我が家の家庭内順位は姫、犬、おっさんの順の様だがおかしい俺は家主だぞそんなの絶対に認めないからそんな目で俺を見るな

ミドリ

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第十三章 嵐の前の

89.駆け登ってごめんなさい

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 亮太は竜巻の水龍が飛び去った後に残されたお堂の中を見渡した。みずちがうまく操作したのか、はたまた八咫鏡やたのかがみの暖房効果のお陰か、木の床は全く濡れていない。これからこの中で八岐大蛇ヤマタノオロチの首と戦う亮太にとって、足場が濡れていないのは助かった。

 もやがかっていた黒煙は見事に消え失せ、上部を漂う首の姿が目視ではっきりと確認することが出来る様になっていた。大きさは前回の首よりは小さく、その所為か迫力はそこまでない。

 ここまで四回八岐大蛇と戦って確信したことがあった。こいつらは、誰彼構わず物理的に襲ってくることはない。代わりにこの瘴気を撒き散らすことで周りの人間に悪意を芽生えさせ、その気を吸収し大きくなっていく。みずちは亮太とコウの『仲良し』を感じることによって成獣となった。つまり、吸い取る物がどういった種類のものであれ、龍という種族は人間の気を糧にしているのではないか、ということだ。

 この目の前にいる八岐大蛇は、成長に必要な人間の気が悪意でなかったならば、もしかしたらもっと尊い龍となって崇められていたのかもしれない。

 無論悪意を吸い取り結果として世界に厄災を振りまくことが分かっている以上亮太にはこれを退治する以外の選択肢はなかったが、少しだけ、そうほんの少しだけではあるが八岐大蛇を憐れに思った。

 せめて退治された後はもう二度と復活などせず、輪廻転生の輪へと組み込まれ別の平穏な生を生きて欲しいと願う。輪廻転生などと言うとそれも仏教用語だとか蓮あたりが苦言を呈するだろうが、アキラやコウ、それにリキが神の現身うつしみとしてこの世に実際に存在する以上、魂と呼べるものは確かに存在し、そして次の段階へと進むのだと亮太には思えた。

 言い訳かもしれない。でも、生と呼べるかどうかもあやふやな目の前の存在をただ滅するのではなく、次へと解放しているのだと思いたかった。

「……よし!」

 同情していても仕方がない。これはアキラの輝ける未来を阻む存在だ。それこそリキではないが、亮太にとっては八岐大蛇よりもアキラの方が大事なのだ。そのアキラも、いつも冷静な蓮も今ここにいない。早く探しに行きたかった。

「リキさん、援護してくれ!」
「分かったわ!」

 リキがまたご本尊を抱え直した。一瞬、本当にいいのかなと思ったが、他に何もないので仕方がない。後でお供えをしてしっかり拝んでおこう。

 今回の首は鱗は固そうだが、首自体は短くほぼ頭だけ。目は赤く口から再び瘴気を吐き出しているが、その量はそこまで多くはない。多くはない?

「リキさん、リキさん達が来た時にアキラとレンはいたのか?」
「ううん、お堂の戸は開いていたけど、いなかったわ」
「その時からあんなに濃い瘴気があった?」
「私達が来たのは多分亮太さん達より一時間程早かった位だけど、そうね、もう中は煙で真っ黒だった」

 前回アキラは一日絶食していた。それでもみそぎ前でもまだ余裕がありそうだった。今回は二日の絶食をする予定だが、まだ二日目の朝だ。亮太もリキも午前中の内に寺を訪れており、本来退治は今夜から明朝を予定していた。

 つまり、首が勝手に暴れて出てきているのは時間的におかしい。あり得ない。しかもこの瘴気。アキラには瘴気は効かない。だとすると、誰かの悪意に反応したのではないか? 今朝までここにいたのは、外からの訪問者がない限りアキラと蓮の二人だけだ。廃寺にわざわざ来る様な人間がいるとも思えず、そこから導き出される答えは。

 亮太は首を横に降った。いや、考えても答えは出ない。実際にどうだったかなど、この目で見るまでは信じない。

 亮太は再度たゆたう首に意識を戻した。今はとにかくこいつを倒すのが先決だ。

「頭に飛び乗りたい。リキさん、仏像を斜めに抱えて俺が駆け登れる様にしてもらえるか?」
「分かったわ!」

 リキのことを罰当たりだとか思っておいて自分は足蹴にするのだから矛盾したものだが、高い所を飛んでいる以上仕方がないだろう。

 リキがご本尊を股に挟み、斜め上に掲げて八岐大蛇に向けた。

「亮太さん! いいわよ!」
「ありがとう!」

 仏像の足に登ると、亮太は腰を下げたままほぼ四つん這いでご本尊の上を駆け登った。ご本尊の先端は後頭部だったので、まだ顔でなくてよかったと思いながら亮太は首に向かって思い切り跳躍する。角が生えていないので、草薙剣をその勢いのまま頭部に突き刺した。

