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(3)婚約破棄は無事終了
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広間の中心にいたアルフレッドと目が合った私は、咄嗟に視線を逸らし、ホルガーの陰に隠れようとした。見つかったか!?
「ナタ? どうし――」
ホルガーは、アルフレッドがアンジェリカを連れてこちらに向かって来ているのを見、私を背中に庇った。ちょっと展開が早すぎる。生誕祭の料理はいつもよりグレードアップしたものだから、密かに楽しみにしていたのに。まだひと口も食べていないのに、あの野郎。
私は、ホルガーの陰からそっとアルフレッドの姿を確認した。意気揚々とやって来る姿に、ああこいつは人の都合なんか考えない奴だった、と瞬速で諦めの境地に達した。せめて喉を潤す位の余裕は与えてくれないものか。来たばっかりの人間に、いきなり婚約破棄をぶちかます気か? まあ鼻毛を気にしない種類の人間だ、他人のことなんか気にならないんだろうが。
「――王太子殿下、本日はご生誕祭にお招き下さり誠に有難うございます」
ちっとも有難がってなさそうな声色で、ホルガーが挨拶をした。そして、ぐいぐいと手で押して来る。行け、ということだろうか。だけど、曲がりなりにも王太子であり、現時点では婚約者でもあるアルフレッドに挨拶もせず食事に向かうのは、さすがに出来ない。特にこんなに注目されている中では。
「ホルガー、私もご挨拶を……」
「お前は下がってろって!」
「いやでもさすがにそれは」
私とホルガーがぐいぐいと攻防戦を続けていると、引き攣った笑いを浮かべたアルフレッドが、私を見て言った。
「やあナタ。来てくれないかと思ったけど来てくれたんだね。よかったよ」
「王太子殿下、本日は――」
「皆の者も聞け!!」
アルフレッドが声高に言った。いや、ていうかまずは人の話を聞けよ、と思ったが、まあ聞く訳がないのは知っていた。そういう奴だ。
周囲がざわつくと、私達四人は注目の的になった。半分位は事情を知っているのか、にやついている奴らがいる。お前とお前、覚えておくからな。多分もう会わないだろうけど。
アルフレッドは豪奢なマントを舞台役者の様に大袈裟に翻しつつ、宣言した。
「本日を以って、僕はナタ・スチュワートとの婚約を破棄する!」
ザワワワッと辺りが盛大にざわつく。ホルガーが、私の肩を抱いた。分かっていただろうに、怒りからか、手が小刻みに震えている。まあ従兄弟だし、子供の頃から互いをよく知っている立場としては、理不尽なアルフレッドの宣言に苛立ちを隠せないのだろう。いい奴だ。マヨネーズを開発した際には、真っ先に試食をさせてあげようと思う位には、私は感動した。
アルフレッドは声高々に続ける。
「そして本日、ここにいるアンジェリカ・クリムゾン侯爵令嬢との婚約を発表する!!」
アルフレッドの宣言と共に、見物客がドワアアッ! と一斉に騒ぎ始めた。そんな中、アルフレッドが私をキッと睨むと、詰問口調で言った。
「ナタ、返事は分かっているな?」
すぐさま元気よくハイ! と返事をしたいのはやまやまだったが、王都に残される父のことも考えると、その後の政治的立場というものがある。そして父というスポンサーがいなければ、私のウハウハ食べ歩きライフの持続は困難だ。よって、私は出来得る限りのか弱い声を、しかもちょっと気丈そうに聞こえるよう演出しつつ言った。
「……王太子殿下。婚約破棄は、了承致します。ですが、ですがその理由をお聞かせ願えませんでしょうか……!?」
そして、ここぞとばかりにアピールタイムスタートだ。私の背後で両肩に手を置き支えてくれている風のホルガー、ナイスアシスト。公爵令嬢の弱々しさ感満載で、滅茶苦茶いい感じだ。
