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四
しおりを挟む2時間後、帰ってきたのはシエラ一人だ。
「姉上はどうした?」
「旦那様と仲直りして家に戻られましたよ。」
「えっ?じゃあ、本当に手習いのために街に通ってただけなのか?」
「ええ、店で見たというのは手芸屋ですね。希望者には手習いも教えているそうで。」
「シエラ様は凄いな。なんて勘のいいお方だ。」
「お兄様、たまたまですわ。
あっ、お父様。街に行ったので、デイジーの花を買って参りました。オキロスからお母様が好きなお花だと教えてもらったんですが、報告も兼ねて墓前に供えさせていただいても?」
うん。だから言ってないよ?
「……っ、あぁ、もちろんだ。妻も喜ぶよ。
こんなできた嫁がオキロスに嫁いでくれるなんて……うぅっ、もういつ死んでも悔いはない。」
今度は男泣きする父の肩を抱き、「お父様、長生きしてくださいな」なんて言うものだから、さらに過激に泣き出した。
「なんで義兄上のこととか母上の好きな花のこととか知っていたんだ?」
帰りの馬車に乗った後、オキロスは聞きたくても聞けなかった疑問をやっとぶつけることができた。
「オキロスの家族に会うんだからリサーチするのは当たり前だろう。」
口調をすっかりいつも通りに戻したシエラは、オキロスの肩にもたれながら事もなげに言う。
「わざわざ調べたのか?」
「当たり前だ。オキロスの家族に好かれたいからな。私はあまり人に好かれるたちではないらしいから頑張ったんだ。褒めてくれ。」
あぁ、くそっ!可愛い。
婚姻前に契りを結ぶなど許されることではないと分かっているが、この高まった激情をどこで発散すればいいのか!!
「……俺の家族は見て分かるように俺にそっくりなんだ。だから素のシエラでも気に入られるよ。
間違いない。」
「ふふっ、そうか。そうだと嬉しい。
でも頑張ったことには変わりないからな。ご褒美をくれ。そうだな……ギュッてしてほしい。」
くぅーー!やめてくれーー!これ以上俺をギュンギュンさせないでくれーー!歯止めが効かなくなる。
「……今か?」 「今。」
「……絶対?」 「絶対。」
おずおずと横にいるシエラに手を伸ばし胸に抱き寄せる。
「オキロス。」 「……なんだ?」
「どうしてそんなに腰を引いている?オキロスの背中に腕が届かない。」
「……諸事情だ。それ以上は聞かないでくれ。」
シエラは体を離すとオキロスの下の方に視線を移し、にやりと笑った。
「オキロス……」 「な、なんだ?」
「契りを交わす前段階というものを知ってるか?」
「前段階……?」
「せっかくだし実践してみよう」
シエラはそう言うと、徐ろにオキロスの下穿きを寛げ、顔を近づけたかと思うと…………
「あっ、あーーー♡」
馬車の中で何が起きたかは本人たちのみぞ知る。。。
あれから5年――――――
今年入団したばかりの新人騎士がいた。
配属先……隊長の名はオキロス。
訓練が終わり更衣室に帰る道中、彼は先輩騎士に声をかけた。
「先輩、なんかうちの隊だけ他より緩くないですか?いや、訓練はどこよりも厳しいんですけど魔獣討伐とかで遠征しないんですか?」
「しないな。お前出世したいなら転属願いを出したほうがいいぞ。うちの隊で手柄をたてるのは至難だからな。」
「……なんでですか?」
「魔獣討伐の遠征は別に依頼があって動いてるわけじゃない。まぁ、稀に討伐依頼があって行くこともあるけどな。でも大抵は手柄をたてたい隊の奴らが自ら魔獣の巣窟に突っ込んでいくだけだ。
そこで珍しい魔獣を倒してレアな素材でも持ち帰れば晴れて出世に繋がるというわけだ。」
「……じゃあ、うちの隊もそれやればいいじゃないですか。なんでやらないんですか?」
「全団が遠征に出ちまったら中央の守りが手薄になるだろうが。だからうちの隊はここにずっといるんだ。それに何より隊長が出世する気0だ。
下についてる俺たちもな。」
「なんでですか!?男なら上を目指すべきでしょう」
「ったく。これだからガキは。
いいか?この隊の奴らほとんどが妻帯者だ。守るべき妻と子を置いて魔獣の巣穴に突っ込めってのか?
