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第1章 卒業後の進路
タフィVSカリン
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「危なかったぁ。おじいちゃんって、ああいうところ厳しいんだよね。それより、なんとしても課題をクリアさせないと。あいつが継いだら、店の味がめちゃくちゃになっちゃうよ」
カリンは串焼き屋の料理に惚れ込んでおり、帰ってきた時は必ず立ち寄っている。
それだけに、この一件を看過するわけにはいかなかった。
その頃、当のタフィはといえば、グラウンドで貰ったばかりの黒バットを使ってフリーバッティングを行っていた。
「どりゃあっ!」
豪快なスイングとともに放たれた打球は、弾丸ライナーでスタンドへと吸い込まれていった。
「いいぞぉ、これぇ。どんな球でも打てそうだな。ボイヤー、次はもっと内角に投げ込んでこい」
「はい」
ボイヤーは小さく左足を上げると、タフィの要求どおりインコース高めへ160キロ近い剛速球を投げ込んだ。
「どぉりゃああっ!」
タフィの雄叫びとともに、快音を残して白球はスタンドへ一直線に運ばれた。
「相変わらずすごいパワーね」
「え? あ、カリン」
「よぉ、久しぶりぃ。元気してた?」
カリンは挨拶がわりにタフィを軽くヘッドロックした。
「元気元気。だから離せよ」
タフィは首に巻きついていた手を強引に振りほどいた。
「確かに元気だわ」
「カリン姉さん、お帰りなさい」
「ボイヤー、ただいまぁ」
カリンはボイヤーをぎゅーっと抱きしめると、体全体でモフモフを感じていた。
「カ、カリン姉さん、くすぐったいよぉ」
「ごめんごめん。それにしてもタフィ、あんた相変わらず極端なオープンスタンスね」
「これが一番しっくりくるんだよ。ボールを正面で見れるし、体が開く癖も抑えられるからな」
「なるほどね。ところでタフィ、あんたトレジャーハンターになるんだって」
「それ、学園長に聞いたの?」
「そう、包丁の件も含めてね。で、うちが指南役を買って出たから」
「は? いやいやいや、勝手に決めんなよ」
タフィは明確に態度で拒否を示したが、カリンは全く意に介さない。
「わかった。じゃあ勝負で決めよう。うちが投げて、もしあんたがヒット性の当たりを打ったら、あんたの意見を聞いてあげる。それでいいね」
「え?」
勝手に勝負する運びとなってしまったが、やはりタフィに拒否権はない。
ちなみに、カリンは学生時代学園の野球チームに所属しており、エースピッチャーとして完全試合や1試合20奪三振といった様々な記録を打ち立てていた。
「勝負は1打席だから。ボイヤー、投球練習するからそこ座って」
カリンはベンチに置いてあったグローブを左手にはめると、マウンドへ上がり、ボイヤー相手に投球練習を始めた。
「いくよぉ」
カリンは左足を高く上げると、ややスリークォーター気味の投球フォームからキレのあるストレートを投げ込んだ。
「ナイスボール」
ボイヤーは球を受けながら、タフィの“負け”を確信していた。
カリンが打ち取れば問答無用に、もしタフィがヒット性の当たりを打ったとしても、不満や文句を聞くだけ聞いて「はい、意見を聞きました」と言って、結局指南役になる。
どちらに転んでも、カリンが指南役になる未来を回避することはできそうにない。
救いがあるとすれば、タフィが「意見を聞いてあげる=自分が拒否すれば、指南役になることを諦めてくれる可能性がある」と信じ、この勝負には“負け”しかない点に気がついていないことだった。
「こんなもんかな。タフィ、うちは準備オッケーだよ」
カリンは変化球も交えつつ10球ほど投げたところで、投球練習を終えた。
「よぉし。絶対打ってやる!」
タフィは気合を入れるように威勢よく素振りをすると、堂々とした足取りで右打席に入る。
(兄やん……)
ミットを構えたボイヤーは、気の毒そうな顔でタフィのことを見た。
