我が家の家庭内順位は姫、犬、おっさんの順の様だがおかしい俺は家主だぞそんなの絶対に認めないからそんな目で俺を見るな

ミドリ

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第十四章 狗神と蛟

94.お約束

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 狗神・八岐大蛇が呪いながら須佐之男命スサノオノミコトを噛み殺した話には、まだ続きがあった。

 嵐を呼ぶ黒煙の様に、瘴気が狗神・八岐大蛇の周りに集まり渦巻き始める。

「私が浅はかだった! 落ち着いて考えれば分かった筈なのに!」

 亮太は次の言葉を待った。今亮太がすべきことは、狗神の声を聞くことだ。

「姫様の神使である私が須佐之男命スサノオノミコトを殺したことで姫様がそのとがに問われ、姫様は荒れ狂う河川の人柱に……!」

 なんてこった。護りたいと思った大切な主人が、よりによって自分の行ないの所為で殺されたのか。この、何よりも主人を愛する神使にとって最も残酷な所業だ。

「……私は閉じられた地に封じられ、そして忘れ去られました。時と共に結界が朽ち果て、やがて私は自由の身となりましたが、その時に気付いたのです。再び須佐之男命スサノオノミコトがこの世に現れたことに」
「それは……リキさんのことか?」

 亮太の問いに、狗神・八岐大蛇が頷いた。

「長い年月を結界の中で過ごし、私が如何に短慮だったかが分かりました。今度は須佐之男命スサノオノミコトが誤った方向に進まぬ様常にお側で見守ろう、支えよう、そう思い、再び神使となりリキ様にお仕えする決意を致しました」

 くそ真面目な狗神のことだ、呪詛をかけたとはいえ元々の原因はかけられた側にあるのに、それすらも自身の反省すべき点として再び仕えることを選んだのだ。

 それはどれだけ苦しい選択だっただろうか。自由になったのならもういっそのこと全て忘れて自由気ままに生きる道もあった筈なのに。

 傍まで行って抱き締めてやりたかった。いつもの様に頬を撫で、自分の手につい顔を乗せる狗神が見たかった。確かにやり方は拙かったかもしれない。だけど、その気持ちに悪意などない。全ては人を想ってのことだったというのに、全ての贖罪を狗神一人に負わせたのか。

 これが狗神だけの罪だとは亮太には思えなかった。須佐之男命スサノオノミコトの暴挙を止めなかったのは誰だ? 櫛名田比売クシナダヒメに責任を負わせ人柱に選んだのは誰だ?
 
 やったのは全部、自分達の所為だと思いたくなかった周りの愚かなただの人間じゃないか。そいつらが神を殺したのだ。責任を全て神と神使に押し付けて。

「私は狡いのです。リキ様のお側にいればいつか姫様に会えるという思いから抜け出すことが出来なかった」

 狗神・八岐大蛇の赤い瞳は、旋回するみずちの上に乗る亮太の目をしっかりと捉えていた。 

「そして私は姫様が再び八岐大蛇を封じたままお生まれになることが分かり、結局はいてもたってもおられずリキ様の元を逃げるかの様に離れ、アキラ様の元へと向かいました」

 ずっと、償いの心を胸に秘めながらリキやアキラの傍にいたのだ。今度こそ、今度こそ護ろうと。

 またじわりと涙が溢れてきた。喉が詰まった様になって、視界がぼやける。

「イヌガミ……!」

 今にも泣きそうな声が出てしまった。いや、もう泣いていた。でもいいんだ、おっさんは涙脆いもんなのだから。おっさんの亮太は、狗神の味方なのだから。

「お前はもう十分苦しんだ! もういいじゃねえか! もう、もういいから!」

 半泣きの情けない声になったが、きちんと聞こえただろうか。

「亮太、私は、私は、自分のかけた呪詛がまさか八岐大蛇の封印からアキラ様を解放する妨げになるとは思ってもみなかったのです!」

 狗神・八岐大蛇が叫んだ。その声も泣いていた。

「リキ様は一向に退治に向き合おうとされない! よりによって護るべきアキラ様の首を締め逃げ出されたのも、私が二人が結ばれぬ様にと呪った為……!」

 どんどん瘴気が濃くなっていく。でも違う、それは違う。亮太は知っている。

 亮太は力の限り叫んだ。

「リキが向き合わなかったのはお前の所為じゃねえよ!」

 は、としたのが分かった。

「さっきリキさんが言ってたんだよ! 前は一人で退治しろって言われて怖かったって! でも今は仲間がいる! だからあのリキさんが、足ガクブルしてんのに俺が来るまで椿さんを庇って八岐大蛇と一対一でお堂に閉じこもってたんだぞ!」
「が、ガクブルとは?」
「ガクガクブルブル震えてたってことだよ!」
「ああ、成程」

 成程、じゃねえ。納得して欲しいのはそこじゃない。

「周りの人間が、リキさんが神様だからって支えなかったんだろうが! さっきコウだって言ってたろ! リキさんやコウやアキラやお前だって、皆みんな八岐大蛇って名を使って周りが振り回したんだよ! お前ら皆誰も悪くねえよ!」

