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其の一 花
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裏山の鬱蒼と生い茂る森の中から、割れんばかりの蝉の声が鳴り響く。その声は、否が応にも宗二がいなくなったあの夏の日を思い起こさせた。
双子の弟、山根宗二の失踪から七年。
俺の弟は、とうとう死人になった。
◇
寺での法事が終わり、俺、山根太一は両親に先に帰ると告げ、ぷらぷらと山門へ向かっていた。
「太一、待って」
背後から、聞き慣れた声が呼び止める。幼馴染の影山花だ。同じ地元の高校に通う花の女子高校生だが、陸上部に所属している所為で肌は真っ黒。余計な脂肪がついていないので、遠目からはまるでゴボウにしか見えない。
これが何故か男子からは人気が高いというのだから、不思議で仕方がない。幼馴染という理由だけで、こんなゴボウとの仲をやっかまれる俺の身にもなってほしかった。悪いが、花を女として見たことは一度もない。完全なる妹的ポジションだ。
「太一、残らなくていいの?」
俺に追いついた花の肩までのボブカットの黒髪は、汗で首に貼り付いている。制服の襟元の中からチラリと見えた、日に焼けていない白い肌がやけに艶かしく、慌てて目を逸らす。何でこんなゴボウに、という思いと同時に、あのチラ見えが人気の秘密かもしれないぞ、と思った。とりあえず、花は痩せてはいるが、胸は痩せてはいない様だ。
俺は、何でもない素振りで花の質問に答えることにした。一瞬でも意識したなんてバレてしまったら、後々何を言われるか分かったもんじゃない。
「毎年のことだしな。それに住職の話、長いんだよ。母さん達も、先に帰ってろって始めから言ってたし」
「そっか。一緒に帰っていい?」
「お前んち、親父さん今週から海外出張だっけ?」
「うん。三ヶ月も家に一人っきりだから、ちょっと怖くてさ、あはは」
花は、少し寂しそうな表情を浮かべていた。
花は元々は、祖母と父親と母親の四人暮らしだった。だが、花の母ちゃんは花が十歳の時に、婆ちゃんは一昨年インフルエンザが流行った時に、コロッと亡くなってしまった。以降は花と親父さんの二人暮らしだったが、ここ最近、親父さんが務める工場が海外に協力工場が出来たとかで、ちょくちょく家を空ける様になっていた。だけど、三ヶ月もの長期出張は、今回が始めてだ。なので花は、今日の法事は、影山家代表として参列してくれた。とはいっても、うちと影山家だけだが。
とにかく、いくらゴボウだからって、いくらここがど田舎だからって、不用心にも程がある。女として見てはいなくとも、俺だってゴボウでも何でも心配は心配なのだ。
「お前さ、怖いならうちに泊まりに来いよ」
「え?」
初めて花の親父さんが一週間程の出張に出た時は、花はうちで預かった。俺の母さんと花の亡くなった母ちゃんは幼馴染同士で非常に仲がよかったこともあり、互いの結婚後もこうして家族で一緒に過ごすのが当たり前だった。花が生まれてすぐに影山家は東京に行ってしまったので、俺が知っている花は大分経ってからの花だけだが。
「お前最近泊まりに来ないよな。怖いなら来ればいいのに」
「いやー、何かいつも悪いかなって思ってさあ」
花はそう言って、頭を掻いた。花が遠慮した様なことを言う時は、大抵裏がある。花を疑わしげに、無言で見つめる。花は俺の視線に気付くと、目を逸らしたりまた合わせたりと忙しい。
そして、あっさりと白状した。
「いやー、吉乃ちゃんいるでしょ?」
吉乃。確か、花とよく一緒にいるちょっと強気そうな女子だ。確か畑中吉乃。俺は頷いた。
「吉乃ちゃんが、太一のことをいいなーって言ってて、家に泊まるとか言ったら殺され……あっ」
花が、しまった、という風に口を押さえる。
「何、畑中ってそういう感じの子なわけ?」
俺のことをいいなと思ってくれているというくだりの辺りでは、正直一瞬顔がにやけそうになったが、花に対し酷い態度を取る様な奴なら話は別だ。
