尻尾が生えたら優等生な幼馴染みがキスをすると言い出した

ミドリ

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7 階段は危険

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 神社の境内に行くには、結構、いやかなりハードな階段を登らなければならない。

 何が悲しくて二日連続で炎天下にこんな急な石段を登らなければならないのか。元をただせば自分の所為なのだが、つい心の中で愚痴を漏らす程度は許してほしかった。

「きついよおおー!」

 思わず声も出る。

「ほら頑張れ! 昨日も登ったんだろ?」

 部活をしていない癖に、セイはひょいひょい登りにくい石の階段を登って行っている。

「筋肉痛になったあああ」
「嘘だろ」

 私がそう嘆くと、セイが唖然とした表情で呟いた。そんな顔しなくったっていいじゃないか。

 それに、本当に嘘じゃない。昨日境内から見下ろすと見事なジオラマが広がるこの稲荷神社の階段をヒイヒイ言いながら登った私は、ちゃあんとれっきとした正真正銘の筋肉痛になっていた。

「仕方ねえな。――ほら」
「……え?」

 数段上を行くセイが、振り返って私に手を差し出していた。引っ張って行ってくれるということだろうか。

 だが、私がラッキーと思いながら手を伸ばすと、セイがギョッとした顔をした。視線は私の腰元にある。何だろうか、とそれを目で追う。

 するとその先にあったものは。

 爽やかに吹く夏の風に、スカートがふんわりと広がっていた。

「……キョオオオオオ!」

 セイが一気に三段降りてきたと思うと、スカートを蓋する様に私の腿をガバリと抱える。

「ふんっ」

 そしてそのまま私を持ち上げた。案外パワフルだ。

「え!?」

 何が起きたか理解出来ずにワタワタしていると、セイが真っ赤な顔をして怒鳴る。

「馬鹿! ノーパンだろうが!」

 そうだった。セイは木々が青々と生い茂る階段の下を鬼の形相で振り返った。ノーパンの私よりも焦っている。

「たまたま人がいなかったから見られてないだろうけど! もっと気にしろやー!」
「はいいいっ!」

 セイに抱え上げられたまま、私はいい返事をする。すると、グラ、と身体が大きくかしいだ。眼下には、もう何十段と上がってきた、緑の壁に挟まれた狭い石段。かなり急で、落ちたらまあ結構な確率で死ぬやつだ。

「こわっ!」
「うおっ! 危ねえ!」

 バランスを取ろうとセイが私の腰を引き寄せる。

「キョウ、お、俺にしがみついておけ!」
「お、おう!」

 二人で落下、発見された当時女子高生はノーパンでしたなんて報道はされたくはない。私は素直に言われた通りにセイの首に腕を回しひしとしがみつくと、セイが「ぶふっ」と変な息をした。

「キョ、キョウ……」

 モゴモゴという口の動きが、胸部から直接伝わってくる。くすぐったいのと同時に、ヤバイヤバイヤバイという脳内テロップが動画サイトの様に猛スピードで流れた。
 
 どうしよう。思い切りセイの顔に自分の胸を押し付けてしまっているじゃないか。サイズ的には大分発達してきたから少ないとか思われる心配はないのが救いではある。だが、見えないけど下はノーパンでもある。傍からみたら、正真正銘の痴女でしかなかった。たとえ中身は見えなくとも。

「――うわっ!」

 思わず手を離そうとすると、私の胸の中から真っ赤な顔を覗かせたセイが、逆に私をきつく抱き締めた。腰に回されたセイの手は、熱い。

「馬鹿! 階段落ちるぞ!」
「わ、わざとじゃないよ!」
「おう! 分かってる!」

 セイは勢いよくそう言うと、私の胸に顔を押し付けたまま、再び階段を上り出した。どうやらこのまま行く気らしい。ピク、ピク、と眉間が時折動くのは、何かを必死で堪えている風に見えた。鼻血は出てないだろうか。別にお気に入りでもないTシャツだからまあいいっちゃいいのだが、着古した分身体に馴染んでいる所謂ザ・普段着の一枚なのである。

 見た感じ、Tシャツに血は付着していない様だ。あんまり見えないが。どうもあれは直接見た時に起こる現象の様なので、服越しに胸に顔をうずめる程度では出ないのかもしれなかった。

「く、苦しい……っ」

 どうやら私が胸部でセイの呼吸の大半を奪っているらしく、段々セイの息が荒くなってきている。

 何やってるんだろう。物事を俯瞰して見るものっすごい冷静な私の中の私が、この状況を見て頭の片隅で呟いた。

 基本、真面目なセイ。クラス委員を勤め、部活は所属していない。前に理由を聞いたら、運動部に入ったら服が汚れるし、自分で掃除洗濯食事の準備もしないといけないから時間が足りないと答えていた。

 私は特に惹かれる部活がなかったのでなんとなく帰宅部を選んだだけだったが、セイはこの年で自分の面倒は自分でしっかり見ることが出来る人間になっていた。

 そんなに忙しいのに、何故か毎日凝りもせず私を起こしに来る。耳元で大声を出されて飛び起きるのが恒例行事となっていたが、いつもどれくらいの間私の間抜けな寝顔を眺めているのだろうか。

 一回くらい寝たふりをして騙してみようと思うのだが、いつも夜中までゲームをしている所為でどうしても起きられなくて、それは未だ叶わないでいる。

 小中は可愛らしい女の子みたいだった少年が段々成長して、今じゃ私の背なんて軽く追い越し、いつの間にか私を抱えて階段だって登れる様になってしまった。可愛い可愛いと心の中で愛でていたが、セイは気づけば立派な男になっていたのだ。

 なのに、私は相変わらず一歩も動けず立ち止まったままだ。

 情けなかった。

 セイの厳しいけど思いが込められた優しさに思わず胸がジンとなり、私は思わずセイの頭をぎゅっと抱いた。

「おいっどうした!」

 モゴモゴとくぐもった声でセイが焦った様に尋ねてきたが、私は何も答えることが出来なかったのだった。
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