「私は、これまで良き婚約者であろうと精一杯努めて参りました。何か至らぬ点があったのなら、それを教えてはいただけませんでしょうか。その理由を心にしっかりと刻み、以後は離れた場所から王太子殿下のご息災を祈らせていただきたいのです……!」
考えていた台詞なので、スラスラと滑らかに出てくる。私がそこまで言い切って、頑張って目を開けっ放しにした所為で滲んできた涙で瞳を潤まつつアルフレッドを見つめると、奴は興奮状態だからか、鼻の穴から鼻毛をピロピロと揺らしていた。
ほら、早く言え。もうここの食事は諦めたから、帰って美味しいものを食べるから。
私が待っていると、アルフレッドが視線を逸らしながら言った。
「り、理由は……、そ、そうだ! ナタには国母となる者に必要な、包み込む様な優しさがないのだ!」
おい、ここまでやるんだら事前に考えておけよ、という台詞が出かかったが、最大限の努力で止めた。だが、確かに私には包み込む様な優しさはない。私の優しさは、鼻毛には向けられはしないのだから。
「国母たる者、全国民の母たる包括的な愛情がないと駄目だ! お前にはそれがない!」
アルフレッドの横に立ってひたすら沈黙を守っていたアンジェリカの目が、驚いた様に見開いた。あ、やばい。この子、こんなことを聞かされたら逃げちゃうかもしれない。結構な気弱さんなのだ。アルフレッドとのことだって、奴がぐいぐいくるから絆された感がある。アンジェリカが断る前に、ここはさっさと計画通りに事を進めよう。
「ああ……っ」
私は、かなり大袈裟にふらついてみせた。
「ナタ! しっかり!」
倒れかかった私を支えるホルガーは、迫真の演技だ。やるなホルガー。ホルガーは私をさっと横抱きに抱き上げると、アルフレッドに向かって叫ぶ様に言った。
「王太子殿下! あんまりです!」
あんまり引き伸ばさないでくれよ、と願いながら、私は気絶したふりを続ける。
「ナタは……ナタは、貴方がそちらのご令嬢との関係を隠さずにいた所為で、僅かな間にこんなにも痩せてしまったのです!」
うんうん、確かに痩せた。婚約破棄の噂にやせ細る可哀想な令嬢を演じ切る為、ここのところ頑張ってスキルを使いまくっていた。
「ホルガー、僕は……」
「もう金輪際、ナタに近付かないでいただきたい!」
ホルガーは自分に酔いやすい質だったのか、今にも泣きそうな声を出して叫んだ。いいのだが、そろそろ切り上げて欲しい。気絶したふりというものは、なかなかにキツイものがある。
「わ、分かった」
「その言葉、忘れませんよ……!」
凄みのある声で、ホルガーが言った。よしよし、確約も取れたしもういいよ、ホルガーくん。
すると、ホルガーは私をきつく抱き寄せると、言った。
「ナタは王都から出します! そしてもう二度と王都には戻しません! 私が……私が、一生守っていきますから!」
「ホルガー……? まさかお前……」
「失礼致します!」
クルッと結構なスピードで回転したホルガーは、そのままかなりの早足で城の敷地内を出て行く。結構揺れてガクンガクンするが、まだちょっと目を開けるのは怖い。
暫くすると、ホルガーの歩むスピードが下がり、そして小さく声を掛けてくれた。
「ナタ、もう目を開けていいぞ」
私は即座に目をぱっちりと開けると、ホルガーににやりと笑ってみせた。
「ホルガー、なかなかの演技力じゃないの。やるわね! 意外な才能発見てとこね!」
「え、演技力?」
「金輪際近付くな! はよかったわー。実はそこまでは深く考えてなかったのよね。でも確かに政治的理由から呼び戻す可能性だってあるもんね!」
「な、ナタ?」
「だってあの人が私を追ってくることなんてないと思ってたから、あはは!」
自分でそう言って、これまで王太子の婚約者として長年生きてこざるを得なかった私は、とうとう解放されるこの日がきたのだと思い。
「ナタ、な、泣かないでくれ」
「泣いてなんかないわよ! うえええっ」