「えー……いいこ、だよ?」
「お前は皆いいこだって言うよな」
大げさに溜息をついてみせる。花はそんな俺を見ながら、あははと笑った。
子供の頃、俺と宗二と花は三人でよく遊んでいた。親同士が仲が良かったこともあるが、それまで東京に家族で住んでいた花の一家が、花の母ちゃんの療養目的でこっちに引っ越してきたのが、俺達が小学校ニ年生の時。当然、田舎では東京から来た人間は浮く。母親が地元の人だろうが、そんなのは子供にとっては何の関係もない。着ている服が違う、なんとなく雰囲気が垢抜けてる気がする、そんな些細な理由で、花は暫く友人が出来なかった。というよりも、クラスメイトに無視されていた。
宗二はどちらかというと大人しい性格で、優しい奴だった。だからだろう、宗二と花は自然と一緒に過ごす様になり、そうすると俺だって宗二といたいから一緒につるむ様になる。そして、気が付いたらいつの間にか三人組が出来上がった、という訳だ。
だから俺は知ってる。花がどれだけ努力して笑顔を絶やさずにいるのか。本当は愚痴だって言いたい時もあるだろうに、それをぐっと抑えて今の地位を築いたのだ。何故か。
花を守ってくれていた宗二がいなくなってしまったからだ。俺も花のことは大事だけれど、宗二程優しくはない。宗二がいなくなった後、俺は人に興味を失い、花以外はとはつるまなくなってしまった。だから花は、俺と他の人間を繋げようと頑張っている。それは分かるが、どうしても他の人間に興味が湧かないのだから仕方ない。
普通に会話もすれば、笑い合ったりもする。単純に、俺がそいつらを仲のいい友達だと思っていないだけだ。
「花、いいから今日荷物まとめて来いよ。学校の奴らには言わなきゃいいだけだろ。どうせ会わないんだから」
高校の大抵の奴らは町の方に住んでいるから、この辺りから通っているのは、僅か数名だ。まあまずすれ違うことはない。そもそも、殆ど人とすれ違わない。
「でも、おばさんとかに何も言ってないし」
「俺が今から言うから。お前、不用心過ぎるんだよ」
「……じゃあ、おばさんがいいって言ったら」
「おう。ちょっと待っとけ」
俺はそう言うと、花が可愛くて仕方ない俺の母さんに電話を掛け始めたのだった。
双子の弟、山根宗二の失踪から七年。
俺の弟は、とうとう死人になった。
◇
寺での法事が終わり、俺、山根太一は両親に先に帰ると告げ、ぷらぷらと山門へ向かっていた。
「太一、待って」
背後から、聞き慣れた声が呼び止める。幼馴染の影山花だ。同じ地元の高校に通う花の女子高校生だが、陸上部に所属している所為で肌は真っ黒。余計な脂肪がついていないので、遠目からはまるでゴボウにしか見えない。
これが何故か男子からは人気が高いというのだから、不思議で仕方がない。幼馴染という理由だけで、こんなゴボウとの仲をやっかまれる俺の身にもなってほしかった。悪いが、花を女として見たことは一度もない。完全なる妹的ポジションだ。
「太一、残らなくていいの?」
俺に追いついた花の肩までのボブカットの黒髪は、汗で首に貼り付いている。制服の襟元の中からチラリと見えた、日に焼けていない白い肌がやけに艶かしく、慌てて目を逸らす。何でこんなゴボウに、という思いと同時に、あのチラ見えが人気の秘密かもしれないぞ、と思った。とりあえず、花は痩せてはいるが、胸は痩せてはいない様だ。
俺は、何でもない素振りで花の質問に答えることにした。一瞬でも意識したなんてバレてしまったら、後々何を言われるか分かったもんじゃない。
「毎年のことだしな。それに住職の話、長いんだよ。母さん達も、先に帰ってろって始めから言ってたし」
「そっか。一緒に帰っていい?」
「お前んち、親父さん今週から海外出張だっけ?」
「うん。三ヶ月も家に一人っきりだから、ちょっと怖くてさ、あはは」
花は、少し寂しそうな表情を浮かべていた。
