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三
しおりを挟むあれから一年……
シエラにいつ飽きられるかとビクビクしていたが、そんな心配は無用だった。シエラは未だにオキロスの顔が大好きで暇さえあれば顔ばかり眺めている。オキロスもシエラの顔や性格、全てにどっぷり惚れ込んでいた。
これからオキロスはシエラを自分の家族に紹介するつもりだ。
先日、シエラの実家へ挨拶に行った。
侯爵様がオキロスなんかとの結婚を許してくれるのか……緊張で滝のように汗を流すオキロスを侯爵はこれでもかと抱きしめ、何度もお礼を言ってきた。
正直拍子抜けである。
「いや~、シエラがまさか結婚相手を見つけてくるとは!!絶対無理だと思っていたがな!アッハッハッ」
豪快に笑う侯爵は、シエラと全く似ていない。
家族全員美の化身のようだったらどうしようかと思っていたが、侯爵も夫人も兄上方5人もみな茶髪に茶色い眼の親しみやすい顔でホッとした。
「こんな性格の悪いシエラが結婚できるとはなー」
「婿殿はよっぽどの被虐体質か。」
「え?シエラと似てないって?あはは。きっと神が性格を悪くしすぎたと反省して顔だけでもと直してくださったのだろう。」
「確かに。シエラから顔とったらなんにも残らないからなー」
「こらこら。可愛い妹をそんなボロカス言うものではありませんよ。」
「あははー」と陽気に笑う侯爵一家の面々にオキロスは苦笑いで返すしかない。
「父上も兄上たちも間違っている。私は神がこの家に授けたプレゼントと言っても過言ではないだぞ?
平凡を地で行くクリオス家を憐れに思い、私のような美しい宝を授けてくださったのだ。
兄上たちは毎日神へ感謝の祈りを捧げるべきだ。」
……なるほど。似てないと思ったが認識を改めざるを得ない。物言いが家族全員そっくりだ。
歯に絹着せぬシエラの性格はクリオス家で培われたものだったか。
なかなかに濃ゆいクリオス家への挨拶も終わり、次は我が家へとなったわけだが。。。
…………心配だ。
田舎の貧乏貴族である我が家でシエラのもてなしが果たしてできるのか。
訪問に先立ち、家族には手紙を出しておいた。
結婚の挨拶に行くこと。
相手は侯爵家の御令嬢で見目が麗しいこと。
想像してる125倍は美しいと思え。と追記しておいたが、のほほんとしたウチの家族がどこまで本気にするか……。
馬車から見える景色が畑や山ばかりになったころ、漸く実家の屋敷が見えた。
実家に帰るのは何年振りか。
懐かしさに知らずと笑みが溢れる。
「ただいま帰りました。」
ドアを叩いても誰も出てこない……。
まさかと思い、屋敷の裏手にある畑へと足を運ぶ。
くそっ!今日帰ると言っておいたのに!
まさかの家族総出で種の植え付けをしていた。
嫁にいった姉までいるではないか。
こちらに気付いた父はのほほんと手を振りながらゆっくりと近づいて来る。
皆一様に土で汚れた農作業用のズボンとシャツ、麦わら帽にほっかむりまでしている。
「ごめんごめん。結構早く着いたんだな。
長旅で疲れただろう?みんなでお茶にし…よう……か!?」
俺の体で隠れて見えていなかったのだろう。シエラの姿を見とめると、顎が外れるほど口をあんぐり開けて、手から鍬が転がり落ちた。
危ない。
応接室で家族の身支度を待つ。
「うちの家族がすまない。田舎だから少しのんびりしてるところがあって。」
「気にするな。みんなオキロスとそっくりなんだな。
好みの顔がたくさんあって胸がときめくぞ。
まぁ、もちろんオキロスの顔が至高だが。」
「シエラ……」
シエラのこぶりな顎を掬い上げ、甘い唇を味わう。
唇を離し、おでこをコツンと合わせる。
「オキロス……早く続きがしたいな。」
「俺も早くシエラを俺のものにしたい。」
「ふふっ、私は今すぐでもいいのだぞ?」
「む……、俺の理性を試さないでくれ。結婚するまではダメだ。大切にしたいんだ。」
「私はオキロスの顔が好きなわけだが、最近はその生真面目な性格も愛おしい。オキロスの全てが私を魅了する。」
「……シエラ。」
「そろそろ入ってもいいか……?」
遠慮がちに扉の隙間から顔を覗かせる父上を見て、急いでシエラから体を離した。
親に見られるのが一番恥ずかしい。
「「「…………。」」」
みな身綺麗にして席に着いたはいいものの、シエラの顔を凝視したまま一言も話さない。
当の彼女は俺が淹れたお茶を優雅に飲んでいる。
市場で安く手に入れた量産型の茶器が彼女の手に収まればまるで高価なアンティークのようだ。
「あの……」
「はい。なんでしょう」
父上がおずおずと声を上げる。
「なぜ、うちのオキロスなのでしょうか?
