当て馬的恋愛の勧め

さねうずる

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愛する女をかけた一世一代の決闘の場

戦いに勝った自分には目もくれず、今しがた自分が倒した男に駆け寄り涙を流す自分の愛する女の姿。

オキロスの目の前の光景を呆然と眺めながらこう思った。

これが世に言う『当て馬』か……と。






次の日……オキロスは寝不足でぼんやりした頭のまま宮殿の庭を歩いていた。

今日の宮殿は昨日の決闘の話でもちきりだ。
ぼんやりと生気のないオキロスの姿を見て、皆は口々にこう言う。

「試合に勝って勝負に負けた男」
「腕力にものを言わせた横恋慕男」
「身の程知らずの不細工」


……どうでもいい。
もうどうでもいい。誰が何を言おうと少しも心に響かない。
もう自分の心は彼女によって地面に叩きつけられ、踏み躙られ、肥溜めに捨てられた。
つまり死んだのだ。


そんな屍のような状態のオキロスに後ろから声をかける人物が一人。
虚な目で振り向くと、そこにいたのは…… 

シエラ•クリオス

国内で三指に入ると名高い美女。
魔術塔の氷女帝。
誰にも媚びず、笑わず、完璧な形の唇から吐かれる毒のような言葉の数々はブリザードのように人々を凍らせる。

美しいアイスブルーの瞳には、今にも死にそうな自分の顔が映っていた。

「何か御用ですか。。。」

全く覇気のない声でオキロスは問うた。
いつものオキロスならこんな美女に声を掛けられたら舞い上がっていたかもしれない。
でも心の死んだ今……例え相手が国王だったとしても何も感じないだろう。


「昨日、パーガナス伯爵家のクリスティナ嬢をめぐって決闘したと聞いたが。」

「はぁ、それが何か?」

オキロスはイラッとして答えた。
まさか直接聞いてくる人間がいるとは。
朝から皆、腫れ物のようにオキロスを遠目に眺めるだけで声を掛けてきたりはしない。
それが普通で正しい反応だ。
氷女帝め。噂の毒で俺を刺すつもりなのか……。

「勝ったのか?」

シエラは人をイラつかせる天才だ。
死んだと思った心がムクムクと怒りゲージを貯めていく。

「はぁ、勝ちましたけど?試合には。」

『試合には。』と言う箇所だけ嫌味を込めて強調したが残念ながらシエラには伝わらない。

「では、クリスティナ嬢はオキロスと結婚するのか?」

「はっ、泣きながらネーフィスを抱きしめる彼女を見て俺と結婚すると思う奴はいないでしょうね!」

決闘には刃を潰した剣を用いたからネーフィスは死んでないし、多少痛かっただろうが泣いて駆け寄る必要もないのですけどね!


「……ということは、クリスティナ嬢はネーフィスと結婚するだろうから、オキロスは想う相手も結婚相手もいないということだな。」

こんの女ーーー!!はっきりくっきり言いやがって!


「だったら何ですか?俺がこれからも独身だったとしてクリオス様に迷惑でもかかりますか?」

シエラ•クリオスは侯爵令嬢で、地方の貧乏男爵家の三男であるオキロスがこんな口を聞けば不敬にもとられかねない。
が!!あまりにも配慮の欠いたシエラの発言に怒りゲージが振り切る寸前なのだ。


「いや、迷惑どころか寧ろ好都合だ。
オキロスさえよければ私と結婚してほしい。」

「………………は?」

オキロスの怒りゲージが急激に凍結されていく。
言われた意味が分からなすぎて。

「そろそろ結婚を、と周りにもせっつかれていてな。
私は昔からオキロスを好いていただろう?いろいろアプローチしてるのに一向に声を掛けてくれないので私の方から来たのだ。」

いや、『好いていただろう』なんてみんなが知ってる共通認識みたいに言われても初耳だし、アプローチされた覚えもない。
というか言葉を交わすのもこれが初めてだ。

シエラは何を言ってるのか。頭でも打ったか?

「いや……何をおっしゃっているのか俺にはさっぱり……。」

「む?いつもあの窓からオキロスのことを見つめていたというのに、まさか気付いてなかったのか?」

あの窓とシエラが指差したのは豆粒に見えるほど遠い場所にある窓だ。
角度的にはちょうど騎士訓練場の正面に位置してはいるが、なに分距離がある。
あんなところから見られていて気付けという方が無理である。

「いや、さすがにあの距離は……。」

「他にもある!訓練が終わった後何度か差し入れをした。遣いの者に持たせたものを貰ったであろう。」


…………それは身に覚えがある。

騎士という職業は女性から人気が高い。
訓練終わりに意中の騎士に差し入れをするお嬢様方は後を立たないが、差し入れを貰えるのは顔の整った者か身分の高い貴族の者が大半だ。