打ったところで結果は変わらない。それどころか、余計に不満が溜まることになる。
であれば、打ち取られた方が気分的にはまだマシだろう。
ボイヤーはタフィのことを思いつつ、「カリン姉さん、お願いします。打ち取ってください」と、心の中で声援を送った。
そして、カリンはその声援に応えるような投球を見せる。
初球、様子見の意味でアウトコース低めへ大きく曲がるカーブ。
タフィは思い切り踏み込むと、外へ逃げていく球に食らいついた。
「うぉりゃああっ!」
結果はファースト方向へのファウル。
「あそこまでバットが届くのか……。じゃあ、次はインコース」
その言葉どおり、2球目はインコース低めへ縦に鋭く落ちるフォーク。
並のバッターなら簡単に空振りしてしまいそうな軌道だが、タフィは簡単にバットに当て、今度はサード方向へのファウルになる。
「くそっ、仕留められなかった」
悔しがるタフィに対し、ボイヤーは安堵の表情を浮かべた。
追い込んでしまえば、後は思い切り外へ逃げる球を投げれば空振り三振が獲れる。
だが、カリンは別のことを考えていた。
「本当にバットが届く範囲ならどこでも当ててくるね。……体に向かってくるのも当てられるのかな?」
好奇心に負けたカリンは、ダメだとわかりつつタフィの体目掛けて速球を放った。
「あっ!」
異変に気づき、ボイヤーは思わず声をあげた。
普通ならデッドボール不可避の状況だが、タフィのバットは反応した。
「わっ!?」
払いのけるような感じで打ち返した打球は、ものすごいライナーとなってマウンド上のカリンに襲いかかる。
「きゃっ!」
とっさに出したグローブに球は収まったが、勢いのあまり、カリンはその場に倒れ込んでしまった。
「だ、大丈夫ですか?」
「大丈夫大丈夫。ほら、ちゃんと捕ってるから」
カリンは仰向けになったまま、駆け寄ってきたボイヤーに向かってグローブを見せつけた。
「くそっ!」
タフィは悔しそうに天を仰いだ。
こうして、カリンがタフィの指南役となることが決定したのだが、カリンの顔に笑みはない。
「罰が当たったのかなぁ……」
カリンは空を見つめながら、こういう危険な投球は二度としないと、心に固く誓うのだった。
カリンは串焼き屋の料理に惚れ込んでおり、帰ってきた時は必ず立ち寄っている。
それだけに、この一件を看過するわけにはいかなかった。
その頃、当のタフィはといえば、グラウンドで貰ったばかりの黒バットを使ってフリーバッティングを行っていた。
「どりゃあっ!」
豪快なスイングとともに放たれた打球は、弾丸ライナーでスタンドへと吸い込まれていった。
「いいぞぉ、これぇ。どんな球でも打てそうだな。ボイヤー、次はもっと内角に投げ込んでこい」
「はい」
ボイヤーは小さく左足を上げると、タフィの要求どおりインコース高めへ160キロ近い剛速球を投げ込んだ。
「どぉりゃああっ!」
タフィの雄叫びとともに、快音を残して白球はスタンドへ一直線に運ばれた。
「相変わらずすごいパワーね」
「え? あ、カリン」
「よぉ、久しぶりぃ。元気してた?」
カリンは挨拶がわりにタフィを軽くヘッドロックした。
「元気元気。だから離せよ」
タフィは首に巻きついていた手を強引に振りほどいた。
「確かに元気だわ」
「カリン姉さん、お帰りなさい」
「ボイヤー、ただいまぁ」
カリンはボイヤーをぎゅーっと抱きしめると、体全体でモフモフを感じていた。
「カ、カリン姉さん、くすぐったいよぉ」
「ごめんごめん。それにしてもタフィ、あんた相変わらず極端なオープンスタンスね」
「これが一番しっくりくるんだよ。ボールを正面で見れるし、体が開く癖も抑えられるからな」
「なるほどね。ところでタフィ、あんたトレジャーハンターになるんだって」
「それ、学園長に聞いたの?」
「そう、包丁の件も含めてね。で、うちが指南役を買って出たから」
「は? いやいやいや、勝手に決めんなよ」
タフィは明確に態度で拒否を示したが、カリンは全く意に介さない。
