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塩むすびは友との約束と忘れがたき味ー過去ー
【29】
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「遅い」
セイが神饌を奉納するようになって半年が経っていた。いつものように「明日も来る」と言っていたセイが、何故かこの日に限っては夕刻近くになっても来なかった。様子を見に行くべきか、それとも入れ違いになるのを避けてここで待つべきか。出迎えに行くと、セイを待ちかねていたようできまりが悪い。だからといって、何もしないでいるのももどかしい。本殿の前でセイを待ちながら、蓬は思案する。
「もしや、体調でも崩したか……」
今は健康優良児のセイも、かつては病弱な少年だった。ふとした瞬間に虚弱な一面が出てしまうのかもしれない。
そんなことを考えていると、本殿に近づいて来る人影が見えた。わざと近くの木の影に隠れると、セイがどう言い訳をするのか聞いて、呆れた振りと大げさな悪態をつきながら姿を現そうと企む。
しかし本殿に現れたのは、宮司の二番目の息子――セイの次兄に当たる青年だった。
いつもなら三兄弟の中で最も熱苦しく、セイよりも正義感に溢れているはずの次兄が、この日に限っては打ちひしがれたかのように背中を丸めて、涙を堪えているのか口を固く結んでいたのであった。
「豊穣の神に於かれましては、神饌のご奉納が遅くなりましたこと……」
そんな堅苦しい挨拶と謝罪の言葉と共に本殿に供えられたのは、セイが握ったものより形が整った塩おにぎりと、真新しい竹筒であった。
いつもと違う神饌、これまで一度も神饌の奉納に来なかった次兄、そして宮司の息子たちなら幼い頃から言わされて難なく暗唱できるはずの唱え言葉をところどころつっかえ、時折鼻が詰まったかのようにくぐもる声。嫌な予感しかしなかった。
かつて蓬に仕えていた清き乙女たちも、代替わり直後に次兄と同じような様子を見せたことがある。特に先代が夭逝や急逝した時に――。
そこまで考えて眩暈がした。蓬は次兄の元に飛び出すと、声を荒げて問い詰める。
「セイは!? セイはどうしたのだ!? なぜ来ない? セイに何があった!? 」
次兄の耳元で何度も叫ぶが蓬の声が届いていないようで、ただ繰り返しどうでもいい祓え言葉を唱えていた。蓬は舌打ちをする。やはりセイじゃなければ蓬の姿を認識できないらしい。その間にもセイに借りた姿は鼓動が激しくなり、胸が苦しくなる。この身体の主に何かが起こったと訴えかけてくる。
――もう、待ちきれない。
蓬が目を瞑ると、身体が白い光に包まれる。光の中から現れたのは、豊穣の神としての本来の蓬の姿であった。太陽のような明るさと温かさを合わせたセイとは真逆の印象を持つ、月のような静寂と神秘を合わせた神としての蓬が顕現したことで、本殿を囲む周囲の気が変わったのか、次兄は慌てたように周囲を見渡す。
蓬は空高く浮くと、セイの気配を探る。本殿がある小高い山の下からわずかに残るセイの気配を手繰り寄せる。そして蓬は地上近くまで降りると、糸のように続くセイの気配を辿って行ったのだった。
本殿から離れたのは数十年ぶりだったが、その間にセイたちが暮らす町も随分と様変わりしていたらしい。西洋の服を着た老若男女、西洋から伝わったと思しき食品や小物、西洋風の建築物。それらを横目で眺めながら、セイの気配が最も強く残る場所まで飛んでいく。
ようやくセイの気配の根本となる、セイの居場所に辿り着く。そこは馬車や荷車などが行き交う、町の中心部にある一番大きな通りであり、セイが暮らす神社から蓬が祀られている本殿の近くにある道でもあった。
普段なら人の往来があるはずの賑やかな通りは、何故か通行を止められて、人々が一点を見つめて輪をなしていた。そんな輪の中心部からセイの気配は発せられていた。しかしそこに広がっていた光景は――。
