バッティングハンター

いんじんリュウキ

文字の大きさ
27 / 48
第1章 卒業後の進路

トス攻撃改

しおりを挟む
「……ボイヤー、お前ファイヤーボールをトスできる?」

 ツカミヤツデを見ながら、タフィは唐突にそんなことを口にした。

「え? ファイヤーボールをトス?」

 ボイヤーは言っている意味が理解できなかった。

「そう。一番火力が弱いやつでいいからさ」

「えっと……何がしたいんですか?」

「何がしたいって、ファイヤーボールを打ち当ててやるんだよ」

 弱火のファイヤーボールを打つことで、攻撃力だけを上昇させ、火が燃え移ってしまうリスクを回避する。それがタフィの考えだった。

「あぁ……なるほど」

 ボイヤーはなんとなくタフィの意図を察した。

「で、トスできんの?」

「たぶん、できると思います」

「よし、じゃあやろう」

 タフィは葉っぱの攻撃範囲に注意しながら立ち位置を決めると、ツカミヤツデに向かってバットを構えた。

「じゃ、いきますよ、それっ」

 ボイヤーは手のひらの上にファイヤーボールを作り出すと、タフィに向かってトスを上げる。

 タフィはしっかりと狙いを定め、それをスパーンと打ち返した。

「よしっ」

 タフィが放った打球は、狙いどおり柄の部分を直撃。巨大な葉っぱはドサッと地面に落ちた。

「ナイスバッティング」

 カリンは小さく拍手をしながらタフィの攻撃を褒めた。

「待ってろ、俺が全部落としてやるから。ボイヤー、どんどん投げてこい」

「はい」

 ちょこまかと動き回っていた盗賊たちに比べれば、葉っぱに当てることなど造作もないことで、タフィは的当てでも楽しむかのように次々と葉っぱを落としていく。

「おっし、ラストだ」

 最後に残った1枚もあっさりと落とす。9球で9枚を落とすという、パーフェクトな内容だ。

「完璧だな」

 タフィは得意げにボイヤーとカリンの顔を見た。

「さすが兄やん」

「やるじゃない」

「だろ」

 タフィは満足げな笑みを浮かべながら、エルフツリーへ向かって歩き出した。

 だが、エルフツリーに近づいていくにつれて、その表情が徐々に曇り始める。

「……なんか臭くねぇか?」

 腐った肉のような悪臭が漂ってきていたのだ。

「そうね、なんか腐った肉みたいな……あ、もしかしてこれラフレシアの臭い?」

「臭いはそれっぽいです」

 悪臭はどんどんと強烈になっていき、鼻をつまんでいないと耐えられないような状況になりつつあった。

 しかも、エルフツリーまではまだ10メートル以上の距離がある。

「きっつ。ボイヤー、ラフレシアってこんなに臭うもんなの?」

 タフィは若干涙目になっている。

「いえ、普通のはもちろん、ミヤーンさんが言ってたクサリシアでも、こんなに強烈じゃないはずです」

「え、じゃあこれラフレシアのせいじゃねぇの?」

「いや……臭いはラフレシアっぽいんですよ」

「けど、花なんてねぇじゃん」

 タフィの言うとおり、眼前にはエルフツリーの大木があるだけで、ラフレシアの姿は確認できていなかった。

「もしかしたら木の裏に咲いてるのかも。僕ちょっと見てきます」

 ボイヤーは確認するため、木の反対側が見える位置へと移動した。

「あ、やっぱり咲いてた。兄やーん、カリン姉さーん、こっちに咲いてましたよ」

 ラフレシアの姿を確認したボイヤーは、すぐに2人を呼んだ。

「あ、あれがそうか。マジで花だけなんだな」

「なんか気色悪い見た目ね」

 ラフレシアの花は木の根元あたりにドンと咲いており、その直径はおよそ1.5メートル。くすんだ紫色の花びらはぼってりと厚い肉質で、一面に白い斑点がある。花の中心部には壺状のへこみがあり、どこか不気味な雰囲気を醸し出していた。

