紙切り道中異世界見聞録

いんじんリュウキ

文字の大きさ
10 / 86
第1章 北条家騒動

冒険者依頼処河越支部

しおりを挟む
 冒険者依頼処は、呉服屋や宿屋などが立ち並ぶ大通りに面した場所に位置していた。
 白漆喰しろしっくいに瓦屋根の二階建ての建物で、正面に「冒険者依頼処」と彫られた木製の大看板が掲げられている。

「あ、良かったぁ、ここちゃんと連盟に加入してる」

 ユノウは軒下に吊り下げられた看板に視線を向けた。そこには、ボディビルダーのように両腕を上に曲げた人のシルエットをバックに、剣と杖をクロスさせたようなマークが描かれていた。

「連盟? 何それ?」

「連盟っていうのは冒険者ギルド連盟のことで、各国の冒険者ギルドが加入している組織なんです。ランクや成果情報などが共有化されてるんで、加入しているギルドであれば、どこの冒険者カードでも使えるんですよ」

「へぇ。じゃあ、加入していないところだと、その都度新規で作らないとダメってこと?」

「そういうことです。ここは連盟に加入しているので、ここで冒険者カードを作れば他のギルドでも使えますよ。さ、入りましょう」

 中に入ると、甲冑や着流し、鎖帷子くさりかたびらなどといった様々な装束に身を包んだ冒険者たちの姿があった。

「すいません。素材の買い取りをお願いします」

「へい、買い取りでございますね。では、冒険者手形をご提示願います」

 受付で対応したのは、背中に丸に冒の字の紋が描かれた印半纏しるしばんてんを着た男性職員だった。

「手形……あぁ、冒険者カードか。はい」

「お預かりします」

 職員はユノウからカードを受け取ると、様々な冒険者カードの見本が掲載された台帳を見ながら、真贋しんがんの確認を行った。

「ありがとうございます。では、売りたい素材を拝見いたします」

「えっと……これです」

 ユノウがレッグポーチから取り出したのは、四〇センチほどの長さがある動物の角で、水晶のような見た目をしていた。

「ほぉ、見たところ、スイショウヤギの角のようですね」

 スイショウヤギは主に山岳部に生息しており、水晶のような美しい角を持っていることからその名で呼ばれている。角は装飾品などの材料として高値で取引される一方で、肉は非常に硬く臭いも強いため、食用には向かない。

「早速鑑定させていただきます。しばしお待ちを」

 職員は虫眼鏡を用意すると、様々な角度から角の状態を確認した。

「……そうですねぇ、スイショウヤギの角、二本で二両というところですかな」

 倭国の通貨制度について、ユノウはしっかりと夏から聞いていた。
 それによれば、単位はもんしゅ・両の三つがあり、一〇〇文で一朱という具合に、一〇〇で次の単位に上がる。つまり一両=一〇〇朱=一〇〇〇〇文という感じだ。また、貨幣は一文せん、一〇文銭、一朱銀、一〇朱銀、一両金、一〇両金の六種が鋳造されていた。ちなみに日本円で例えると、一文はおおよそ二〇円ほどの価値になる。

「それでいいです。あと、この人の冒険者登録をお願いします」

 そう言うと、ユノウは後ろに立っていた辰巳に、前へ来るよう促した。

「登録には試験と、受験料が一〇朱かかります」

「じゃあ、そのお金から受験料引いて」

「では、一両九〇朱です。そちらの方、この紙に必要事項を書いてください」

 職員は角の代金、登録用紙に筆と墨を用意した。

「住所とかがあったらどうしよう」と、辰巳は少し不安に思っていたが、必須となっていたのは名前と年齢だけであり、住所に関しては記入欄すらなかった。

 辰巳は特技や経歴といった任意記入の項目はスルーして、達筆な字で名前と年齢を書き入れた。

「お願いします」

「はい……大丈夫ですね。試験ですが、薬草採取になります。こちらの依頼書に書かれた薬草を、明後日までに採取して持って来られれば合格になります。では、お気をつけて」

 依頼書を受け取ると、辰巳たちは休憩スペースとおぼしき場所に置かれた椅子に腰を下ろした。

「無条件で登録ってわけにはいかないんだね」

「そりゃそうですよ。ギルドも商売ですからね。依頼をこなせるかわからない人を、誰かれ構わず登録しませんよ。スマホアプリじゃないんですから」

「それもそうか。で、ユノウから見て、この試験は難しいの?」

 依頼書には「アオタネソウ採取依頼 アオタネソウを一〇本採取する」という内容と注意事項、薬草の絵が記載されていた。

 アオタネソウはその名が示すように種が青色をしている薬草で、大きさは二〇センチほど。根の部分に腹痛を和らげる効果があり、薬の材料として重宝されている。

「難しいことはないです。薬草採取は基本の基ですからね。逆にこれができなければ、冒険者としての素質はゼロです。まぁ、辰巳さんだったら大丈夫だと思いますよ。ただ、事前にある程度は情報を集めておいた方が良いですね」

