【第一部・完結】七龍国物語〜冷涼な青龍さまも嫁御寮には甘く情熱的〜

四片霞彩

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重なる手、触れ合う唇、そして……

【39】

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 海音が予想していた通り、首の怪我は数日で塞がった。足の怪我も二、三日で痛みが治まり、薄っすらと青あざが残っているだけである。
 ここ最近は雨も降らず、日に日に春らしい温かな陽気が二藍山の山頂にも射し込むようになった。屋敷の裏手に咲く山桜の蕾も膨らんできており、開花が待ち遠しい。
 蛍流との暮らしにも慣れてきた海音は、使用人らしく屋敷のことにも携わるようになった。未だに怪我を心配する蛍流と分担する形ではあるが、この世界で出来ることが増えてきて、日々達成感を得るようになったのだった。
 この日も蛍流に頼まれて、屋敷の裏側にある畑で夕餉に使う青菜の収穫をしていた。屋敷裏の広大な畑と以前清水と初めて会った時に通った畑は、どちらも蛍流が世話をしているそうで、元は師匠から受け継いだものだと教えてくれたのだった。
 やはり七日に一度来る雲嵐が運んでくれる食糧だけではどうしても賄いきれず、その雲嵐も大雨や大雪などの悪天候の日は基本的に来てくれないので、どうしても自給自足の生活を送らざるを得ないという。そこで蛍流の師匠が始めたというのが、空いていた土地を利用した野菜作りだったらしい。
 屋敷前の畑は秋に収穫して冬の間は休耕中にしていためこれから播種をすると、雲嵐からいくつか種を受け取った蛍流が話してくれたのだった。

(これくらいでいいかな……?)

 一昨日、蛍流に畑まで案内されながら一度収穫しているので、一回に収穫する量と収穫に適した青菜の見極め方は教わっている。元の世界と違って、電話やスマートフォンで簡単に食料の配達を依頼出来ない分、畑の野菜を無駄にするわけにはいかない。
 特にここは雨季が多く、日照時間が短い土地ということもあって、一度収穫してから成長するまで時間が掛かってしまう。その間に食べるものが底をついて、飢えてしまうことだって考えられる。
 竹笊に収穫した青菜を入れて畑から炊事場に戻った海音だったが、先程まで夕餉の下準備をしていたはずの蛍流の姿が見当たらない。下準備を終えて部屋に戻ったのかと思いながら、炊事場の卓の上に竹笊を置きに行くと、その近くにメモ書きを見つける。

『青の地の降水量の増加について、急遽政府の役人たちが来た。奥座敷で話し合いに入る』

 蛍流と生活を共にする中で気付いたのは、蛍流がメモ魔だというところだろうか。数日前に蛍流の部屋でメモ書きを見つけた時もそうだったが、蛍流はこまめにメモを取る癖がある。真面目な蛍流らしいが、些細なことでもメモを取るようで、筆や墨、そして紙の消費がかなり早い。そのため、この三つは毎回必ず雲嵐に届けてもらっているそうで、屋敷内の物置部屋にはかなりのストックがある。
 また蛍流によると、大雨や大雪で外に出られない時期は、一日中書道や書画をして暇を潰すそうで、物置部屋のストック分を使い切ってしまうことも珍しくないという。

(相変わらず、綺麗で読みやすい文字。一文字ごとに、とめ、はね、はらいまでしっかりしている。文字のバランスも整っていて、練習帳のお手本みたい……羨ましい……)

 流麗な蛍流の文字を見ながら、海音はつい自分の文字と比べてしまう。
 海音が抱える最大のコンプレックスは自筆の汚さだろう。勉学や家事も人並みに努力したし、苦手な科目や運動も克服してきたが、唯一悪筆だけは直らなかった。海音としては普通に書いたつもりでも、父親や友人からは「読めない」と言われて、試験では「解読不能」として減点までされる始末。
 そんな海音にとって小学校の習字の授業は苦痛でしかなく、高校の書道でさえ、どうにか単位を取得したくらいであった。
 悪筆を隠すべく、元の世界にはパソコンで作成するという方法があるが、ここではそうはいかない。これからこの世界で生きていく以上、人並みに読める文字を書けるようになる必要がある。蛍流のアドバイスのおかげもあって、読むのは難なくこなせるようになってきたが、元来の筆跡の汚さもあって、書くのはまだまだ不得手であった。

(他にやることも無いし、部屋に戻って書道の練習をするのもいいかも)

 掃除や洗濯もすでに終わって、後は乾いた洗濯物を取り込むのと夕餉の用意をするくらい。洗濯物は干したばかりなので、乾燥までまだ時間が掛かるだろう。夕餉の用意をするにもまだ早く、完全に手持ち無沙汰になってしまった。
 本当だったら、これから蛍流とお茶を飲んで一休みするところだったが、来客なら仕方がない。一人で休むのも気が引けるので、呼ばれるまで部屋で書き取りの練習でもしようか。
 物置部屋にある紙や墨なども、好きに使って良いと言われている。いつの日か、海音の汚い文字を蛍流に読まれる日が来るかもしれないと思うと、今から恥ずかしくてしょうがない。この機会にこっそり練習しよう。
 せっかくなので、炊事場の卓にあったメモを手本としてもらうと、海音は自室に戻ったのだった。
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