「あれなんですけど、ラフレシアには違いないと思うんですが、僕の知らない種類なんです」

「本当? じゃあアレ新種なの?」

「さぁ? それはなんとも言えないです。僕もラフレシアのすべてを知ってるわけじゃないんで……。とりあえずああいう色をして、こんなに悪臭を放つラフレシアなんて初めてです」

「そんなもんどっちでもいいよ。それより、さっさとあのくせぇ花を始末しちまうぞ」

「始末って、あんたもしかして、さっきみたいにファイヤーボールを打つき?」

「そうだよ。一撃で吹っ飛ばしてやるから」

 タフィは自信満々だったが、カリンは若干心配だった。

「大丈夫? あの木に当てたらアウトだからね」

 花と木の幹とは50センチほどしか離れておらず、また真上には青々とした葉っぱが茂っていた。

「大丈夫だよ、さっきだって完璧だったろ」

「そうだけどさ、これはさっきよりも精度が求められるのよ」

「大丈夫ですよカリン姉さん。兄やんなら絶対外しません」

 ボイヤーもタフィの打撃に絶対の自信を抱いていた。

「なんでそんな自信持てるの?」

「だって兄やん、フリーバッティングだと簡単に打球をポールに当てますからね」

 球場にもよるが、ホームベースからファウルポールまでの距離は約100メートルで、狙って打球を当てるのは至難のわざであった。

「へぇ~、タフィそんなことできるの」

「そんなの朝飯前よ。ベースだって当てようと思えばどこでも当てられるぜ」

「なら大丈夫か」

 カリンの心配は払拭された。

「ボイヤー、今度は吹っ飛ばすから、さっきよりファイヤーボールはでかくしてな」

「はい」

「じゃ、やるぞ」

 タフィは鼻をつまんでいた手を離すと、臭いを嗅がないように鼻で息するのを我慢しながらバットを構えた。

「いきますよぉ、それっ」

 ボイヤーは左手で鼻を押さえつつ、タフィに向かってファイヤーボールをトスした。

 タフィは打球が上がらないよう、ファイヤーボールの上を叩くようにして打ち返す。

 打球は地を這うように猛スピードで飛んでいき、ボゴンッという衝撃音とともにラフレシアの花を豪快に吹っ飛ばした。

 ラフレシアは多少花びらを散らしつつも一応原形を保っていたが、飛ばされた先がツカミヤツデのそばだったので、花はそのままヤツデの葉っぱに包み込まれてしまった。

 もちろん、エルフツリーには全くダメージを与えていない。

「な、完璧だったろ」

「恐れ入りました」

 カリンはタフィに向かって冗談っぽく頭を下げた。

「ボイヤー、ちょっと風で臭い飛ばして」

「はい」

 ボイヤーはタフィの指示にうなずくと、何度か翼を羽ばたかせて、漂っていたラフレシアの悪臭を吹き飛ばした。

「さぁて、これで障害は一通り排除したわけだが、さすがにこれで何もなしってことはねぇよな」

 多分に願望も含まれていたが、タフィはこのエルフツリーに何かしら包丁が絡んでいるものと確信していた。

「そうね。何もなかったら、ここまで手の込んだ嫌がらせはしないわよね」

「そうですね……」

 カリンもそれなりに期待を抱いていたが、ボイヤーは「シンプルに珍しい木だから守っているだけかもしれない」とも考えていた。

 期待と不安が入り混じるなか、異変が生じたのは、木陰に入ろうとした瞬間だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

【完結短編】ある公爵令嬢の結婚前日

のま
ファンタジー
クラリスはもうすぐ結婚式を控えた公爵令嬢。 ある日から人生が変わっていったことを思い出しながら自宅での最後のお茶会を楽しむ。

転生先はご近所さん?

フロイライン
ファンタジー
大学受験に失敗し、カノジョにフラれた俺は、ある事故に巻き込まれて死んでしまうが… そんな俺に同情した神様が俺を転生させ、やり直すチャンスをくれた。 でも、並行世界で人々を救うつもりだった俺が転生した先は、近所に住む新婚の伊藤さんだった。

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫

むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

処理中です...