【第一部・完結】七龍国物語〜冷涼な青龍さまも嫁御寮には甘く情熱的〜

四片霞彩

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青龍さまの身代わり伴侶

【7】

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 大学病院に転院した直後、一回だけ母親の容態が著しく悪化したことがあった。その連絡を受けたのは、夕食を終えた海音が床に入ろうとしていた時。父親に連れられて慌てて駆け付けると、集中治療室の前で「今夜が峠かもしれない」と医師から告げられて、絶望した父親が泣き崩れたのを見た。
 力なくベンチに座って経過を待つ父親と一緒にいるのが辛く、だからといって夜半なので他に誰もいなければ、どこにも行き場が無かった海音は病院を抜け出して、当てもなく走り出したのだった。

(それでもし叶うのなら、あの時、助けてくれた男の子にもう一度会わせてください。私が看護師になってからでも良いんです。あの時のお礼を言って、今度は友人としてその子が困っているのなら力になりたいです。あの日、私を助けてくれたように、今度は私がその子を助けたいです……)
 
 母親との別れを恐れて逃げている途中で自分と同い年くらいの男の子と出会って事情を話すと、男の子に手を引かれるまま二人でどこかの神社に行った。そこで神社での神頼みを提案されたのだった。
 神様にお願いをして、しばらく男の子と何かを少し話した後、男の子を探していたという家族の人の車に乗せてもらって、病院へと送り届けてもらった。
 病院の入り口には海音がいなくなったことに気付いた父親が、紙のように顔面を蒼白にして立っていた。そうして男の子に礼も言えないまま、有無を言わさず院内へと連れて行かれたのだった。
 その男の子の名前を聞いておらず、また顔形や話した内容も覚えていないが、その子が神頼みを提案してくれたおかげで母親は峠を越えて、一年間も生きてくれた。男の子にはもう会えないだろうが、せめて大学生活が始まる前に神様には礼をしたい。
 そう一念発起すると、大学病院周辺の地図とその時の記憶を頼りに近隣の神社を探し回り、ようやくこの神社を見つけたのだった。
 最後に海音の願いを聞き届けてくれた礼を込めて深く頭を下げると、来た道を戻ろうとする。その途中、拝殿の影から顔を覗かせる甚平姿の男の子と目が合ったのだった。

(この神社の子かな……)

 幼さをまだ残す小学生くらいの男の子は海音に向かってにっこりと笑みを浮かべたが、その笑顔にどこかで会ったような懐かしさを覚えて目が離せなくなる。口角を上げた拍子に動く右目下の泣き黒子と頬に出来る小さなえくぼが愛らしい男の子を驚かせないように、海音はそっと話しかける。

「ねぇ、君はこの神社の子……? どこかで会ったことって……」

 海音が声を掛けると、男の子は拝殿の影の中に引っ込んでしまう。恥ずかしがっていなくなったのかと思えば、またすぐに顔を出して海音をじっと見つめる。その様子はまるで海音を誘っているようでもあった。

(この先に何かあるのかな……)

 まだ時間もあるからこの先に行ってみようかと、海音は男の子の後を追いかける。数歩先を歩く男の子の背に向かって、「君はここに住んでいるの?」や「この先に何があるの?」と聞いても何も答えてくれなかった。
 男の子は一言も話さなかったが、時折足を止めては海音がついて来ているか確認するので、やはりどうしても海音に見せたい何かがこの先にあるらしい。
 やがて根元に古びた石碑が建つ大きな大木の前までやって来ると、立ち止まった男の子は石碑を呼び差して海音を振り向く。石碑を読むように伝えようとしているのだろう。男の子に促されるまま、海音は石碑の前で中腰になる。

「これ、何って書いてあるんだろう……」

 長い間、風雨に曝されたのか石碑の文字は掠れて全く読めなかった。どうにか読める文字だけ拾って、海音は読み上げる。

「えっと……『七龍が一柱……水を司るは……青龍……也……』。ねぇ、これってどういうこと……?」

 聞いたつもりが、後ろにいたはずの男の子はどこにもいなかった。それどころか先程まで雲一つ無かった晴天の春空には大きな暗雲が立ち込め、どこからか生温い風が吹き始めたのだった。

「ねぇ、どこに行ったの?」

 暗くなってきた辺りを見渡しながら、海音は男の子の姿を探す。木々が騒めき出して、海音をますます不安な気持ちにさせる。雨が降る以上に、嫌な予感がする。かき乱れた心をどうにか落ち着かせようと大きく息を吸うが、寒気がしただけであった。家を出る時に見た天気予報が晴れだったのをいいことに、上着を着ないで来たから身体を冷やしてしまったのかもしれない。
 男の子を探すのを諦めて一雨来る前に歩き出した海音だったが、突如として背を向けた石碑から白い光が溢れたかと思うと、周囲に白い霞が生じる。

(な、なに……っ!?)

 瞬時に石碑周りが霞に覆われると、濃い霞で先が見えなくなる。一霞を掻き分けるようにして、どうにか元の道に戻ったつもりでいた海音だったが、霞が晴れた時に立っていたのは、馬の嘶きと共に絶えず馬車が行き交うどこかの煉瓦街であった。
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