「おい、ああもう、急いで馬車に乗ろう、な?」
「うわあああんっ」
焦りまくるホルガー。私が泣いたところなんて見たことがなかっただろうから、驚かせてしまったらしい。だけど止まらなかった。でも。
この涙は、歓喜の涙だ。きっと。
「ナタ? どうし――」
ホルガーは、アルフレッドがアンジェリカを連れてこちらに向かって来ているのを見、私を背中に庇った。ちょっと展開が早すぎる。生誕祭の料理はいつもよりグレードアップしたものだから、密かに楽しみにしていたのに。まだひと口も食べていないのに、あの野郎。
私は、ホルガーの陰からそっとアルフレッドの姿を確認した。意気揚々とやって来る姿に、ああこいつは人の都合なんか考えない奴だった、と瞬速で諦めの境地に達した。せめて喉を潤す位の余裕は与えてくれないものか。来たばっかりの人間に、いきなり婚約破棄をぶちかます気か? まあ鼻毛を気にしない種類の人間だ、他人のことなんか気にならないんだろうが。
「――王太子殿下、本日はご生誕祭にお招き下さり誠に有難うございます」
ちっとも有難がってなさそうな声色で、ホルガーが挨拶をした。そして、ぐいぐいと手で押して来る。行け、ということだろうか。だけど、曲がりなりにも王太子であり、現時点では婚約者でもあるアルフレッドに挨拶もせず食事に向かうのは、さすがに出来ない。特にこんなに注目されている中では。
「ホルガー、私もご挨拶を……」
「お前は下がってろって!」
「いやでもさすがにそれは」
私とホルガーがぐいぐいと攻防戦を続けていると、引き攣った笑いを浮かべたアルフレッドが、私を見て言った。
「やあナタ。来てくれないかと思ったけど来てくれたんだね。よかったよ」
「王太子殿下、本日は――」
「皆の者も聞け!!」
アルフレッドが声高に言った。いや、ていうかまずは人の話を聞けよ、と思ったが、まあ聞く訳がないのは知っていた。そういう奴だ。
周囲がざわつくと、私達四人は注目の的になった。半分位は事情を知っているのか、にやついている奴らがいる。お前とお前、覚えておくからな。多分もう会わないだろうけど。
アルフレッドは豪奢なマントを舞台役者の様に大袈裟に翻しつつ、宣言した。
「本日を以って、僕はナタ・スチュワートとの婚約を破棄する!」
ザワワワッと辺りが盛大にざわつく。ホルガーが、私の肩を抱いた。分かっていただろうに、怒りからか、手が小刻みに震えている。まあ従兄弟だし、子供の頃から互いをよく知っている立場としては、理不尽なアルフレッドの宣言に苛立ちを隠せないのだろう。いい奴だ。マヨネーズを開発した際には、真っ先に試食をさせてあげようと思う位には、私は感動した。
アルフレッドは声高々に続ける。
「そして本日、ここにいるアンジェリカ・クリムゾン侯爵令嬢との婚約を発表する!!」
アルフレッドの宣言と共に、見物客がドワアアッ! と一斉に騒ぎ始めた。そんな中、アルフレッドが私をキッと睨むと、詰問口調で言った。
「ナタ、返事は分かっているな?」
すぐさま元気よくハイ! と返事をしたいのはやまやまだったが、王都に残される父のことも考えると、その後の政治的立場というものがある。そして父というスポンサーがいなければ、私のウハウハ食べ歩きライフの持続は困難だ。よって、私は出来得る限りのか弱い声を、しかもちょっと気丈そうに聞こえるよう演出しつつ言った。
「……王太子殿下。婚約破棄は、了承致します。ですが、ですがその理由をお聞かせ願えませんでしょうか……!?」
そして、ここぞとばかりにアピールタイムスタートだ。私の背後で両肩に手を置き支えてくれている風のホルガー、ナイスアシスト。公爵令嬢の弱々しさ感満載で、滅茶苦茶いい感じだ。
「私は、これまで良き婚約者であろうと精一杯努めて参りました。何か至らぬ点があったのなら、それを教えてはいただけませんでしょうか。その理由を心にしっかりと刻み、以後は離れた場所から王太子殿下のご息災を祈らせていただきたいのです……!」
