尻尾が生えたら優等生な幼馴染みがキスをすると言い出した

ミドリ

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6 昨日

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 そして、時刻は四時。

「――じゃあ行くか」
「あっもうそんな時間か」

 何気なく答えたが、それは表面上の話だけで、実際は私の心臓は口からスポンと飛び出して来そうなくらいにバクバクいっている。

 だって、この後セイとキスをするのが分かっていて、その時が刻一刻と迫っているというのに、どうして冷静でいられようか。

 セイは平気なのか。気になり、セイの様子をこっそりと窺う。

 先に玄関から外に出たセイの耳が、ほんのり赤い。ということは、きっとセイもやはりちょっとは緊張しているみたいだ。自分だけじゃないのが、少し安心材料だった。だって、これからわざわざキスをしに神社まで行くのだ。どんなこそばゆい状況なんだ。

 鍵を閉め、いざ徒歩五分ほどの所にある小森稲荷神社へと向かった。

 真夏の四時はまだまだ日が高く熱い。神社の方角から蝉の鳴く声がジリジリと聞こえるのが、キスはここでね、と言われている様で、どうしても隣を歩くセイの顔を直視することが出来ずにいた。

 時折視線だけセイの様子をチラ見していたが、同じ様にこちらを目玉を動かしてチラ見してきたセイと、バチッと目が合った。うおう。

 セイは何を思ったのか、顔を私の方に向けてとんでもないことを尋ねてきた。

「……なあ、キョウはキスってしたことあるのか」
「あるに決まってんじゃん」
「えっ」

 何だその反応は。小さい頃にチュッチュチュッチュと私にしてきた当の本人が、一体何を言っているのだろう。

「……ここ数年はないけど」
「……あ、そういうことか」

 はー、と息を吐くのと同時に呟く様にそう言ったセイは、私がセイとのキスのことを言っているのに気が付いたのだろう。ちらりともう一回一瞥をくれると、ちょっとだけニヤついている。

 こいつ、人がティーンエイジャーになってからキスしたことがないからって馬鹿にしてるのか。なんてやつだ。

 苛ついた私は、逆に聞いてやった。

「そういうセイはあるんですかー?」

 いくら最近急激にもてる様になったからといって、これまで彼女がいた素振りは一切ない。人のことを馬鹿にしていても、きっとこいつだってない筈だろうと踏んでいた。

 そう、思ったのに。

「……あるよ」
「えっ」

 思わず凝視すると、セイがフイ、と視線を逸す。

「最後にしたの、いつ?」
「それ聞く? ……昨日」

 視線を逸らしたまま、セイは睨みつける様に前方を真っ直ぐに見ていた。

「……昨日?」

 ということは、セイはちゃんと夏休みに青春を謳歌しているのだ。いつの間に。人がオンラインゲームをしたり、七不思議の実験台になったりしている間に。

 これはどういう種類の衝撃なのか。とりあえず、私は少なからずその事実にショックを受けていた。

 だが、冷静に考えると、これはあまりよろしくないのではと思い始める。

「……じゃあ、私としちゃ彼女怒るんじゃない」

 いくら人助けだからって、他の女とキスをされたら堪ったもんじゃないだろう。

 だが、セイの答えは意外なものだった。

「彼女いないし」
「は? あんた彼女でもない女とキスしたの?」
「…………」

 セイは、黙り込んでしまった。そもそも何故彼女でもない女とキスをすることになったのか。まさか襲ったのか? いや、セイのことだ、もしかしたら出会い頭に襲われた可能性もあった。それくらい、最近のセイはもてている。

「……相手、誰?」
「……気付かれてないみたいだから言わない」
「ちょっと、教えてくれたっていいじゃん」

 気付かれていないとはどういうことだ。よく周りを観察していたら分かるということだろうか? お前は馬鹿だと言われている気がして少なからずショックを受けていたが、私の顔は便利なものでそんな表情は出てこない。そんな素直に顔に出せる様だったら、とっくに告白出来ている。

 ――告白したところで、可能性はないだろうけど。

 まあでもとりあえず、彼女でないなら罪悪感も薄れるというものだ。

「……私とするの、内緒にしといた方がいいよ」

 忠告すると、セイが吐き捨てる様に言った。

「うるさいな」

 余計なお世話と言うことか。お年頃の幼馴染みの関係は、難しい。

「……やめとく?」
「やめねえよ」

 よく分からない状況だったが、セイは私を元の姿に戻すことを最優先に考えてくれているらしいことだけは分かった。

 きっと、これが最後のセイとのキスになるのだろうということも同時に悟る。

 出来たら思い切り叫びたかったが、いきなり叫んだらただのヤバイ奴なので、必死で衝動を抑え込んだ。

 結局その後は会話が続かず、神社の階段前に着くまで私たちはずっと無言だった。
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