魔法使いの召使い

ミドリ

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嘘をつく鏡

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 青の魔法使いと恐れられるレナードの部屋には、豪奢な姿見鏡があった。

 分厚い布を上から掛け埃よけとしていたが、それでも鏡は放っておけば曇る。

 レナードは自身の生い立ちは一切話さないが、所作のひとつひとつが洗練されて育ちがいいのは一目瞭然だ。当然、庶民のリーナとは違い、身だしなみにも気を遣うだろうし、鏡も見る筈だ。見目麗しいレナードの姿を映す鏡が曇っていたら、いつも眉間に皺を寄せている彼女の主のその溝が更に深くなるかもしれない。
 
 あるじのレナードの自室を綺麗にするのも、召使いの役目だ。そう思い、鏡を覆う布を取る。案の定鏡は白く曇り、鏡の中のリーナの姿がぼやけて見えた。

 一旦鏡に布を掛け直すと、屋敷の周りに生るレモンを取ってくることにした。硝子や鏡の曇りには、これが効果的なのだ。

 レナードはここ数日研究室に籠もり、リーナには分からない魔術の研究を行なっている。時折爆音と共に屋敷が振動するので主人に怪我がないかと心配したが、そこは偉大な魔法使い。服装も髪の毛も一切乱れぬ姿を食事時に見せるので、いらぬ心配だと気付かされた。

 それに気付いてからは、リーナの様な一介の召使いに心配されたと知ったら主の矜持は傷つくかもしれないと思い、何食わぬ顔で出迎える様にしている。

 庭に生る、鮮やかな緑色のレモンをもぐ。調理場に行き、それを半分に切って薄手の布で包んだ。再びレナードの部屋へと向かう。部屋の空気が淀んでいる気がしたので、窓を大きく開き、風通しをした。

 さて、鏡掃除だ。

 鏡の布を取ると、レモンを包んだ布で鏡面をこすり始める。白く濁っていた鏡面は、触れた部分から本来の輝きを取り戻していった。鏡面全体を磨くと、次は乾いた布で跡を拭う様にこすり上げていく。

 こめかみから汗がひと筋垂れて袖に落ちる頃、鏡には曇りひとつなくなった。

「綺麗になったわね」

 満足し、改めて鏡に映る自分の姿を見つめる。

 明るい茶色の瞳。レナードに雇われてから少しふっくらした頬。全体的に色味のない、貧相な顔。母は「リーナももう少し食べられてふっくらしたら、とても綺麗になるわよ」と言ってくれたが、残念ながら取り立てて美人ではないというのがこれで判明した。どこにでもいそうな、ちょっと垂れ目の若い女。それが正確な評価だろう。

 後ろでひとつに括られた髪の束に触れる。なんの変哲もない、少し癖でうねる栗色の髪。元雇い主豪商ランベルグ家の娘であるアメリは、花の油で髪を手入れしていた。そのツヤが華やかに見えたのを思い出す。アメリは美人だったが、リーナは自分はごく平均的な顔の持ち主だと重々承知している。

 顔はぱっとしなくとも、髪の毛が多少見られる様になれば一見マシになるだろうか。

 そう考えた後、レナードと自分しかいないこの屋敷でマシになったところで何がどう変わる訳もない、と自嘲気味に笑った。

 来客は、稀にある。だが、レナードは出迎えをリーナにさせようとはしなかった。理由を尋ねても、お前はいいの一点張り。

 もしかして、見た目があまりにもレナードの召使いにそぐわないほど劣っているからだろうか。

「……私も少しは綺麗になれるかしら?」

 鏡の自分に問いかける。すると、鏡の中の自分が言った。

『自分の顔を見てみなさい、リーナ。どんなに綺麗に着飾ったところで、みすぼらしいことに変わりはないわ』

 え? と思い、鏡に顔を近付ける。鏡が喋った。この屋敷にきて不思議な経験は沢山したが、これは初めての経験だ。鏡は続ける。

『醜い貴女がいくら頑張ったところで醜いままよ。レナード様は、貴女を便利な道具としか見ていないんだから』

 随分と口が悪いなと思ったが、この鏡が言っていることは確かに正しそうだ。

「ええと……貴女は真実を告げる鏡さん?」

 そう尋ねると、鏡の中のリーナは勝ち誇った様に頷いた。

「そうよ!」

 途端、鏡の中のリーナが大声で笑い始める。驚き後ずさると、突然レナードがカーテンの下に現れた。

「リーナ! 何をしている!」

 鏡の中のレナードは、嬉しそうににこにこと笑っている。初めて見る優しい笑顔に驚き振り返ると、本物は怒りの表情だった。

 あははと、鏡の中のリーナは笑い転げる。

「リーナ、何故泣いている!」
「え? 泣いてなど」

 レナードが鏡を指差した。

「この鏡は嘘つきの鏡だ! 鏡の中のお前が笑っているなら、本物のお前の心は泣いている筈だ!」
『リーナなんて大嫌いだ! いなくなってしまえ!』

 鏡の中のレナードが叫ぶ。リーナは混乱した。どういうことか。

「師の形見だから取っておいたものを! 黙らないと壊すぞ!」

 レナードが杖を向けた瞬間、鏡の中からリーナとレナードが消える。

 ぽかんとしているリーナに、レナードが不機嫌そうな表情で告げた。

「……さっき鏡が言ったことは、忘れろ」
「え?」

 鏡に布を被せると、レナードはフン、と部屋から出ていってしまう。

 大嫌い、いなくなれは嘘。

「――ええっ?」

 暫く、開いた口が閉じることはなかった。
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