我が家の家庭内順位は姫、犬、おっさんの順の様だがおかしい俺は家主だぞそんなの絶対に認めないからそんな目で俺を見るな

ミドリ

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第十一章 陰る光

70.男の娘と雄んなの子

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 道端に座り込みさめざめと泣く大きな男が居たら、まあ目立つ。周りのヒソヒソ声と視線にアキラが真っ先に耐えられなくなったらしく、リキに慌てて声を掛けた。

「ちょっと、私が悪いみたいじゃない、やめてよ」
「ご、ごめんなさい! そうよね、アキラちゃんは何も悪くないの、悪いのはこの私……!」

 そう言って更に泣き出した。亮太は横で平然とした顔でこの状況を眺めているコウに恐る恐る尋ねてみた。

「あの、コウ? これは放っといていいのか?」
「こうなったら暫くは泣き止まない。放っておくのが一番だ」
「いや、でも道端で」

 亮太は思いも寄らない展開に動揺していた。だって、一体誰が須佐之男命スサノオノミコトがこんな風に泣くと思うだろうか。少なくとも亮太は思っていなかった。アキラの首をあんなになるまで絞め、馬鹿力でみずちを島根から東京まで放り投げたあの須佐之男命スサノオノミコトが、なよなよと泣くなど。

 亮太がオロオロしていると、建物の方からリキを呼ぶ声がした。

「リキ! どうしたんだよ! また誰かに何か言われたのか?」

 そこには、スーツを颯爽と着こなしたイケメンが立腹した様子で立っていた。

 髪はオールバックに撫でつけられ、眉はキリッと整えられている。いるが、どうもこれは女性の様だ。亮太は先程までリキが持っており、今は地面に散らばっているチラシを見た。『男装喫茶ラ・ボエム』とあった。

 亮太は納得した。

椿つばきくん……ごめん、私が悪いの」
「こいつらに泣かされたんじゃねえのかよ?」

 椿と呼ばれた人物は、しゃがみ込んでいるリキに手を差し出すと立ち上がるのを手伝った。所作がいちいち男前だった。立ち上がったリキのお尻から腿にかけてパンパンとはたいてやると、椿よりも頭ひとつ分背の高いリキの頭を撫でつつ見上げてにかっと笑った。

「違うんならさっさと泣き止めよ、美人が勿体ないぞ」
「……うん、椿くんありがと」

 リキが手のひらで涙をごしごしと擦ると、少し無理矢理に笑顔を作って返した。

 亮太がチラリとコウを見ると、目を大きくして凝視していた。どうやら驚いているらしい。

「す、すごい! まさかリキをすぐに泣き止ませることが出来る人がいるなんて……貴方は何者だ!?」

 今までどれだけ苦労したんだろうか。コウの表情は輝いていた。それだけリキという人間の取り扱いは難しかったのかもしれない。

 椿はコウに話しかけられると、ぎょっとした様にコウとリキを見比べた。そして納得した様に手をポンと打った。

「田舎の激かわ妹ちゃんか! よく似てんなー」
「椿くん、あの、私、ちゃんと話をしたいの。だから、今日早退……」
「じゃあ俺も一緒に聞く」
「え。でも」

 椿は強引だった。腕時計をチラッと確認すると、ニヤリと笑った。

「あんた達ちょっと道の端に避けて待っててくれ」

 そう言うと、急に腹を押さえて大袈裟に騒ぎ出した。

「い、いててて! ヤバイ腹が急に痛くなった!」
「え! 椿くん、だ、大丈夫!?」
「だ、ダメだ……! リキ、俺を支えて店長の所に連れて行ってくれ……!」
「わ、分かった! 椿くん、しっかり!」

 二人は騒ぎつつ店の中へと消えていった。

 呆れる程下手くそな棒読みの演技だった。

 亮太は横に立つコウに、若干悪いかなと思いつつも正直な感想を述べた。

「コウ、お前の兄貴は天然か?」



 私服に着替えた椿は、やはり男の様な格好をしていた。ダボッとしたヘビーウェイトのパーカーに黒いジーンズ、キャップを被っておりどこから見ても男だ。だが先程のスーツ姿よりは遥かに若く見えた。