オキロスは17から騎士をしているが、差し入れを貰ったのは今から5年前……23のときが初めてである。

かなり嬉しくて、大事に抱えて部屋に戻った。
包み紙を丁寧に剥がし、部屋でそっと箱を開けたら……消し炭が入っていた。

黒い丸焦げの何かだったものだ。
正体は分からない。
それ以来、オキロスが差し入れに胸躍らされることはない。
定期的に届けられるそれは全て消し炭だったからだ。

「……嫌がらせかと思ってました。」

「なっ!?私がオキロスを想いながら心を込めて焼いたクッキーだぞ!?
嫌がらせとは心外だ。」

あれクッキーだったんだ。長年の謎がまさかこんなタイミングで解けるとは。

そう言えば、クリスティナ嬢から差し入れを貰ったことはなかったな。
余計なことまで思い出してしまった。


「シエラ様の想いは分かりました。ですが、なぜ俺なんです?今まで碌に話したこともないでしょう。」


「顔だ。顔が好きだ。ド直球に好みど真ん中だ。」

清々しいほどの自信に満ち溢れた顔でシエラはそう言い切った。
言っていることはアホなのに、顔は信じられないほど可愛らしいことに何故か悔しさを感じる。

「いや、あり得ないでしょう。お世辞にも俺は人から褒められる容姿はしていない。
俺の顔を好む女性なんて……」

男も女も可憐な美しさを美徳とするこの国で、男臭さ満点のオキロスの顔は常人受けするとは言い難い。
特に貴族のか弱き乙女たちには尚更だ。
オキロスの顔には隠しようがないほど大きな傷痕が左眼の上から唇の端にかけて残っている。
何とか目を潰さずに済んだが、それでも醜いことには変わらない。

あぁ、そう言えばクリスティナ嬢にも見た目を褒められたことは一度もなかった。
いつも言われていたのはこうだ。

『その優しい心根を好いております。』
『私は見た目ではなく、心を大切にしたいのです。』

よく考えれば失礼な発言だな。
あの時の自分は全く気付いていなかったばかりか、そんな言葉を間に受けて、優しくあろうと……常に清廉であろうと……努力していた。

だが彼女は一方でネーフィスとも心を通わせ、最終的にはどちらを選べないと涙ながらに訴えた。
結果、決闘となったわけだが。


今になって思えば俺は完全に遊ばれていたのだろう。
選べないと言いつつ、決闘の後、彼女は俺に目もくれなかった。
最初から彼女の選択はネーフィス一択だったのだ。
何が『心を大切に』だ。完全に顔で選択してるじゃないか!

複数人の男から想いを寄せられる自分を演出するためのただの小道具。それが俺だ……。

そんなことにも気付かないなんて、いい歳してなんて恥ずかしい奴なんだ。

俯いて言葉の続かない俺の頬を突然、シエラは両手でぐいっと持ち上げる。
アイスブルーの瞳とありえないほど近くで目が合う。この美しい虹彩に目を奪われない者はいないだろう。
オキロスはシエラの瞳から目が離せなかった。

「オキロス!人の美醜感覚というのはみな一定ではない。人それぞれ違っていて当たり前だ。
オキロスの言う『人』というのが誰を指すかは知らないが、私にとってはオキロスの顔が最高峰の美というだけだ。」

「オキロス、よく聞いてほしい。
あなたは生真面目すぎるし融通が効かない。そのせいで友達は少ないし、要領が悪いから出世もできないだろう。さらに言うと女の趣味が悪すぎる。」

さっきまで最高峰の美とか言ってたのに、性格についての評価が辛辣すぎる。
辛い。。。もう泣きたい。。。
なぜ俺ばかりこんな目に。


「それでもその顔で私は全てを許せる。この先喧嘩をしたとしてもその顔のために折れてやろうという気にもなるだろう。結婚したらこの先何十年と同じ顔を毎日見続けることになる。それなら私はお前の顔を見ながら生きていきたい。」

なんたる威風堂々。天命を授かり人々を導く先駆者の如く、その力強い演説はオキロスの胸を強かに打った。

要約すると『顔が好き』で事足りる内容なのだが、オキロスはなぜかいたく感銘を受けた。

「オキロス!私と結婚するな?」

「…………はひ(い)」

頬を潰されているため情けない返事になってしまったが、不思議とオキロスの胸は満たされている。

「よしっ!じゃあ、少しかがめ。オキロスは背が高すぎる。」

身長差があるので頬を掴んで話してる間中、つま先立ちでいたようだ。細く長い脚がぷるぷると震えているがオキロスが注目したのはそこではない。

――――――笑った。
オキロスが了承の返事をした瞬間、誰にも媚びず、誰にも笑わないと有名なシエラが笑ったのである。
アイスブルーの大きな瞳を嬉しそうに細め、幸せそうに頬が染まった。

満たされる。怒りゲージが上り詰めていた心が今度は愛おしさで振り切れた。
ギュンギュン高鳴る胸を押さえて、言われた通りおずおず屈むと、紅く実った果実のように芳しい唇が己の少しカサついた唇にゆっくりと重ねられる。

遠くから悲鳴なようなものが聞こえたが、叫び出したいのはオキロスも同じだ。
オキロスの唇の端に少しかかっている傷痕をペロリと舐めると「チュッ」という可愛いリップ音と共にシエラの唇が離れた。


「これで私のものだな、オキロス。」


そう言ってシエラは再びその可愛らしい顔に笑みを浮かべた。
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