セイが神饌を奉納するようになって半年が経っていた。いつものように「明日も来る」と言っていたセイが、何故かこの日に限っては夕刻近くになっても来なかった。様子を見に行くべきか、それとも入れ違いになるのを避けてここで待つべきか。出迎えに行くと、セイを待ちかねていたようできまりが悪い。だからといって、何もしないでいるのももどかしい。本殿の前でセイを待ちながら、蓬は思案する。
「もしや、体調でも崩したか……」
今は健康優良児のセイも、かつては病弱な少年だった。ふとした瞬間に虚弱な一面が出てしまうのかもしれない。
そんなことを考えていると、本殿に近づいて来る人影が見えた。わざと近くの木の影に隠れると、セイがどう言い訳をするのか聞いて、呆れた振りと大げさな悪態をつきながら姿を現そうと企む。
しかし本殿に現れたのは、宮司の二番目の息子――セイの次兄に当たる青年だった。
いつもなら三兄弟の中で最も熱苦しく、セイよりも正義感に溢れているはずの次兄が、この日に限っては打ちひしがれたかのように背中を丸めて、涙を堪えているのか口を固く結んでいたのであった。
「豊穣の神に於かれましては、神饌のご奉納が遅くなりましたこと……」
そんな堅苦しい挨拶と謝罪の言葉と共に本殿に供えられたのは、セイが握ったものより形が整った塩おにぎりと、真新しい竹筒であった。
いつもと違う神饌、これまで一度も神饌の奉納に来なかった次兄、そして宮司の息子たちなら幼い頃から言わされて難なく暗唱できるはずの唱え言葉をところどころつっかえ、時折鼻が詰まったかのようにくぐもる声。嫌な予感しかしなかった。
かつて蓬に仕えていた清き乙女たちも、代替わり直後に次兄と同じような様子を見せたことがある。特に先代が夭逝や急逝した時に――。
そこまで考えて眩暈がした。蓬は次兄の元に飛び出すと、声を荒げて問い詰める。
「セイは!? セイはどうしたのだ!? なぜ来ない? セイに何があった!? 」
次兄の耳元で何度も叫ぶが蓬の声が届いていないようで、ただ繰り返しどうでもいい祓え言葉を唱えていた。蓬は舌打ちをする。やはりセイじゃなければ蓬の姿を認識できないらしい。その間にもセイに借りた姿は鼓動が激しくなり、胸が苦しくなる。この身体の主に何かが起こったと訴えかけてくる。
――もう、待ちきれない。
蓬が目を瞑ると、身体が白い光に包まれる。光の中から現れたのは、豊穣の神としての本来の蓬の姿であった。太陽のような明るさと温かさを合わせたセイとは真逆の印象を持つ、月のような静寂と神秘を合わせた神としての蓬が顕現したことで、本殿を囲む周囲の気が変わったのか、次兄は慌てたように周囲を見渡す。
蓬は空高く浮くと、セイの気配を探る。本殿がある小高い山の下からわずかに残るセイの気配を手繰り寄せる。そして蓬は地上近くまで降りると、糸のように続くセイの気配を辿って行ったのだった。
本殿から離れたのは数十年ぶりだったが、その間にセイたちが暮らす町も随分と様変わりしていたらしい。西洋の服を着た老若男女、西洋から伝わったと思しき食品や小物、西洋風の建築物。それらを横目で眺めながら、セイの気配が最も強く残る場所まで飛んでいく。
ようやくセイの気配の根本となる、セイの居場所に辿り着く。そこは馬車や荷車などが行き交う、町の中心部にある一番大きな通りであり、セイが暮らす神社から蓬が祀られている本殿の近くにある道でもあった。
普段なら人の往来があるはずの賑やかな通りは、何故か通行を止められて、人々が一点を見つめて輪をなしていた。そんな輪の中心部からセイの気配は発せられていた。しかしそこに広がっていた光景は――。
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