紙切り道中異世界見聞録

いんじんリュウキ

文字の大きさ
1 / 86
第1章 北条家騒動

戻る人と巻き込まれた人

しおりを挟む
 東京上野のとある寄席。

 出囃子に乗せて、薄い水色の着物と濃紺色の羽織に身を包んだ一人の芸人が、軽く客席の様子をうかがいながら、ゆっくりと高座に上がった。

「落語に挟まりまして、お馴染みの紙切りでございます。まずは一枚ハサミ試しから、皆様もよくご存じ、昔話は桃太郎。早速お作りいたしましょう」

 左手に白い紙、右手にハサミを持つと、三味線で桃太郎に合った曲が奏でられるのに合わせて、芸人は小さく体をくねらせながら軽快に紙を切り始めた。

 芸人の名は二木家辰巳ふたぎやたつみ、二二歳になる若手の紙切り芸人だ。祖父、父と続く紙切り芸人一家の三代目で、天才的な紙切り技術と可愛らしい顔立ちから、女性客を中心に人気を集めていた。

「紙切りというものは、皆様方が鉛筆などで紙に絵を描くのと異なりまして、間違ったからといって、消しゴムで消してまた書き直すということができませんので、細かいところは丁寧にハサミを入れてまいります」

 愛想よくしゃべっていたかと思うと、あっという間に桃太郎らしき形が切り出されていた。
 それを見て、客席からチラホラと「おぉ」という声が上がる。

「桃太郎ができあがりまして、今度はお供の動物。その中から犬を一匹つけます。こちらは犬らしく、可愛らしくハサミを入れまして……さぁ、これで、お供の犬と桃太郎の両方ができあがりました。では、こういった専用のケースに挟んでご覧になっていただきましょう。これは桃太郎が、お供の犬にきび団子をあげているところ。こんな形ができあがりました」

 辰巳は、透明なフィルムと黒い台紙でできた特製のケースに切り上がった紙を挟むと、お客へ見えるように正面に掲げた。
 客席から大きな拍手が起こる。

「これはどうぞ、どちら様でも結構です、今日のお土産に差し上げます。お持ち帰りください」

 辰巳はケースから紙を取り出すと、欲しそうにやって来た若い女性客へ手渡した。

「二枚目からはご注文を聞いて切りましょう」

 客席から「招き猫」「横綱土俵入り」の声が上がる。

「招き猫に横綱土俵入り。では、招き猫から切っていきましょう。この招き猫、右手を挙げている猫は金運を招き、左手を挙げている猫は人を招くと言われています。ちなみに、お客様はどちらがよろしいでしょうか。……右手、そうおっしゃられると思いまして、既に右手を挙げた猫を切っています」

 辰巳がわざとらしいドヤ顔を披露すると、客席は大きな笑いに包まれた。



 同じ頃、寄席から少し離れた場所にある上野恩賜公園。

 月明かりの下、見た感じ二〇代前半くらいの女の人が、一人で不忍池のほとりを歩いていた。

「……この辺は反応が弱いなぁ」

 右手に水晶で造られたドクロを持っており、歯の部分がほのかに光を放っていた。

 女性の名はユノウ。栗色でセミロングの髪に、大きな瞳が特徴的な愛くるしい顔立ちをしている。
 ぱっと見は普通の人間のようであるが、その正体は、異世界からやって来た妖精であった。

「うーん、あっちに行った方が良いのかな?」

 そう言って歩き回ること数十分、野外ステージ近辺で、ドクロの歯がまばゆく光り出す。

「おっ! この光り方……ここが一番のパワースポットみたいね」

 ユノウはその場にしゃがみ込むと、年季の入った革製のレッグポーチから、恐竜をかたどった土偶、人間の顔が彫られた卵形の石、ジェット機のような形をした黄金の置物、そして石製の歯車を取り出すと、自身を囲うようにそれらを配置した。

「位置はこれで良しっと……あとは、呪文を唱えれば元の世界に戻れる……はず」

 ユノウは立ち上がると、ドクロを載せた右手をまっすぐ前に上げ、小声で呪文を唱え始める。

「ソトコバベットウボイヤーシピンアリトウ……」

 詠唱に合わせて、ユノウの周囲に配置された物が徐々に光り出し、なんとも言えない不思議な空気感が漂い始めた。

「……なんか光っているみたいだけど、何をやっているんだ?」

 寄席終わりにふらりと不忍池へ立ち寄った辰巳は、その奇妙な光景に思わず足を止めた。
 周りには同じように足を止めた人がチラホラとおり、中にはスマートフォンでその様子を動画に撮っている者もいる。

 そんな周囲の目など気にも留めず、ユノウは呪文を唱えていく。

「……リーレオンニウラトオイスタンカマル」

 あと三言ですべて言い終えるという時、不意に池の方から強い風が吹き込み、絶妙なバランスで立っていた卵形の石がゴロゴロと転がり出した。

「ん? なんか足に当たったな」

 辰巳が足元に転がって来た石に手を触れた瞬間、

「カーノ!」

 ユノウと辰巳の姿が上野恩賜公園から消えた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 ファミ通文庫大賞 一次選考通過

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

神々の間では異世界転移がブームらしいです。

はぐれメタボ
ファンタジー
第1部《漆黒の少女》 楠木 優香は神様によって異世界に送られる事になった。 理由は『最近流行ってるから』 数々のチートを手にした優香は、ユウと名を変えて、薬師兼冒険者として異世界で生きる事を決める。 優しくて単純な少女の異世界冒険譚。 第2部 《精霊の紋章》 ユウの冒険の裏で、田舎の少年エリオは多くの仲間と共に、世界の命運を掛けた戦いに身を投じて行く事になる。 それは、英雄に憧れた少年の英雄譚。 第3部 《交錯する戦場》 各国が手を結び結成された人類連合と邪神を奉じる魔王に率いられた魔族軍による戦争が始まった。 人間と魔族、様々な意思と策謀が交錯する群像劇。 第4部 《新たなる神話》 戦争が終結し、邪神の討伐を残すのみとなった。 連合からの依頼を受けたユウは、援軍を率いて勇者の後を追い邪神の神殿を目指す。 それは、この世界で最も新しい神話。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...