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雷都と家族と

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「春雷、やっぱり私ここに残って、雷都の成長を見守りたい。私は雷都の母親なんだよ。記憶を消されて、身体を元に戻しても、きっとどこかでは覚えてる。何もかも綺麗さっぱり忘れることは出来ないと思うの……」
「君の気持ちは嬉しい。でも駄目なんだ。これは犬神の仕来りだけの問題じゃない」
「どうして?」
「本来、人間はかくりよにいてはいけない存在なんだ。かくりよにいるだけならまだしもあやかしの子供を産むなど以ての外。無垢な人間があやかしの妖力に長時間当てられると、人間もあやかしと化してしまう。身体が交わるということは、あやかしの妖力を直接受けることになるんだ。そうなれば睡蓮まであやかしになってしまう。だからこそ、犬神たちは攫ってきた『犬神使い』の女性たちが子供を産む度に元の身体に戻して、人間界に帰していたんだ」
「いいよ。春雷たちと一緒にいられるのなら、私はあやかしになったっていい」
「簡単に言わないでくれ。人間とあやかしは生きている時間が違うんだ。あやかしになったら、家族や友人と二度と同じ時間を過ごせなくなる。それに爪弾き者の俺と一緒にいたって、まともな生活は送れないかもしれない。今は良くても、この先後悔するかもしれないぞ」
「いいよ。私には家族はいないし、友人も多くない。今ここで春雷と雷都の手を離した方が絶対に後悔する。二人と一緒にいられるのなら、私はあやかしでも何にでもなるよ!」

 人間の華蓮があやかしの春雷たちと同じ時間を生きられないのなら、今ここで別れた方がもう二度会えない可能性がある。再会したいと願っても、縁も無い以上、華蓮が春雷たちと会える保証は無い。

「もう全てを失ってから後悔したくないの。私は春雷と生きたい。春雷と結婚して、雷都を育てたい!」
「やっぱり駄目だ。これ以上、俺に付き合わせてしまったら『犬神憑き』になってしまう。あやかしになっても、ならなくてもだ。俺は君を『犬神憑き』にしたくない。睡蓮と雷都の幸せは俺にとって何よりの幸せだ。『犬神憑き』になった君の不幸を見るのが一番辛い……」
「そんな……」
「その代わり、もし睡蓮が俺のことを呼んでくれたのなら、俺は必ず君の元に駆け付ける。ここであった全てを忘れても尚、俺のことを想ってくれるのなら……。その時は君の勝ちだ。君の望む通りにしよう。これはその証だ」

 そう言って春雷が手を差し出したので、華蓮も手を伸ばす。互いの手が触れ合った瞬間、春雷は腕を引いて華蓮の手の甲を口に近づけると甘噛みしたのだった。

「君と過ごした日々は俺にとって何よりも幸せな時間だった。一人の寂しさも妖力が無い苦しさも何もかも忘れられた。改めて礼を言わせてくれ。ありがとう、睡蓮」
「私も春雷たちと過ごす時間がこれまで一番自分らしくいられたの。今までは周りの顔色ばかり伺っていて、自分を押し隠してきたから……」

 子供の頃は養父母に、大人になってからは彼氏の顔ばかり伺ってきた。相手に嫌われないように、好かれるように、相手が望む「華蓮」を作り出して、本当の自分を隠してきた。
 それが苦しくなって養父母の元を飛び出して、彼氏と出会ったものの、束縛する華蓮に愛想を尽かして捨てられた。
 でも春雷と一緒にいる時は、相手に好かれることを考えず、自分を偽ることもしなかった。春雷だけではなく雪起もありのままの華蓮を受け入れてくれた。
 そんな春雷たちと過ごす時間がとても心地良くて、何より安心出来た。
 この時間がずっと続いて欲しいと願ってしまうくらいに、ここを自分の居場所だと思えたのだった。

「そういえば、春雷って黒犬姿にもなれたんだね」
「犬神なら誰もが犬姿になれる。俺の場合は犬姿の方が速く動けて、妖力の消耗を節約出来るからな。親父に首を絞められた睡蓮に呼ばれた時も犬姿になったから早く戻って来られたんだ。ここに連れて来た日、雨の中に飛び出した君を追いかけた時もそうだった」
「ということは、もしかしてつわりが酷かった時期に部屋に来ていた黒犬も春雷だったの? わざわざ犬の振りして来るなんて……。声を掛けてくれたら良かったのに……」
「あの頃の君は俺のことを怖がっていただろう。体調が悪いこともあって部屋から出て来ないし、雪起が声を掛けてもほとんど話さないという。手紙なら傷つけないかと思って書いても読まれないまま食事と一緒に返される。心配で気を揉んで、驚かさないように犬の振りをして様子を見に行ったんだ。ただあの状況で犬姿の俺が声を掛けたら、睡蓮はますます怖がって心を閉していただろう」

 春雷の言う通り、あの時に犬姿の春雷に話しかけられていたらますます怯えて、心身共におかしくなっていたかもしれない。
 孕ませた男が犬姿になって現れたなんて知ったら、卒倒どころの話じゃない。精神的に追い込まれていただろう。

「本当に春雷には最初からずっと気遣われてばかりだね」
「男の俺は子を産むことが出来ない。出来ることといえば、相手を気にかけて、力になれることはなんでもやるくらいだ。代われるものなら代わってやりたいよ。辛そうな睡蓮の姿を見ていたら、何も出来ない自分がもどかしい」
「代わらなくていいよ。私だって春雷が苦しむ姿を見たくないもの。妊娠の苦しさも出産の辛さも、私一人が味わえば充分。それに相手が春雷だったから子供を産もうって思えたんだよ。他の犬神だったら思えなかったかも」

 その時、華蓮の腕の中で雷都が声を上げて泣き出す。受け取ろうとした春雷の手を避けると華蓮は雷都を軽く揺らす。

「今夜だけは雷都の母親でいさせて?」

 未だに泣き続ける雷都をあやしながら頼めば、春雷は微笑を浮かべながら腕を下ろす。

「分かった。今夜だけだからな」

 それから二人は泣き止んだ雷都を間に挟んで横になると、本当の家族のように並んで寝ることにした。
 春雷に髪を撫でられると、そのお返しとして華蓮も春雷の髪に触れる。尻尾を触りたいと頼めば、春雷は渋々ながらも柔らかな黒毛に覆われた尻尾を触らせてくれたのだった。
 雷都の頬や耳に自分の頬を寄せた後、華蓮は小さな雷都の手を掴むと軽く揺らす。雷都が嫌そうな顔をしたのでそっと手を離すと、腕枕をしながら二人を見ていた春雷と目が合ってはにかんでしまう。
 最後に春雷と指を絡めて手を繋ぐと、雷都の身体の上に静かに下ろす。そのまま春雷と雷都を見つめている内に、いつの間にか眠りについていたのだった。
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