 瘴気の闇を晴らした時、コウが叫んでいたことだ。コウだってずっと歯痒かったに違いない。何も出来ない自分に。何も変わらない状況に。でも出来ない。そんな力などなくて、ただ時が来るのをじりじりと焦りつつ待つしかなかったのだ。綻びが解け切って弾け飛ぶまで。

「あいつらだって皆人間なんだよ! 神様の名前が付いてたって、ちょっと不思議なことが出来るだけの人間なんだよ!」

 亮太は息継ぎをした。

「だから始めから出来なくて当たり前なんだよ! それは別にお前の所為じゃねえ! お前は必死でアキラを護ろうとしただろうが! だから俺がここにいる! お前の気持ちが本物だって分かってるからだ!」
「亮太……ですが私は、私のかけた呪詛の所為でリキ様が私を好きでいたことに」
「呪詛の所為じゃねえよ! 馬鹿!」

 馬鹿、馬鹿、馬鹿……と木霊が鳴り響いた。

 どうもこいつは自己評価が低過ぎるのだ。亮太は心底怒っていた。こいつは自分のことをちっとも分かっちゃいねえ。

「呪詛は二人がくっつかねえ様にかけたんだろ? お前は関係ないじゃねえか! かけた相手がお前を好きになったのは、お前がいい奴だからだよ! だからリキさんもアキラもお前が好きになったんだよ、そんなことも分かんねえのか!」

 すると、それまでずっと無言だったみずちが口を開いた。

「僕、イヌガミが好きじゃなかったのは、イヌガミばっかり皆に好かれてたからなの」
みずち……?」

 狗神・八岐大蛇が首を傾げた。

「僕は蛇だから、見るだけで気持ち悪そうにする人もいて、草薙剣も出せない未熟者って皆に言われて。でもイヌガミは僕にも出来る様になるからって皆に言ってくれて、だからイヌガミは実は嫌いじゃないの!」

 そうだったのか。てっきり犬猿の仲かと思っていたら、みずちの可愛らしい嫉妬だった訳だ。そういえば始めにみずちに会ったばかりの時も言っていた。狗神は狡い、贅沢だと。

 自身で築き上げた信頼がそこにあることに気付かず、卑屈になっている狗神を見てみずちは歯痒く思っていたのかもしれない。

 ほら、やっぱり言わないと伝わらないじゃないか。

「よく言ったコウ! ――イヌガミ、聞こえたか!? 誰もお前を嫌っちゃいねえ、お前が今持ってるのは全部お前が努力して手に入れた分だ!」

 すう、と息を吸う。

「だから俺が八岐大蛇を退治してやる! もうお前が後悔しなくて済む明日ってやつを奪い取ってきてやるから、だから俺に任せろ!」

 伝わっただろうか。戻ってこい、それで亮太をやり過ぎだと説教してくれ。

「亮太……でも、私はどうしたらいいのか分かりません! 私と八岐大蛇はもう一緒に……!」

 すると、みずちが言った。

「イヌガミ、思い出した天照大神アマテラスオオミカミ様からの伝言なのー!」
「……天照大神様から?」

 お約束、と言っていたあれだろうか。先程「こういう意味だった」と言っていたのは、狗神が八岐大蛇に呑まれることを予め言い渡されていたことにようやく気付いたということなのか。


 一体これは、どの時点で始まったものだったのだろうか。

「イヌガミはいっぱい反省したの! だからもう許してあげるの! それで、僕がお約束守ってもらえる条件の一つが、イヌガミをこれまでのことから解放することなの!」
「許し……許していただけるのか……? 神を殺したのに……? えにしを捻じ曲げたのに!? アキラ様を、この世界を危険に晒そうとしたのに!?」
「八岐大蛇は時代の瘴気を吸って復活してくるの、でも毎回身体を残して退治されていたから、それは仕方のないことだったの!」

 成程、身体という核が残っていたから、繰り返し繰り返し復活してきていたのか。みずちが続ける。

「その度に須佐之男命スサノオノミコト櫛名田比売クシナダヒメ現身うつしみは現れたの! 捻じ曲げちゃったえにしは、捻じ曲げた本人がえにしから外れることでおしまいになるんだって―!」

 だって、とは如何にも伝言らしい言い方で、みずちらしいとも言える。

「だから、もう復活しないでいい様に、今回は身体も全部退治するの!」

 つまり、このえにしを断ち切り八岐大蛇を体ごと滅すれば、神の現身達は晴れて自由の身ということか。亮太の涙は引っ込み、口の端に笑みが浮かんだ。成程、それはいいことを聞いた。八岐大蛇をきちんと退治すれば、アキラもコウもリキもついでにあの猿田毘古神サルタビコノカミだって伝説に倣って結婚だの何だの強制される根拠もなくなる訳だ。

「よおしコウ、俺は何すればいい?」
八尺瓊勾玉やさかにのまがたまをイヌガミのお口に入れてごっくんさせるの!」
「ごっくん?」
「そうなのー!」
「そうしたらどうなる?」
「イヌガミと八岐大蛇が分離するのー!」

 成程、八尺瓊勾玉には状態異常を治す、言い方を変えれば正す力がある。それを狗神に与えることで、捻じ曲げたえにしから解放し、且つ八岐大蛇と混ざっている今の状態を解く、そういうことだ。

「分かった!」
「行くの!」
「任せろ!」

 亮太は首から八尺瓊勾玉を取り外すと、左手に握り締めた。
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