花は元々は、祖母と父親と母親の四人暮らしだった。だが、花の母ちゃんは花が十歳の時に、婆ちゃんは一昨年インフルエンザが流行った時に、コロッと亡くなってしまった。以降は花と親父さんの二人暮らしだったが、ここ最近、親父さんが務める工場が海外に協力工場が出来たとかで、ちょくちょく家を空ける様になっていた。だけど、三ヶ月もの長期出張は、今回が始めてだ。なので花は、今日の法事は、影山家代表として参列してくれた。とはいっても、うちと影山家だけだが。
とにかく、いくらゴボウだからって、いくらここがど田舎だからって、不用心にも程がある。女として見てはいなくとも、俺だってゴボウでも何でも心配は心配なのだ。
「お前さ、怖いならうちに泊まりに来いよ」
「え?」
初めて花の親父さんが一週間程の出張に出た時は、花はうちで預かった。俺の母さんと花の亡くなった母ちゃんは幼馴染同士で非常に仲がよかったこともあり、互いの結婚後もこうして家族で一緒に過ごすのが当たり前だった。花が生まれてすぐに影山家は東京に行ってしまったので、俺が知っている花は大分経ってからの花だけだが。
「お前最近泊まりに来ないよな。怖いなら来ればいいのに」
「いやー、何かいつも悪いかなって思ってさあ」
花はそう言って、頭を掻いた。花が遠慮した様なことを言う時は、大抵裏がある。花を疑わしげに、無言で見つめる。花は俺の視線に気付くと、目を逸らしたりまた合わせたりと忙しい。
そして、あっさりと白状した。
「いやー、吉乃ちゃんいるでしょ?」
吉乃。確か、花とよく一緒にいるちょっと強気そうな女子だ。確か畑中吉乃。俺は頷いた。
「吉乃ちゃんが、太一のことをいいなーって言ってて、家に泊まるとか言ったら殺され……あっ」
花が、しまった、という風に口を押さえる。
「何、畑中ってそういう感じの子なわけ?」
俺のことをいいなと思ってくれているというくだりの辺りでは、正直一瞬顔がにやけそうになったが、花に対し酷い態度を取る様な奴なら話は別だ。
「えー……いいこ、だよ?」
「お前は皆いいこだって言うよな」
大げさに溜息をついてみせる。花はそんな俺を見ながら、あははと笑った。
子供の頃、俺と宗二と花は三人でよく遊んでいた。親同士が仲が良かったこともあるが、それまで東京に家族で住んでいた花の一家が、花の母ちゃんの療養目的でこっちに引っ越してきたのが、俺達が小学校ニ年生の時。当然、田舎では東京から来た人間は浮く。母親が地元の人だろうが、そんなのは子供にとっては何の関係もない。着ている服が違う、なんとなく雰囲気が垢抜けてる気がする、そんな些細な理由で、花は暫く友人が出来なかった。というよりも、クラスメイトに無視されていた。
宗二はどちらかというと大人しい性格で、優しい奴だった。だからだろう、宗二と花は自然と一緒に過ごす様になり、そうすると俺だって宗二といたいから一緒につるむ様になる。そして、気が付いたらいつの間にか三人組が出来上がった、という訳だ。
だから俺は知ってる。花がどれだけ努力して笑顔を絶やさずにいるのか。本当は愚痴だって言いたい時もあるだろうに、それをぐっと抑えて今の地位を築いたのだ。何故か。
花を守ってくれていた宗二がいなくなってしまったからだ。俺も花のことは大事だけれど、宗二程優しくはない。宗二がいなくなった後、俺は人に興味を失い、花以外はとはつるまなくなってしまった。だから花は、俺と他の人間を繋げようと頑張っている。それは分かるが、どうしても他の人間に興味が湧かないのだから仕方ない。
普通に会話もすれば、笑い合ったりもする。単純に、俺がそいつらを仲のいい友達だと思っていないだけだ。
「花、いいから今日荷物まとめて来いよ。学校の奴らには言わなきゃいいだけだろ。どうせ会わないんだから」
高校の大抵の奴らは町の方に住んでいるから、この辺りから通っているのは、僅か数名だ。まあまずすれ違うことはない。そもそも、殆ど人とすれ違わない。
「でも、おばさんとかに何も言ってないし」
「俺が今から言うから。お前、不用心過ぎるんだよ」
「……じゃあ、おばさんがいいって言ったら」
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