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第1章 北条家騒動
戻る人と巻き込まれた人
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東京上野のとある寄席。
出囃子に乗せて、薄い水色の着物と濃紺色の羽織に身を包んだ一人の芸人が、軽く客席の様子をうかがいながら、ゆっくりと高座に上がった。
「落語に挟まりまして、お馴染みの紙切りでございます。まずは一枚ハサミ試しから、皆様もよくご存じ、昔話は桃太郎。早速お作りいたしましょう」
左手に白い紙、右手にハサミを持つと、三味線で桃太郎に合った曲が奏でられるのに合わせて、芸人は小さく体をくねらせながら軽快に紙を切り始めた。
芸人の名は二木家辰巳、二二歳になる若手の紙切り芸人だ。祖父、父と続く紙切り芸人一家の三代目で、天才的な紙切り技術と可愛らしい顔立ちから、女性客を中心に人気を集めていた。
「紙切りというものは、皆様方が鉛筆などで紙に絵を描くのと異なりまして、間違ったからといって、消しゴムで消してまた書き直すということができませんので、細かいところは丁寧にハサミを入れてまいります」
愛想よくしゃべっていたかと思うと、あっという間に桃太郎らしき形が切り出されていた。
それを見て、客席からチラホラと「おぉ」という声が上がる。
「桃太郎ができあがりまして、今度はお供の動物。その中から犬を一匹つけます。こちらは犬らしく、可愛らしくハサミを入れまして……さぁ、これで、お供の犬と桃太郎の両方ができあがりました。では、こういった専用のケースに挟んでご覧になっていただきましょう。これは桃太郎が、お供の犬にきび団子をあげているところ。こんな形ができあがりました」
辰巳は、透明なフィルムと黒い台紙でできた特製のケースに切り上がった紙を挟むと、お客へ見えるように正面に掲げた。
客席から大きな拍手が起こる。
「これはどうぞ、どちら様でも結構です、今日のお土産に差し上げます。お持ち帰りください」
辰巳はケースから紙を取り出すと、欲しそうにやって来た若い女性客へ手渡した。
「二枚目からはご注文を聞いて切りましょう」
客席から「招き猫」「横綱土俵入り」の声が上がる。
「招き猫に横綱土俵入り。では、招き猫から切っていきましょう。この招き猫、右手を挙げている猫は金運を招き、左手を挙げている猫は人を招くと言われています。ちなみに、お客様はどちらがよろしいでしょうか。……右手、そうおっしゃられると思いまして、既に右手を挙げた猫を切っています」
辰巳がわざとらしいドヤ顔を披露すると、客席は大きな笑いに包まれた。
同じ頃、寄席から少し離れた場所にある上野恩賜公園。
月明かりの下、見た感じ二〇代前半くらいの女の人が、一人で不忍池のほとりを歩いていた。
「……この辺は反応が弱いなぁ」
右手に水晶で造られたドクロを持っており、歯の部分がほのかに光を放っていた。
女性の名はユノウ。栗色でセミロングの髪に、大きな瞳が特徴的な愛くるしい顔立ちをしている。
ぱっと見は普通の人間のようであるが、その正体は、異世界からやって来た妖精であった。
「うーん、あっちに行った方が良いのかな?」
そう言って歩き回ること数十分、野外ステージ近辺で、ドクロの歯がまばゆく光り出す。
「おっ! この光り方……ここが一番のパワースポットみたいね」
ユノウはその場にしゃがみ込むと、年季の入った革製のレッグポーチから、恐竜をかたどった土偶、人間の顔が彫られた卵形の石、ジェット機のような形をした黄金の置物、そして石製の歯車を取り出すと、自身を囲うようにそれらを配置した。
「位置はこれで良しっと……あとは、呪文を唱えれば元の世界に戻れる……はず」
ユノウは立ち上がると、ドクロを載せた右手をまっすぐ前に上げ、小声で呪文を唱え始める。
「ソトコバベットウボイヤーシピンアリトウ……」
詠唱に合わせて、ユノウの周囲に配置された物が徐々に光り出し、なんとも言えない不思議な空気感が漂い始めた。
「……なんか光っているみたいだけど、何をやっているんだ?」
寄席終わりにふらりと不忍池へ立ち寄った辰巳は、その奇妙な光景に思わず足を止めた。
周りには同じように足を止めた人がチラホラとおり、中にはスマートフォンでその様子を動画に撮っている者もいる。
そんな周囲の目など気にも留めず、ユノウは呪文を唱えていく。
「……リーレオンニウラトオイスタンカマル」
あと三言ですべて言い終えるという時、不意に池の方から強い風が吹き込み、絶妙なバランスで立っていた卵形の石がゴロゴロと転がり出した。
「ん? なんか足に当たったな」