「情報?」

「この絵だけで薬草を探すのは大変ですよ。それこそしらみつぶしに探さないといけないですからね。だったら、あらかじめ本で調べるなり、人に聞くなりして、生えている場所の目星をつけておいた方が効率的ですよ」

「確かに」

「なので今日は準備だけにして、出発は明日にしましょう」

「うん。ところで、冒険者カードってどんな情報が載ってるの?」

「そんなに大した情報は載っていませんよ」

 ユノウは自身の冒険者カードを取り出すと、辰巳に見せた。
 冒険者カードは手のひらサイズの大きさで、登録者の名前、ランク、ランクごとの依頼受注数と成功数が記載されている。

「……これ、Bってあるけど、ユノウってBランクってことなの?」

「ええ、あたしはBランク冒険者ですよ。ちなみに、ランクは上からSABCDEFの七段階あります。自分で言うのもなんですが、Bランク冒険者って結構すごいんですよ」

 ドヤ顔のユノウを見て、辰巳は苦笑した。

「自分ですごいって言っちゃうんだ」

「だってこういうランク系のものって、すごさとかが伝わりにくいじゃないですか。例えば将棋や剣道の段位や、色んな検定の級なんかも、知らない人にはそれがどのくらいすごいのかピンとこないでしょ」

「確かに」

「だからすごいって思ってもらうには、恥ずかしかろうが、自分で言うしかないんですよ」

 ユノウはそう言うと、おもむろに椅子から立ち上がった。

「ちょっと待っててください。あたしも、良さそうな依頼があったら受けてきますから」

 ユノウは依頼書が張りつけられた掲示板へ向かうと、少し考えたうえで一枚選び、受付でそれを受注した。

「どんな依頼を受けてきたの?」

「これです」

 ユノウが見せた依頼書には「オシロイツチノコ討伐依頼 オシロイツチノコを二匹以上討伐する。 討伐証明部位:尾 報酬:一匹につき二五朱 期限:受領後四日 番付:小結」という内容が記載されていた。

 オシロイツチノコは三角形の頭部、太く平坦な胴体、細く短い尻尾という特徴的な体つきをした蛇で、尾が白いことからその名で呼ばれている。雷魔法を使い、相手を痺れさせたうえでその身を丸飲みにしていた。

「ツチノコって、あのUMAのツチノコ?」

「その類ですよ」

 依頼書に描かれていた絵は、テレビなどで想像図として紹介されるツチノコの姿にそっくりだった。

「一匹二五朱だと……だいたい五万くらいか。……この番付っていうのは、やっぱりランクを意味しているのかな?」

「ええ。受注する時に受付で聞いたら、ここでは相撲の番付でランクを表しているそうです。幕下、十両、前頭、小結、関脇、大関、横綱とあるんで、この依頼はCランク相当ってことだそうです」

「へぇ。じゃあ、大関や横綱に昇進したら、相撲みたいに口上を言ったりするのかな」

「さすがにそれはないと思いますよ。ただ、番付上位者には成績に加えて品格も求められるそうなので、その辺は相撲に似ているかもしれません」

「どこの世界も似たようなもんなんだな。……あれ、そういえばこっちの依頼書には番付なかったよな」

 辰巳は薬草採取の依頼書を見直したが、そこに番付の記載はなかった。

「たぶん、試験用の特別な依頼なんですよ」

「あぁ、そういうこと。じゃ、行こうか」

 依頼処を出発した二人は、途中本屋で何冊か本を買い、かんざしや箸などといった様々な生活用品を商う小間物屋こまものやを覗き見たりした後、客引きの若い衆に誘われるまま「鷲屋わしや」という宿屋へ泊ることになった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 ファミ通文庫大賞 一次選考通過

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

処理中です...