いや、卑下するわけではないのですがどうにも不思議で……。」
他の家族も「うんうん」と首を縦に振った。
十分卑下してるじゃないか、失礼な。
「そうですね……。一番はやはり顔ですね。
最初は御子息の尊顔に惹かれました。今は生真面目で勤勉なところも全部愛しています。」
「……顔。」「……顔?」「……顔か。」
「失礼ですが視力は……?」
「おいっ、兄上!本当に失礼だな!兄上も姉上も似たような顔じゃないかっ!」
「んまっ!失礼ね!あんたよりあたしのがましよ!」
「化粧で誤魔化してるだけだろ(ボソッ)」
「キーー!!本当に可愛げのない弟達だこと!」
「やめないかっ!お客様の前でみっともない!!」
父の喝によって兄姉たちは閉口した。
姉上に至っては下顎を突き出し、剥れ顔のままだったが。
「申し訳ございません、クリオス様。母親を早くに亡くしたもので教育が行き届いておらず。。」
「そんな他人行儀な呼び方なさらないでシエラとお呼び下さい。お父様」
「……お父様」
父がお父様の破壊力に浸っているとき、兄姉達は別の話に移っていた。
「ところで姉上はなぜここにいるのです?義兄上は?」
「……言いたくない。」
「でたよ。突然帰ってきたくせに訳も話さねえんだ。」
兄上がやれやれとため息を吐くと、シエラが突然立ち上がった。
「お姉様、よければ私にも訳をお聞かせください。
何か力になることができるかもしれません。
家族になるんですもの。協力しあいましょう。」
「…………………………………あいつ浮気してる。」
長い長ーーい沈黙の後、姉上はボソリとそう呟いた。
「……いや、ないだろ。」
「ないですね。」
兄上とオキロスが呆れた顔をすると、姉上は顔を赤くし、眉を吊り上げた。
「なんでそんなこと分かんのよ!
最近帰りが遅いし、コソコソと街に降りてるのよ!
女と店の中で近しい距離にいたって話も聞いたわ!」
絶対に姉上の勘違いだ。
義兄上は大して可愛くもない姉上にぞっこんで、1年間毎日姉上に求愛し続けた猛者である。
先月、子を身籠ったと判明したばかりなのに浮気なんぞするわけがない。
「確かお姉様の旦那様はダズリン子爵家のハリー様でしたよね?」
「えっ?なぜそれを……」
「オキロスに聞きました。」
いえ、言ってません。本当になぜ知っているのか。
「ハリー様は手先が器用だそうで?」
「……そうよ。家具でもなんでも自分で作ってしまうの。子ができたらとっておきの揺籠で寝かせたいってほんと凄いの作っちゃって。それなのに……」
シクシクと泣く姉上の肩にシエラは優しく手を回す。
「ハリー様は子ができるのをそれはそれは楽しみにしていたとオキロスが言っていました。あととんでもない凝り性だとも。
揺籠には敷物が必要です。
凝り性が極まってそちらも自作したくなったなんてことはありませんか?」
いや、言ってない。なんなら義兄上が凝り性なんて情報は今初めて知った。
「……確かに、縫い物を教えて欲しいって前言われたわ。でも、私そういうのとんとダメで断ったのよ。
…………ハッ!まさか、習いに行ってるとか?」
いやいや、まさかそんなピンポイントであり得ないだろ。
男連中はそう思ったが、姉上は違った様だ。
「確かめに行くわ!」
「お供します。
父が我が家で一番大きな馬車を貸してくれたので、今日はそれで来たんです。
ご懐妊中のお姉様も安心して乗っていただけるはずですよ。」
そう言って女性二人はとっとと馬車に乗り、義兄上の目撃情報があった町へと向かった。
残されたのは訳も分からぬ男3人。
「…………飯でも作って待っとくか。」
「……そうしよう。」
「……ですね。」
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