【第一部・完結】七龍国物語〜冷涼な青龍さまも嫁御寮には甘く情熱的〜

四片霞彩

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青龍さまの身代わり伴侶

【11】

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 ◆◆◆

 次に目を開けると、雨はすっかり晴れていた。春の柔らかな陽気が澄んだ碧空から室内に射し込んで、海音が横になっていた布団を優しく照らしていたのだった。

(あれっ……?)

 寝ぼけ眼を擦ってゆっくりと起き上がると、いつの間に運ばれたのかお日様の匂いがするふかふかの布団に寝かされていた。昨晩目を瞑った時は窓辺にいたはず。そこから先の記憶が無いので、窓辺に寄りかかったまま、眠ってしまったのだろう。身代わりがバレて、和華になりすました罪で自分の命が脅かされているというのに、緊張感の欠片も無い。
 風邪を引かないように気を遣ってくれたのか、足元には布に包まれた湯たんぽまで入っている。海音が眠った後、蛍流が持ってきてくれたのだろうか。挫いた足首には見覚えのない白い布が巻かれていた。

「あっ、首の怪我……」

 慌てて首に触れれば、足首と同じように包帯らしき白い布で覆われていた。やはり海音が寝た後に蛍流が部屋を訪れて手当てをして、布団まで運んでくれたに違いない。昨晩は怒りと落胆を堪えるような様子だったのに、いったいどうして――。

(部屋から出ても良いよね……?)

 監禁されているわけでは無いので部屋から出ても良いだろうが、なんとなく蛍流と会うのが気まずい。騙していた上に風呂や食事、傷の手当てまでさせてしまったからだろう。蛍流の手を煩わせてしまったという罪悪感に苛まれるが、このままここでじっとしている訳にもいかない。布団から起き上がって着替えようと、薄青色の着物を探すが昨晩置いた場所に見当たらなかった。荷物入れと思しき行李を開けても中身は空っぽ。首に当てていた泥だらけの手巾も無いので、着物と一緒に蛍流がどこかに持って行ったのだろうか。
 替えの着物が入っていた荷物を持ち逃げされた以上、今の海音にとってあの着物が一張羅だ。多少の泥汚れは気にしないので、どうかして取り返したい。これからどうなるか分からない以上、今後も使えそうなものはなるべく手元に残しておいた方が良いだろう。
 あの着物だって、汚れた部分さえ洗って目立たなくするか、汚れだけ切り取りさえすれば、売って生活の足しにすることもできる。金になる可能性がある以上、せめて捨てられることだけは避けたい。
 替えの着物が他に無かった以上、海音は寝巻として借りている蛍流の着物の衿を正して――今度こそ左右の合わせを間違えていないか再度確認すると、手櫛で髪を整えながら、部屋を後にしたのだった。

 昨晩は夜半だったこともあり、隅々まで観察できなかったが、蛍流の屋敷の内部は思っていたよりもあまり部屋数が多くなかった。青龍とその伴侶、そしてその子供たち、あとは使用人が一人か二人くらい住めればいいという前提で建てられたのか、最低限度の部屋しか無かった。家具もあまり多くないので、どこかこざっぱりした雰囲気さえある。この辺りは家主である蛍流のセンスだろうか。ここの世界に来てからお世話になっていた灰簾家は、いかにも贅沢の限りを尽くした資産家の家といった佇まいの大きな屋敷で、和と洋の様式を組み合わせや豪奢な家具や調度品の数々が印象的だった。
 蛍流が言っていた通り、海音と蛍流の他に住んでいる者はいないらしい。春光と静寂に包まれた屋敷の中をぺたぺたと裸足で歩いていると、庭から微かに蛍流の声が聞こえてくる。

「……どうしても認めないというのか。をおれの伴侶に……青龍の伴侶に迎え入れたいと頼んでも……」

 こんな時間帯に来訪者がいるのは意外だが、国を守る七龍の蛍流にとってはよくあることなのかもしれない。何か深刻そうな話をしているようなので、様子だけ伺ったら部屋に引き返そうか。そんなことを考えながら、蛍流の声を頼りに海音は庭に通じる硝子戸を探していた時だった。

「ここに来て日も浅い。まだ間に合うだろう。どうか彼女を傍に置かせて欲しい。……無論、今のままでは添い遂げられないことを理解している。それでも知ってしまった以上、このままにしてはおけない。彼女のためなら、おれは如何なる代償も罰さえもこの身に受けよう……」

 滝壺に流れ落ちる碧水のような蛍流の声が訴える、青龍の伴侶――和華に捧げる羨ましいくらいの純愛。冷涼な蛍流が愛する伴侶に向けて、朗々と語る真っ直ぐな想いはどこまでも清く眩しいが、澄んだ声が和歌への熱情を述懐した分だけ、身代わりの海音を責めているようでもある。
 お前は呼んでいない、不要だと言われているようにも聞こえてしまい、自分の内側にぽっかりと穴が空いているのを感じて足を止めてしまう。

(身代わりがバレた以上、分かっていたじゃない。蛍流さんにとって私はお呼びじゃないって。所詮は和華ちゃんの身代わりで、この世界の人間ですらないもの。今度こそ本当の伴侶である和華ちゃんを連れて来て欲しいと頼むのは当然のこと)

 身体の内側が重くなって、息苦しささえ感じられる。硝子戸に反射する自分の姿に目を向ければ、今にも泣きそうな顔をしていた。

(ここでの私はひとりぼっち。この世界に紛れ込んで、この世界の人の振りをしているだけの、ただのまがい物。本当なら行き倒れていたり、乱暴な目に遭っていたり、不審者として逮捕されていてもおかしくないところを、灰簾家の皆さんや蛍流さんの温情で生かされているだけの存在なんだから……)
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