考えていた台詞なので、スラスラと滑らかに出てくる。私がそこまで言い切って、頑張って目を開けっ放しにした所為で滲んできた涙で瞳を潤まつつアルフレッドを見つめると、奴は興奮状態だからか、鼻の穴から鼻毛をピロピロと揺らしていた。
ほら、早く言え。もうここの食事は諦めたから、帰って美味しいものを食べるから。
私が待っていると、アルフレッドが視線を逸らしながら言った。
「り、理由は……、そ、そうだ! ナタには国母となる者に必要な、包み込む様な優しさがないのだ!」
おい、ここまでやるんだら事前に考えておけよ、という台詞が出かかったが、最大限の努力で止めた。だが、確かに私には包み込む様な優しさはない。私の優しさは、鼻毛には向けられはしないのだから。
「国母たる者、全国民の母たる包括的な愛情がないと駄目だ! お前にはそれがない!」
アルフレッドの横に立ってひたすら沈黙を守っていたアンジェリカの目が、驚いた様に見開いた。あ、やばい。この子、こんなことを聞かされたら逃げちゃうかもしれない。結構な気弱さんなのだ。アルフレッドとのことだって、奴がぐいぐいくるから絆された感がある。アンジェリカが断る前に、ここはさっさと計画通りに事を進めよう。
「ああ……っ」
私は、かなり大袈裟にふらついてみせた。
「ナタ! しっかり!」
倒れかかった私を支えるホルガーは、迫真の演技だ。やるなホルガー。ホルガーは私をさっと横抱きに抱き上げると、アルフレッドに向かって叫ぶ様に言った。
「王太子殿下! あんまりです!」
あんまり引き伸ばさないでくれよ、と願いながら、私は気絶したふりを続ける。
「ナタは……ナタは、貴方がそちらのご令嬢との関係を隠さずにいた所為で、僅かな間にこんなにも痩せてしまったのです!」
うんうん、確かに痩せた。婚約破棄の噂にやせ細る可哀想な令嬢を演じ切る為、ここのところ頑張ってスキルを使いまくっていた。
「ホルガー、僕は……」
「もう金輪際、ナタに近付かないでいただきたい!」
ホルガーは自分に酔いやすい質だったのか、今にも泣きそうな声を出して叫んだ。いいのだが、そろそろ切り上げて欲しい。気絶したふりというものは、なかなかにキツイものがある。
「わ、分かった」
「その言葉、忘れませんよ……!」
凄みのある声で、ホルガーが言った。よしよし、確約も取れたしもういいよ、ホルガーくん。
すると、ホルガーは私をきつく抱き寄せると、言った。
「ナタは王都から出します! そしてもう二度と王都には戻しません! 私が……私が、一生守っていきますから!」
「ホルガー……? まさかお前……」
「失礼致します!」
クルッと結構なスピードで回転したホルガーは、そのままかなりの早足で城の敷地内を出て行く。結構揺れてガクンガクンするが、まだちょっと目を開けるのは怖い。
暫くすると、ホルガーの歩むスピードが下がり、そして小さく声を掛けてくれた。
「ナタ、もう目を開けていいぞ」
私は即座に目をぱっちりと開けると、ホルガーににやりと笑ってみせた。
「ホルガー、なかなかの演技力じゃないの。やるわね! 意外な才能発見てとこね!」
「え、演技力?」
「金輪際近付くな! はよかったわー。実はそこまでは深く考えてなかったのよね。でも確かに政治的理由から呼び戻す可能性だってあるもんね!」
「な、ナタ?」
「だってあの人が私を追ってくることなんてないと思ってたから、あはは!」
自分でそう言って、これまで王太子の婚約者として長年生きてこざるを得なかった私は、とうとう解放されるこの日がきたのだと思い。
「ナタ、な、泣かないでくれ」
「泣いてなんかないわよ! うえええっ」
「おい、ああもう、急いで馬車に乗ろう、な?」
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