賽の河原の拾い物

ミドリ

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15 決心

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 翌朝には熱は三十七度台まで落ちて、何とか起き上がれるようになった。

 熱を出して寝込んでいたと窓越しに春彦へ伝えると、「窓閉めて寝てなよ」と柔らかい言葉が返ってくる。

 本当は別れる決心がついたことを報告したかった。だけど春彦の言葉に甘えて、今は寝ることにする。

 その後の数日間は、平穏そのものだった。

 朝夕に一度ずつ、具合はどうかと龍から連絡が来る。体温と体調を教えてまだ休むことを伝えると、初日の嵐のようなメッセージが嘘だったみたいに、龍は私をそっとしておいてくれた。

 多分だけど、私と離れて龍も思うところがあったんじゃないか。私と龍が会う頻度は、明らかに異常だったから。

 週末も安静に過ごし、月曜日を迎えた。窓の向こうから、不機嫌そうな春彦の顔が覗いている。

「――ということで、はじめはちょっと正直怖いなって思ったんだけど、ただ心配してたらしくて安心しちゃった」
「その着信数は異常だろ」

 久々に制服に袖を通せば、一気に現実感が戻ってくる。これまでの寝不足もすっかり解消され、発熱前より肌ツヤもよくなった気がした。

「向こうも私が初めての彼女だったから、きっと勝手が分かんなかったんだと思うよ」
「勝手とかいう問題か?」
「それに家でもひとりだし、不安になったんだと思う。悪いことしたよ」

 龍は進学校受験の為、中学の時は勉強漬けの毎日だったそうだ。高校生になっても勉強に付いていくにはひたすら勉強が必要で、そのせいでこれまで彼女を作ろうと考えたこともなかったらしい。

「その割にはやけに積極的だったじゃないか」
「ま、まあね……」

 それは否めない。はじめからかなりグイグイ来られていたのは確かだ。

 春彦の目が、どんどん三角になっていく。

「初めての彼女とか、嘘なんじゃないか? だってイケメンなんだろ? イケメンは大抵性格が歪んでるもんだ」

 春彦による龍の採点は相当低かった。そして偏見も凄い。そんなお前もイケメンだから性格が歪んでるのかと聞いてみようかとも思ったけど、色々と面倒くさいのでやめた。

「まあ、結局私の何がよくて好かれてるのかは分からないままだけど、すごく心配してくれるいい人で、ちゃんと言えば話も聞いてくれるって分かったから」
「俺はお前のそういう油断だらけなところが心配で仕方ない」

