賽の河原の拾い物

ミドリ

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12 春彦の尋問

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「――ということで、どうやら龍くんは無条件で私が好きらしいって分かったんだけど」

 翌朝になり、いつもの挨拶を窓越しにしたところ、「最近どうなってるんだよ」と春彦がしつこく食い下がってきた。

 正直、春彦には言いたくない。説教が始まるのは目に見えている。だけど、そろそろ秘密を抱えているのが限界に近いのも確かだ。

 ここのところずっと悶々としていた私は、とうとう春彦に昨日の観察のことを話してしまった。

 私の話を眉間に皺を寄せながらフンフン聞いていた春彦の第一声は、こうだ。

「そいつさ、小春の身体目当てなんじゃないのか」
「このペラッペラを?」

 自分で言うのは悲しいけど、事実だ。難しい表情のまま、春彦は重々しく頷いた。

「ペラペラが好みって奴もいるぞ」
「そうなの? 誰が?」
「……世間一般の話だ」

 そうなのか。意外だった。

 いつもは穏やかな春彦の目は、私のせいで朝から吊り上がり気味だ。ほらね、こうなるから言いたくなかったんだと思っても後の祭りだ。過保護春彦は、きっと私がどんな男と付き合おうが、粗探しをして反対するのかもしれない。本当に父親みたいだ。

 ちなみに私の実の父親は、私に彼氏が出来たことを聞くと、「お前みたいなこけし人形によく彼氏が出来たな! 大切にしろよ!」と父親にあるまじき発言を悪びれもせずしていた。だから、春彦の方が余程世間でいう父親らしくはある。

「……小春、そいつに何もされてないだろうな?」

 春彦は、案外鋭い。同じ誕生日でも遺伝子の質が違うからか、私の考えなどお見通しだと言わんばかりに私の考えを読み取っていく。

「ななななにもされてないけど」
「……正直に言わないと怒るぞ」
「すみません」

 私は、正直に話した。付き合ってからは毎日手を繋がれていること、ついでに帰り際はいつもキスをされていることも、全て。どんな拷問だと思いながらも、春彦の目が三角に尖っているので、洗いざらい喋った。

 全てを言い切った私は開放感からスッキリしていたけど、全てを聞いた春彦は今、頭を抱えている。呆れ返ったのかもしれない。

「キス……まじかよ」
「いやあ、私もびっくりしたんだけど、付き合ってるのに断るのも、ねえ?」

 あははと頭を掻くと、それを見た春彦が、今度は泣きそうな顔になった。

「……断れないくらいなら、別れろよ」
「いや、ははは……」

 愛想笑いを浮かべ続けている私に、春彦は真剣な目で尋ねる。

「お前、そいつのどこが好きなんだよ」

 そして私は、また答えられなかった。はあ、と春彦が溜息をつく。

「お前さ、どうせいつもみたいに大して何も考えないで、とりあえずノリで付き合ったんだろ」

 グサ、と春彦の言葉が突き刺さった。さすが、生まれてからほぼ一緒にいる春彦の心眼は正確だ。

「相手がイケメンだから目の保養とか軽く考えて、それで向こうがグイグイきたから今更どうしていいか分からなくなってんだろ」

 壁に突き刺さる手裏剣のように、春彦の言葉は遠慮なくグサグサと突き刺さる。どうしてこいつはこうも見てきたみたいに言うんだろう。

 そして何故、春彦の言葉はこうもすんなりと私に染み込むんだろう。

 春彦が、溜息を吐く。

「お前それ、早く別れた方がお互いの為なんじゃないか」
「……やっぱり?」

 付き合ったら、あんなイケメンだ。世間でまことしやかに噂される燃えるような恋というやつに落ちるかなと期待していたことに、今更ながらに気付かされた。

 それもこれも、春彦が冷静に意見を述べてくれたからだ。さすがは乳児からの付き合い。私のことを私以上に知り尽くしている。

「私には、まだ恋愛は早かったのかなあ」
「単に好みじゃなかったんだろ」

 私の珍しくもしおらしい言葉に、春彦はにべもなく答えた。冷たい。

 呆れ顔で、春彦が続ける。

「お前、ちっとも楽しくなさそうだもん。それにえっちゃんとも遊びに行かせてくれないなんて、ちょっと束縛強すぎないか」
「やっぱり?」

 スルスルと、これまで私の中で凝っていた疑問が解けていく。そうか、そういうことだったんだとようやく納得した。やっぱりこれは、束縛が強いんだ。

「一度ちょっと話してみるよ。束縛が強いところを直してくれたら、私ももっとのびのびできるかもしれないし」

 それでも、すぐに別れようとは思わなかった。龍は優しいし、こんな私でも好きだと言ってくれる。振る理由が見つからない、というのも理由のひとつだった。

 だけど、春彦は相変わらず見透かしたように溜息混じりで言う。

「お前な、彼氏持ちって身分にしがみつこうとしてないか?」
「あ、そろそろ行かなくちゃ」
「あっおい小春待て!」

 春彦の説教に捕まると長い。ささっと鏡で髪型を整えると、龍に買ってもらった伊達眼鏡を装着し、窓とカーテンを閉めた。

「小春!」

 見えない窓の奥から、春彦の焦りを含む声が私を呼ぶ。龍と付き合ってから、春彦からいつもの余裕が失われている気がしていた。余程心配させているのかもしれない。

「何かあったら、俺を呼べ! 絶対だぞ!」

 スマホもないのにまた言ってるし。そう思って笑った。

 笑って、少し笑顔が戻ってきたのは春彦のお陰だな、とすっきりした気分でえっちゃんとの待ち合わせに向かった。
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