってないからちゃんとアピールしないと駄目だって」
すると、思ったよりも動揺している声が銀狼から聞こえてくるじゃないか。あれ、トップの貫禄はどこにいった。
「だ、だってさ! ハルちゃん隙がないし、誘ってもスルッて逃げちゃうし、そ、それにあんまり急接近して逃げられたら悲しいじゃないか!」
「そう言って何年経つんすか、もう」
コウジは容赦ない。そして私は、銀狼の言葉に疑問を覚えていた。誘っても逃げた、ということは、私はこの銀狼に誘われたことがあるってことだ。だがいつ? ていうかこいつ誰だ?
銀狼は、今度は文句を言い始めた。
「会話のきっかけを作ってってお願いしたのに、ハルちゃんを独占してるのは誰だよ!」
「何度もきっかけ作ってるのに格好つけて踏み込んで来ないのは誰ですか」
「うっ」
コウジは一切容赦がない。若様って偉いんじゃないのか。大丈夫か、コウジ。
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先程からソラはずっと静かだ。分かる。静かに怒っていることは。だってこいつらが言ってること、勝手だし。
「だって! ハルちゃん僕に冷たいんだもん!」
「無駄に格好つけるから駄目なんじゃないすかね」
「お前さっきから遠慮ないな!」
それは私もそう思ったので、うんうんと頷いた。が、ソラがまたピクリと反応したので急いでやめた。すみません。
このままここに立っていても進まない。私はやいのやいの言っている銀狼とコウジに声を掛けることにした。
「あのー」
「え! あっはい!」
銀狼が、いい返事をした。でかい怪異の割に、案外ちゃんとしているらしい。
「家に帰りたいんですけど」
「ハルちゃん、話聞いてた?」
銀狼がガク、と項垂れた。やけに人間臭いな、この狼。まあ人狼ならそれも当然なのかもしれないが。ていうか、私の周りにいて私を誘ってきた男。……ひとりしか思い当たらない。今日も逃げるようにして帰ってきたけど、まさか。
「もしかして、神崎……さん?」
私が目を細めて尋ねると、銀狼がその場でゆっくりと溶け始め、やがてひとりの男の姿になった。腰に巻いていたらしき布がずり落ちるのを手に持ち、腰の辺りでキュッと絞る、体格のいい半裸のイケメン。あの布がなければすっぽんぽんだ。
半裸イケメンが、私に笑いかけた。
「ハルちゃん、気をつけて帰ってって言ったでしょう。なのになんでそんなのに捕まってるんだよ」
神崎が、そこにいた。
私は絶賛混乱中だった。
「……どういうことですか?」
神崎が若様と呼ばれる人だということは、狼達の中では私が神崎の許嫁という認識だってことだ。私は一体いつから神崎の許嫁になったんだろう? いや聞いてないし。
すると、はあー、と深い溜息をついて、半裸の神崎が説明を始めた。
「ハルちゃんのお母さんと僕の父さんが、僕達を結婚させるって決めたのは知ってる?」
「知りません」
私が即答すると、神崎はがっくりと肩を落とした。
「許嫁がいることは」
「知りません」
「そうか……」
暫くそのまま佇んでいたが、気を取り直して説明を再開する気になった様だ。
「まあ、まだ子供だったからね……結婚できる年齢になったら言うつもりだったのかもしれないね、ナツカさんは」
「はあ」
私の冷たい対応に、神崎はまた少ししょぼくれた態度を見せたが、きりがないと思ったのだろう。顔を上げ、今度こそ話し始めた。
「ハルちゃんは、自分が稀血の家系だって知ってる?」
「いえ」
稀血? なんだろうか。
「……ええと、僕達の様な人外の存在にとって、君の血はとても魅力的に映るんだ」
「え?」
私はソラを見上げた。ソラがこくりと頷く。ソラが私の血の匂いが甘いと言っていたのは、その稀血とかいう所為なのか。
「君の一族は代々女性にだけその稀血の効果が現れる」
「あの、効果って?」
「我々人外の力の増強だよ。能力値も上がるし、怪我もすぐ治すことが出来る」
私の血は、人外にとって特効薬ってことか? だが、それで納得した。そりゃあ怪異が周りにぽこぽこ現れる訳だ。
「稀血と婚姻関係を結んだ一族は、繁栄を約束される。だから、他の人外からの干渉を避ける為に、ナツカさんは僕達人狼一族に守ってもらう代わりに、君と僕との婚約を決めたってことだ」
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