辰巳が足元に転がって来た石に手を触れた瞬間、
「カーノ!」
ユノウと辰巳の姿が上野恩賜公園から消えた。
出囃子に乗せて、薄い水色の着物と濃紺色の羽織に身を包んだ一人の芸人が、軽く客席の様子をうかがいながら、ゆっくりと高座に上がった。
「落語に挟まりまして、お馴染みの紙切りでございます。まずは一枚ハサミ試しから、皆様もよくご存じ、昔話は桃太郎。早速お作りいたしましょう」
左手に白い紙、右手にハサミを持つと、三味線で桃太郎に合った曲が奏でられるのに合わせて、芸人は小さく体をくねらせながら軽快に紙を切り始めた。
芸人の名は二木家辰巳、二二歳になる若手の紙切り芸人だ。祖父、父と続く紙切り芸人一家の三代目で、天才的な紙切り技術と可愛らしい顔立ちから、女性客を中心に人気を集めていた。
「紙切りというものは、皆様方が鉛筆などで紙に絵を描くのと異なりまして、間違ったからといって、消しゴムで消してまた書き直すということができませんので、細かいところは丁寧にハサミを入れてまいります」
愛想よくしゃべっていたかと思うと、あっという間に桃太郎らしき形が切り出されていた。
それを見て、客席からチラホラと「おぉ」という声が上がる。
「桃太郎ができあがりまして、今度はお供の動物。その中から犬を一匹つけます。こちらは犬らしく、可愛らしくハサミを入れまして……さぁ、これで、お供の犬と桃太郎の両方ができあがりました。では、こういった専用のケースに挟んでご覧になっていただきましょう。これは桃太郎が、お供の犬にきび団子をあげているところ。こんな形ができあがりました」
辰巳は、透明なフィルムと黒い台紙でできた特製のケースに切り上がった紙を挟むと、お客へ見えるように正面に掲げた。
客席から大きな拍手が起こる。
「これはどうぞ、どちら様でも結構です、今日のお土産に差し上げます。お持ち帰りください」
辰巳はケースから紙を取り出すと、欲しそうにやって来た若い女性客へ手渡した。
「二枚目からはご注文を聞いて切りましょう」
客席から「招き猫」「横綱土俵入り」の声が上がる。
「招き猫に横綱土俵入り。では、招き猫から切っていきましょう。この招き猫、右手を挙げている猫は金運を招き、左手を挙げている猫は人を招くと言われています。ちなみに、お客様はどちらがよろしいでしょうか。……右手、そうおっしゃられると思いまして、既に右手を挙げた猫を切っています」
辰巳がわざとらしいドヤ顔を披露すると、客席は大きな笑いに包まれた。
同じ頃、寄席から少し離れた場所にある上野恩賜公園。
月明かりの下、見た感じ二〇代前半くらいの女の人が、一人で不忍池のほとりを歩いていた。
「……この辺は反応が弱いなぁ」
右手に水晶で造られたドクロを持っており、歯の部分がほのかに光を放っていた。
女性の名はユノウ。栗色でセミロングの髪に、大きな瞳が特徴的な愛くるしい顔立ちをしている。
ぱっと見は普通の人間のようであるが、その正体は、異世界からやって来た妖精であった。
「うーん、あっちに行った方が良いのかな?」
そう言って歩き回ること数十分、野外ステージ近辺で、ドクロの歯がまばゆく光り出す。
「おっ! この光り方……ここが一番のパワースポットみたいね」
ユノウはその場にしゃがみ込むと、年季の入った革製のレッグポーチから、恐竜をかたどった土偶、人間の顔が彫られた卵形の石、ジェット機のような形をした黄金の置物、そして石製の歯車を取り出すと、自身を囲うようにそれらを配置した。
「位置はこれで良しっと……あとは、呪文を唱えれば元の世界に戻れる……はず」
ユノウは立ち上がると、ドクロを載せた右手をまっすぐ前に上げ、小声で呪文を唱え始める。
「ソトコバベットウボイヤーシピンアリトウ……」
詠唱に合わせて、ユノウの周囲に配置された物が徐々に光り出し、なんとも言えない不思議な空気感が漂い始めた。
「……なんか光っているみたいだけど、何をやっているんだ?」
寄席終わりにふらりと不忍池へ立ち寄った辰巳は、その奇妙な光景に思わず足を止めた。
周りには同じように足を止めた人がチラホラとおり、中にはスマートフォンでその様子を動画に撮っている者もいる。
そんな周囲の目など気にも留めず、ユノウは呪文を唱えていく。
「……リーレオンニウラトオイスタンカマル」
あと三言ですべて言い終えるという時、不意に池の方から強い風が吹き込み、絶妙なバランスで立っていた卵形の石がゴロゴロと転がり出した。
「ん? なんか足に当たったな」
辰巳が足元に転がって来た石に手を触れた瞬間、
「カーノ!」
ユノウと辰巳の姿が上野恩賜公園から消えた。
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