 春彦が、そこそこ失礼なことを心配そうな顔でのたまう。正直腹は立つけど、親切心から言っていることは間違いない。安心させる為にも、春彦にはちゃんと伝えることにした。

「大丈夫だよ。今日、別れ話をするつもりだから」
「え……っ」

 そこで何故笑う、春彦よ。人が別れると言って、どうして満面の笑みになるのか。

 やっぱりイケメン性格歪んでる説は有力なのかもしれない。

 ニヤケ顔の春彦に、きっぱりと伝える。

「正直に言う。お友達としては好きだけど、恋愛ってほどは好きにはなれなかったって」
「束縛強いから駄目だったって言ってやったら?」

 急に機嫌のよくなった春彦が、晴れやかな笑顔で言った。別れると言った途端、これだ。

 こいつに友人が出来ないのは、爽やかな笑顔の裏にこういった面があるのがばれているせいかもしれない。

「ま、話してみるよ」
「おう。頑張れよ」

 送り出してくれる春彦は最近では珍しくて、つい笑ってしまう。窓を閉めようとする私に、春彦が「あ」と声をかけた。まだ何かあるのかな。

「お前さ、その話は人のいる場所でしろよ。絶対二人きりでするなよ、危険だから」

 また心配性春彦の小言が始まった。急いで窓とカーテンを閉める。

 いつもと一緒の、見えなかろうが私を追いかける春彦の声が聞こえてきた。何だか懐かしくて、頬が緩む。

「小春! こら、ちゃんと聞け!」

 春彦の小言をちゃんと聞いていたら、遅刻は確実だ。

「いってきまーす」
「小春、何かあったら俺を呼べ! 分かったな! 聞いてるのかー!」
「はいはーい」

 だったらまずはスマホを持てと思った私を、誰が責められるだろう。

 いつもの朝が戻ってきて、私は足取りも軽やかに駅へと向かった。



 今日、ちゃんと別れ話をする。

 そう伝えると、えっちゃんは暫くポカンと口を開けて私を見ていた。やがて少し涙ぐみながら頷くと、私のこけし頭を撫で始める。

「よく考えた、えらいえらい」
「えへ」

 あまり頭を使わない私が考えに考えて出した答えに、えっちゃんはほっとした様子で賛同してくれた。

 伊達眼鏡の外は、思った通り優しい黄色に染まっている。その色で、えっちゃんを相当心配させていたのだと気付いた。

 私の親友は、やっぱり優しい。

「それにしてもさ、何か意外だったなあ、王子の性格」

 感慨深げにえっちゃんが言った。私もそれには激しく同意だったので、大きく頷く。

「相当独占欲強めだった」

 別れ話はまだこれからなのに、すでに過去形で話すあたりが女子の恐ろしさだと思う。だけど、えっちゃんも気にした素振りはないから、そんなものなのかもしれない。

「だってさ、毎日休みなく会ってたんでしょ? あと、熱出した時の話聞いて、正直ドン引きした」
「私もドン引きしたよ。まあ、あれはあの日だけだったけど」

 休みの間の出来事については、えっちゃんにも洗いざらい話した。ついでに春彦には言わなかったことも言った。

 ただ寝ているしかなかった数日間、ただでさえ熱があるのに、更に知恵熱を出しそうなくらいに自問自答して到達した結論を。

「にしても、本性が見えないって言われたら、結構ぐさっとくるんじゃない? 言い方は考えた方がいいよ、小春」
「やっぱり?」

 そう。これだけ顔良し性格良しな龍に猛プッシュされているにも関わらず、何で全然好きになれなかったのか。

 出した結論は、龍に覚える違和感だった。

 まるで動く人形を見ているかのような感覚、と言えばいいんだろうか。それか、表情が動く仮面を被っている感じだ。

 ちゃんと笑うし、話もする。だけど、龍からはそれ以上の感情を窺い知ることができなかった。なんというか、人としての温度がいまいち感じられなかったのだ。

 素人の大袈裟な一人芝居を観させられているみたいと言ったら、あまりにも酷いだろうか。

 でも、春彦やえっちゃんのように、泣いたり怒ったり笑い転げたり拗ねたりといった人間として当たり前の感情が、龍からは一切見られなかったから。

 時折苛ついているかもと思うことはあったけど、それでもオーラはいつだって真っ白だった。

「……やっぱりオーラが後光なだけあって、中身も聖人君子だったのかな」
「最後にさ、ポテチはどこで食べるか聞いてみなよ」

 その質問はどうかと思ったけど、えっちゃんの分類ではポテチはベッドの上で食す物らしいので、私には計り知れない拘りが存在するんだろう。

「どうかな、聞けるかなあ」

 苦笑で返すと、えっちゃんも苦笑した。

「無理して聞かなくてもいいからね」
「分かってるよ」

 龍は、優しい。私が馬鹿なことを言っても、怒らないし呆れない。龍は常に私の上位に位置していて、私はお釈迦様の掌の上で走り回っているだけの、こけし頭の孫悟空だった。

「……電話、待ってるから」

 えっちゃんは優しい新緑色のオーラを発しながら、私のおかっぱの頭頂を再度ポンと叩く。

 終わったら泣いたっていいんだぞ、全部聞いてやる。

 そう言われた気持ちになってしまい、有り難みで瞳が潤みそうになるのを必死で堪えつつ、幾度も頷き返した。
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