「わかった。じゃあ勝負で決めよう。うちが投げて、もしあんたがヒット性の当たりを打ったら、あんたの意見を聞いてあげる。それでいいね」
「え?」
勝手に勝負する運びとなってしまったが、やはりタフィに拒否権はない。
ちなみに、カリンは学生時代学園の野球チームに所属しており、エースピッチャーとして完全試合や1試合20奪三振といった様々な記録を打ち立てていた。
「勝負は1打席だから。ボイヤー、投球練習するからそこ座って」
カリンはベンチに置いてあったグローブを左手にはめると、マウンドへ上がり、ボイヤー相手に投球練習を始めた。
「いくよぉ」
カリンは左足を高く上げると、ややスリークォーター気味の投球フォームからキレのあるストレートを投げ込んだ。
「ナイスボール」
ボイヤーは球を受けながら、タフィの“負け”を確信していた。
カリンが打ち取れば問答無用に、もしタフィがヒット性の当たりを打ったとしても、不満や文句を聞くだけ聞いて「はい、意見を聞きました」と言って、結局指南役になる。
どちらに転んでも、カリンが指南役になる未来を回避することはできそうにない。
救いがあるとすれば、タフィが「意見を聞いてあげる=自分が拒否すれば、指南役になることを諦めてくれる可能性がある」と信じ、この勝負には“負け”しかない点に気がついていないことだった。
「こんなもんかな。タフィ、うちは準備オッケーだよ」
カリンは変化球も交えつつ10球ほど投げたところで、投球練習を終えた。
「よぉし。絶対打ってやる!」
タフィは気合を入れるように威勢よく素振りをすると、堂々とした足取りで右打席に入る。
(兄やん……)
ミットを構えたボイヤーは、気の毒そうな顔でタフィのことを見た。
打ったところで結果は変わらない。それどころか、余計に不満が溜まることになる。
であれば、打ち取られた方が気分的にはまだマシだろう。
ボイヤーはタフィのことを思いつつ、「カリン姉さん、お願いします。打ち取ってください」と、心の中で声援を送った。
そして、カリンはその声援に応えるような投球を見せる。
初球、様子見の意味でアウトコース低めへ大きく曲がるカーブ。
タフィは思い切り踏み込むと、外へ逃げていく球に食らいついた。
「うぉりゃああっ!」
結果はファースト方向へのファウル。
「あそこまでバットが届くのか……。じゃあ、次はインコース」
その言葉どおり、2球目はインコース低めへ縦に鋭く落ちるフォーク。
並のバッターなら簡単に空振りしてしまいそうな軌道だが、タフィは簡単にバットに当て、今度はサード方向へのファウルになる。
「くそっ、仕留められなかった」
悔しがるタフィに対し、ボイヤーは安堵の表情を浮かべた。
追い込んでしまえば、後は思い切り外へ逃げる球を投げれば空振り三振が獲れる。
だが、カリンは別のことを考えていた。
「本当にバットが届く範囲ならどこでも当ててくるね。……体に向かってくるのも当てられるのかな?」
好奇心に負けたカリンは、ダメだとわかりつつタフィの体目掛けて速球を放った。
「あっ!」
異変に気づき、ボイヤーは思わず声をあげた。
普通ならデッドボール不可避の状況だが、タフィのバットは反応した。
「わっ!?」
払いのけるような感じで打ち返した打球は、ものすごいライナーとなってマウンド上のカリンに襲いかかる。
「きゃっ!」
とっさに出したグローブに球は収まったが、勢いのあまり、カリンはその場に倒れ込んでしまった。
「だ、大丈夫ですか?」
「大丈夫大丈夫。ほら、ちゃんと捕ってるから」
カリンは仰向けになったまま、駆け寄ってきたボイヤーに向かってグローブを見せつけた。
「くそっ!」
タフィは悔しそうに天を仰いだ。
こうして、カリンがタフィの指南役となることが決定したのだが、カリンの顔に笑みはない。
「罰が当たったのかなぁ……」
カリンは空を見つめながら、こういう危険な投球は二度としないと、心に固く誓うのだった。
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