俺は出世しなくてもいいからできるだけ長生きしたい。魔獣の血肉より可愛い娘の成長が見たい。
それにオキロス隊長も結婚する前、嫁さんに『出世できないだろう』って言われたらしくてな。嫁さんに認知されてるなら無理に出世することはないって思ったんだとよ。」
「…………そんなぁ。」
「お前、さっきうちの隊が他所より訓練が厳しいって言ったな。うちの隊の訓練が厳しく感じるのは連携戦術の訓練が多いからだ。
一人一人が好き勝手攻撃するよりも連携技決めるほうが遥かに難しい。だが、集団で統率の取れた動きができれば生き残る可能性が格段に上がる。
お前、うちの隊のここ3年の死亡者数知ってるか?」
「…………知りません。」
「ゼロだよ。ゼロ。今の隊長になってから誰も死んでねえ。これってすげえことだぜ?」
「そうかもですけど、なんか思ってたのと違うっていうか……。市中の見回りばっかだし。」
「お前はアホだなー。外に魔獣討伐行く奴より市中でお嬢さん助ける奴のがモテんだよ。現にこの隊は家庭を大切にする奴が多いって巷でも噂になってるから凄えモテるぞ。」
でもやっぱり魔獣をバッタバッタ倒す方がかっこいいと思う。
先輩の話を聞きながらもシャワーを浴び、服を着替え帰り支度をする。
この隊は基本定時で家に帰れるのだ。
「何の話をしているんだ?」
時間差でシャワー室から出てきたのはオキロス隊長だ。
何度見ても顔が怖い。前髪をかき上げている今、顔の怖さが1.5割増しだ。
「こいつが男なら上を目指すべきーとか言うもんでちょっと説教を。」
先輩めっ。隊長の前でバラさなくてもいいのに。
「ははっ、そうか。君は上を目指したいのか。ならばうちの隊では少し物足りないだろうな。
だが、基礎を身に付けるにはいい場所だ。
ある程度育ったら転属願いを出すといい。」
顔の割に話の分かる上司だ。
話し方も柔和で優しい。
3人でいろいろ話してる間に隊長の身支度も整う。
タイミングが合ったので3人で訓練場を出た。
「オキロスーー!」
誰かが隊長の名前を呼んでこちらに向かって走ってくる。
遠目からでも分かる。かなりの美人だ。
珍しいシルバーブロンドの髪が夕陽に照らされキラキラ光っている。
「シエラ、走るんじゃない。転ぶぞ。」
その女性は走る勢いそのままに隊長に抱きつくと、流れるようにキスを落とした。
「会いたかった。」
「俺もだ。体調に変わりないか?俺が迎えにいくと言ってるのに。」
「私の方が早く終わるのだから、こうするのが効率的だ。
おや?初めて見る顔だな。誰だ?」
突然現れてイチャイチャし始めたと思ったら、新人騎士の存在にやっと気付いたらしい。
女性が目の前までやってくる。何でも見透かしてしまいそうなアイスブルーの瞳に見つめられてつい動けなくなった。
やばい。美しすぎる。そんなに見つめられたら僕は……僕はー……!!
隊長と美しい人が去ったあと、新人騎士は決意した。
「僕……隊長みたいに綺麗な奥さんもらって一生幸せに暮らしたいです!」
この三年後、
出世意欲ゼロのこの隊は、突然王都を襲った超激レア魔獣の群れを見事討伐し、大出世を果たすのだがそれはまだ誰も知らない。
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