「椿くん、本当に大丈夫なの?」

 こちらも私服に着替えたリキが、心配そうに隣の椿を覗き込んだ。リキはシンプルな長袖にインディゴジーンズにスニーカー。長い髪は一本の三編みにされていた。体格が良く背も蓮並みに高いのでどこからどう見ても男なのだが、こちらは仕草の一つ一つが女性っぽい。つまりはまあそういうことなのだろう。別に亮太は否定する気はない。ただ意外だっただけだ。そもそもコウが男だと思っていた時から実はドキドキしていたのだから、人のことなど何も言えないと思った亮太であった。

「リキ、その椿さんの腹痛は演技だから」

 コウがリキに丁寧に説明をする。椿は楽しそうにニヤニヤしているだけだった。もしかしたら、普段からこうやって反応を見て楽しんでいるのかもしれなかった。

「え? そうだったの椿くん?」
「当たり前だろー。どうだ? リキが連れて帰りますって言ったらすんなり早退させてくれただろ? 俺もなかなかの演技派だよなー」

 大分自己認識が間違っている様だったが、亮太は口を挟むことを控えた。言っても詮のないことだ。事実リキだけはしっかりと信じているのだから、まあそれできっといいのだろう。

 椿が亮太達に言った。

「俺達んちさーここから歩いて五分だから、家に来てよ。そこならゆっくりやばいことも話せるだろ?」
「ああ、ではお邪魔することにする」

 コウが頷き、横目でちらりと亮太を見た。椿は『やばいこと』と言っていた。つまり、恐らく大体のことはリキから聞いて知っているのではないか。亮太は無言で小さく頷いて見せた。

 椿とリキが先頭を歩き、その後ろを亮太とコウ、そして少し距離を置いて蓮とアキラがついて来ていた。蓮はリキと会ってからひと言も発しておらず、きつく口を結んでいるだけだ。その表情からは何を考えているのかは読めなかったが、あまりいい感情は持っていないのは亮太も何となく分かった。

 暫く行くと、少し古そうなマンションに辿り着いた。一応オートロック機能付きらしく、椿がカードキーを玄関の差込口に差し込むと自動ドアが開く。エレベーターは十一人乗りと書いてあったが狭く感じた。リキと蓮は背が高く、亮太もそれなりに高い方だ。その所為だろう。

 エレベーターは六階で停まり、亮太達は椿の後をぞろぞろとついて行く。亮太のうちも十分手狭だが、こんな人数入るのだろうかと不安になってきた。

 605と書いてある部屋の前で椿が止まると鍵を開け、亮太達を中に促した。中に入ると広めの玄関に廊下、寝室らしき部屋があり、奥にはリビングダイニングが広がっていた。広い。亮太の部屋の倍はあった。

 大きめのソファーがドン、と置いてあり、壁掛けのテレビもかなり大きい。

 自分の家とのあまりの違いに、亮太は若干恥ずかしくなった。いや、貧乏なのは事実だから仕方ないのだが、コウやアキラ達がどう思うのかが不安になったというのが正直なところだ。

「うちさー、親がもらい事故で死んじゃって、ここはその保険金で買ったんだよ。だから別に怪しいことして金儲けして買った家じゃないから」

 何でもないことの様に椿が言うと、自分はテーブルを挟んでソファーの反対側の絨毯の上に胡座をかいて座り込んだ。リキは椿の隣に正座する。アキラは興味津々でソファーに腰掛けたので、亮太はコウをアキラの隣に座らせて自分はソファーの前に椿と同じ様に胡座をかいて座った。

 蓮だけは、警戒しているのかアキラの横に立ち腕組みをしたまま動かなかった。

「俺の兄貴が長距離トラックの運転手してるんだけどさ、道端でリキを見つけたのが始まりだったんだ」

 椿がにこやかに説明を始めた。

「兄貴が拾った時こいつボロボロでさー、遠目綺麗な女の人だと思ってついトラックを停めたらでかい男だったって笑ってた」

 亮太は暫く待ったが、誰も口を挟もうとしない。仕方ないので、亮太が椿に質問をすることにした。

「それで東京まで?」

 椿が頷いた。

「家を飛び出して来て戻れないけど金はないって言われて兄貴も途方に暮れてさ。兄貴は結婚して奥さんと子供もいて泊めてやれないけど、職なら俺が紹介出来るんじゃって電話がかかってきて、俺が兄貴からリキを引き継いだって訳だ」
「よく見ず知らずの人間を受け入れたな」

 亮太も全く人のことは言えなかったが、それはそれ、これはこれだ。

「困った奴は助けろって、それが親の遺言だったんだよ」

 そう言って見せた椿の笑顔は、裏表のないいい笑顔だった。
 
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