 瞬間、グオオオオ! と首が風圧と共に雄叫びを上げた。角がぐぐぐ、と生え始めたので、亮太はそれを左手で掴んで草薙剣の柄に体重を乗せる。首が亮太を振り払おうとぶんぶん振り始めた。

「うおっちょっと待て! 落ちる!」

 角はまだ短くしっかりと握れない。このままだと振り落とされそうだった。すると、リキが叫んだ。

「亮太さん、落ちない様にしがみついてて!」
「いや、それが出来ないから今……」
「うおおおおおおおお!」

 聞いちゃいねえ。リキはご本尊を横に抱え直すと、ご本尊の頭を八岐大蛇の口の中に思い切り突っ込み、その勢いのまま壁へと突進した。

「うわあああああ!」

 草薙剣に腹が食い込み、ドゥオオオオオン! という音と共にご本尊が壁に突き刺さった瞬間、亮太の背中が思い切り壁にぶち当たった。

「ぐえっ!」

 何とか後頭部は守ったが、息が一瞬止まった。目の前がチカチカしている。もう滅茶苦茶だ、八岐大蛇よりも先にリキに殺されるのではないか、そう思った。ゼエ、と口から息が出た。あ、息が出来る。亮太が目を開けると、ご本尊に貫かれて壁に縫い付けられている首の姿が目に入った。死ぬかと思ったが、その分戦いやすくはなったということか。

 後で絶対リキに文句を言ってやろう、そう心に誓い、亮太はとりあえず目の前の首にトドメを刺すことにした。鱗の隙間をぐりぐりとえぐり、頭の中の核を探る。口にご本尊を突っ込まれて身動きも取れなければ声すら上げることが出来なくなった首は、多少動くもののそれ以上暴れることは出来ない様だった。

 切っ先が、固い物に触れた。あった、核だ。

「……ごめんな」

 思わずそんな台詞が飛び出た。でもやらざるを得ない。亮太は核に向かって力を込めた。首はぶるぶるぶると総毛立つかの様に震えた後、段々と黒煙に変わり、――消えた。

 壁に突き刺さったご本尊を足場にし、亮太は床に飛び降りた。結局左右の壁に穴が開いちまった。どうすんだこれ。

「とりあえず抜くわね!」
「あ、おいちょっと待……!」

 亮太の返事も待たず、リキがご本尊を勢い任せに引っこ抜いた。こいつ絶対またやる。亮太は慌ててその場で床にべたりとしゃがみ込むと、亮太の頭の上をご本尊が物凄い勢いで通り過ぎていった。ほらな。だが二度目だからもう大丈夫だ、そう思って立ち上がった瞬間。

「あっ手が滑っちゃった!」

 亮太の足元にご本尊の頭が降ってきて、親指すれすれの床にめり込んだ。クレームは後回し。そう思っていたが、つい叫んだ。

「危ねえわ! 今すぐそいつを元の場所に戻せ!」
「はっはい!」

 再びご本尊を拾ったリキはいい返事をしたが、持ち上げる際ご本尊の頭部が亮太の顎先を掠っていった。もうやだ、この男。

 リキにはやはり椿がいないと駄目なのだ。亮太は急いで戸を開けると、椿を探す。外の階段に腰掛けていた椿が振り返ると、亮太など気付かなかったかの様に中へと走って行く。

「リキ……!」
「椿くん! もう大丈夫?」
「ごめん、俺、俺……この寺で一人になった時のことしか頭に浮かばなくなっちゃって、ごめんリキ!」

 椿はそう言うと、ご本尊を元の位置に戻し終わり振り返ったリキの胸に飛び込んでいった。ご本尊は若干斜め前を向いていた。

「えっつ、椿くん?」

 リキがあわあわと慌てた後、顔を赤らめて自分にしがみつく椿をそっと抱き締め返した。椿がリキの馬鹿力で潰れないことを祈るしかない。

「怖かった……! リキはどこにも行くなよ、な? な?」
「……うん、約束するわ。ずっと椿くんの隣にいる」

 それは恋愛の情なのか、それとも家族としての情なのか、はたまた友としての情なのか。亮太には判別はつかなかったが、それでもリキには求めてくれる人がいる。少し安心した亮太だった。

 亮太は蛟龍の姿のままのみずちを振り返って言った。

「コウ、アキラの場所を教えてくれ。アキラの気配なら分かるだろ?」
「はいなのー」

 次いでコウにも言う。

「悪いがコウの持つ八咫鏡が必要になるかもしれない。危険だけど一緒に来てくれるか?」
「勿論だ」

 亮太は振り返ってまだ感動の再会にむせび泣く二人に向かって言った。

「ちょっと出てくるから、二人は壁をブルーシートでも何でもいいから補修しといてくれ」
「わ、分かったわ!」

 草薙剣を手に持ったまま、亮太は階段をとんとんと降りた。

「行こう。アキラがいる先に、きっとレンもいる」

 取り返しがつかなくなる前に二人に会いたい。亮太はそう思い奥歯を噛み締めた。
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