尻尾が生えたら優等生な幼馴染みがキスをすると言い出した

ミドリ

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8 おみくじ掛け

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 セイがゼーハーいいながらも階段をあと一段で登り切るというところで、歩を止めた。

「キョウ、今の時間分かる?」
「あ、時計もスマホも忘れた」

 毎度のことだ。セイも私の物忘れの多さは身に染みてよく知っているので、そこに対し何か言うことはもうない。とうの昔に諦めたのだろう。

「……一旦降ろすけど、スカートに気をつけろよ」
「はい!」

 間違っても時間よりも前に境内に入っちゃならない。折角セイがこんなにも苦労して登ってきたというのにまた明日、じゃいくらなんでもセイが憐れ過ぎた。

 この時点で、たとえこの行事が明日に延期されようと、私には自力でここまで辿り着く気がなくなっている。

 セイが私をそっと降ろしてくれたので、言われた通りにスカートをぎゅっと押さえ、間違っても風をはらんで中身を誰かに見られない様にする。それをちらりと確認したセイは、ジーンズのポケットからスマホを取り出すと、時間を見た。途端、驚いた顔に変わる。

「おい! あと一分しかないぞ!」
「えっ!」
「ほらっ」

 セイは私の肩を掴んでセイの胸に引き寄せると、目の前にスマホをかざして時計表示になった画面を見せてくれた。

 先程抱えられていた時もちょっと思ったが、――案外腕も胸板もがっしりとしている。本人は二人三脚程度の認識なのだろうが、当然の様に身体を引き寄せられ、隣のセイの顔を見ることなんか出来る訳もなく、私はひたすら時計を凝視し続けることしか出来なかった。

 ――バクバクいっているこの心臓の音が伝わらないことを、密かに願いつつ。

「5、4、3、2、1、はい!」

 半ばセイに押される様にして、四時四十四分丁度に私とセイは足並みを揃えて小森稲荷神社の境内へと足を踏み入れた。まだ私を抱き寄せた状態のセイを、そーっと見上げる。

「ご、ご苦労様」
「……別に」

 セイは照れくさそうにそう言うと、初めて気が付いたかの様にパッと手を離した。視線がふいっと逸らされたので、私だけが見続けてるのも何かおかしいと思い、改めて境内を確認することにする。

 ここの階段の段数は立派だが、神社自体は大分古びてそこまで立派でもないものだ。奥の方に社務所が見えるが、人がいる気配はない。

 石畳の参道の先には、赤のペンキが剥がれかかっている箇所も見受けられる鳥居がそびえる。その鳥居をくぐると左手には手水舎ちょうずやがあり、正面にはお賽銭箱が備え付けられた拝殿、そしてその奥には小森町を守っているとされる白狐の御神体が祀られた社殿があった。

 そして。

「――なあ、どの辺に髪の毛を結んだんだ?」

 右手にあるおみくじ掛けの存在に、セイが気付いてしまった。

 これは拙い。非常に拙い。尻尾がピン、と立ち上がってスカートの隙間から風が入るのが分かった。こっちも色々と拙いことになっている。境内に人っ子一人いないことがせめてもの救いだった。

「ほほほほらっ! セイ、御神体はあっちだよおおお!」
「おい、なに動揺してるんだよ。――あっ! またスカート……」
「してない! 何でもないからほらさっさと済まそう!」

 大慌てでセイの腕を掴み社殿の方へ引っ張って連れて行こうとしたが、セイがその場で踏ん張ってしまった為、びくともしない。出た、頑固者。

「ちょ、ちょっとセイ!?」

 セイの顔は、明らかに怒っていた。すると、私の尻尾がしなしなとまた下がり、足の間にするりと入ってくる。もふもふだ。

 でも、ここまでくれば私にだって分かる。セイが怒ってるから、それで私はびびっているのだ。犬は怖がるとこうなるじゃないか。まあ、この尻尾が犬のものかも怪しいものだが。

「さっさと済ます? お前にとって俺ってその程度なの?」

 どうやらセイは、私がセイとのキスを軽く考えていると受け取ってしまったらしい。いや違う。そうじゃないんだと声を大にして言いたかったが、ああもうどうしよう。

「ちっちがっあのっそうじゃなくてっ」
「何が違うんだよ」

 セイ様がお怒りでいらっしゃる。柔和な顔の人が怒るとマジで怖いのだが、これはどう考えても私の所為であることに間違いはない。

 私に起きた異変を解除してくれる為にわざわざどうでもいい幼馴染みにキスしてやろうとしてくれているのに、本人からさっさと済まそうなんて言われたらそりゃあもてる男としては腹も立つに違いない。

 セイがこの役目を担う必要なんてどこにもないんだから。

「あのっ髪の毛はね! ちょっと差し支えがあるというかっ」
「――なに、俺に見られたくないからちゃっちゃとキスして帰ろうとした訳?」

 セイがしつこい。でもこれは見せたら拙い。私は焦りまくっていたが、考えてみれば髪の毛一本程度、もしかしたら判別がつかない可能性だってあった。

 そうだ、床に落ちている髪の毛なんて誰のものか分からないじゃないか。

「いいから黙って見せろよ」

 顔も雰囲気ももう完全に苛ついているそれになっていたので、私は諦めてセイが気付かない可能性に賭けることにした。大丈夫、きっと平気だ。それか、自分のがどこか分からないと誤魔化すのだってありかもしれない。

「どの辺?」
「……おみくじ掛けの、右下の方」
「ふうん」

 セイはそれだけ言うと、脇でがっちりと私の腕をホールドし、ズルズルと私を引っ張り始めた。もうこれは諦めるしかない。私は観念すると、とぼとぼとセイに連行され色あせたおみくじが無数に結ばれたおみくじ掛けの前まで行ったのだった。
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