【完結】召しませ神様おむすび処〜メニューは一択。思い出の味のみ〜

四片霞彩

文字の大きさ
23 / 58
塩むすびは友との約束と忘れがたき味ー過去ー

【23】

しおりを挟む
「おい。今日もそこにいるのだろう」

 木の上にいた神はそんな男の呼び掛けで下を覗き込む。昨日の男が竹包と竹筒を手に立っていたのであった。
 
「神饌を持って来なかったということは諦めたということか」
「これが神饌だ。食してみろ」
 
 男は本殿の前に竹包を供えると竹包みを綴じる竹紐を解く。竹包の中からは塩で握ったと思しき三角形のおにぎりが二個現れた。

「これは?」
「見ての通り、おれの手作りむすびだ。神饌に使っている米、清水、塩で握っている。神酒はこの竹筒の中だ」

 そうして男は腰にぶら下げていた巾着から布包みを取り出したかと思うと、塩らしき白く細かい結晶状のものをおにぎりに振りかける。仕上げのつもりなのだろう。男の手から降り注ぐ塩の雨が陽光を反射して光り輝いていた。

「握り飯なのは赤子でも分かる。だが何故握り飯なのだ。いつもの神饌はどうした」
「昨日言った通りだ。あの後帰宅して古文書を読み直したが、神饌については必ずしも生饌せいせんでなければならないという記述は無かった。父上に聞いても同じ答えだ。それなら熟饌じゅくせんでもいいかと思ってな。いつも供している神饌を使って塩むすびを作ってみた。長い間同じものを渡されたら、さすがに神でも飽きるだろう」

 神によっては神饌には素材をそのまま出す生饌に加えて、調理をした熟饌を好むものもいる。この地の神に関しては清酒、新米、清水、塩の四種類が揃っているのなら神饌にこだわりは無かった。それを捧げるのが清き乙女であれば。
 
「母上に作り方を教わったから味は確かだ。味見をしに来た父上や兄上たちにも概ね好評だったからな」
「身内の評価が入っている時点で当てに出来そうにないが……」
「文句は実食してから言え」
「この姿で食えると思っているのか?」
 
 男の期待するような眼差しから逃れようと、神は適当な理由をでっち上げる。いつも神饌を食す時は人型である神の姿を取る。その方がじっくり神饌を味わえるからだ。だがどうしても自分の神としての姿をむさ苦しい男どもに見せたくなかった。
 神饌と同じで相手が清き乙女なら躊躇うことはなかっただろう。汚らしい男どものために、わざわざ神力を消耗してまで姿を現すのが億劫だった。

「まあいい。そこに置いていけ。後で食す」
「これまでの神饌のように、明くる日も手付かずで残っているというのは無しだからな。神だからと言って神饌を粗末に扱っていいわけがない。清水はいいかもしれないが、米を作る農家、酒を醸造する杜氏、そして塩を製造する塩職人の苦労を蔑ろにするのは良くないと常々思っていたのだ」
「神に説教をするつもりか。それならその握り飯はキサマが持ち帰って食すがいい」
「これはお前の神饌だ。おれが食らうわけにはいかない。それにおれはお前が神だから説教をしているわけではない」
「神じゃないなら何だというのだ」
「友だ。太古の昔、神々と人間は深い信頼関係で結ばれていたと聞いている。信頼関係というのは友情も同然。おれはお前に仕えると同時に、お前を理解する最も近い友でありたいと思っている」

 男があっけらかんと述べた言葉に神は魂消てしまう。
 神に向かって、この男は友情を育みたいと言った。神と人の関係性が希薄になっているこの文明開化の世に。
 この男は余程のおめでたい頭をしているのか、それとも怖いもの知らずと言える。

「神を友として対等な関係を築きたいというのか。あまりに馬鹿げている。キサマは宮司の嗣子でありながら、神を敬うということを知らないようだ」
「お前が敬われたいのならそうしてやる。これまでお前に仕えてきた女人たちと同じように。地に這いつくばって、額を擦りつけよう。それでお前の気が済むのなら、おれに出来ることなら何でもする。だが、お前はそれで本当に満足なのか」
「なんだと……」
「神々の間での関係性がどうなっているのかは知らないが、敬うというのは一種の主従関係だ。おれには学友や同胞といった対等で結ばれた横の繋がりがある。だが、お前には胸襟を開ける友や、全てをさらけ出してもいいと思える相手はいるのか? 心を許し、本音を語れる者はいるのか? お前が頑なに清き女人の神饌しか受け取らないのも、そこに理由があるのでないか。誰かに自分の心に深く踏み込んで触れてほしいという真の想いが……」
「詮索は不要だ! 天罰が下る前に早く消えるがいい!」

 神の怒声に虚を突かれたのか、男はたじろぐと喉元に触れる。表情を見られたくないのか、顔を隠すように学生帽を被り直したのだった。

「……また来る」

 男は去って行くが、その背はいつもと違って意気消沈しているようだった。無理もない。神がにべもなく男が差し出した手を払いのけたのだから。
 咄嗟とはいえ、図星を隠すにはこの方法しか思いつかなかった。今更やり過ぎたと後悔しても遅い。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

処理中です...