紙切り道中異世界見聞録

いんじんリュウキ

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第1章 北条家騒動

正体判明

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「広っ」

 辰巳は四〇畳ほどの広さがあるどでかい部屋を見て、思わず驚きの声を上げた。

 ここは本丸御殿にある大広間。
 基本的に城主への謁見えっけんはこの部屋で行われており、辰巳たちは下座に座って、氏元が来るのを待っていた。

「……今更だけどさ、殿様への挨拶ってどういう風にやったらいいの?」

 辰巳は不安げな顔でユノウに聞いた。

「とりあえずキチンと正座して、タイミング良くお辞儀ができれば大丈夫でしょう。殿様への応対とかは奈々さんがやるんで、あたしたちはただ、事の推移を見守っていればいいんですよ。あ、なんか殿様が来るみたいな感じですよ」

 家臣と思われる人たちや奈々が頭を下げるのを見て、辰巳とユノウも頭を下げる。

 ほどなくして上座側のふすまが開き、氏元が姿を現した。

「面を上げい」

 上座に座した氏元の言葉を受けて、一同は頭を上げた。

「ご尊顔を拝し、恐悦至極きょうえつしごくに存じます」

 奈々は挨拶の言葉を述べると、深々と頭を下げた。

「うむ。久方ひさかたぶりであるな。しばらく見ぬうちに、随分とたくましく……いや、美しくなったな」

「それほどでもございません」

「さて、直孝からの書状を持参したと聞いておるが……」

 下座に吉右衛門がいることに気づいた瞬間、氏元の表情が変わった。

「……氏元様?」

「失礼ながら、そちらにおられるのは、秀頼様ではございませんでしょうか?」

「え? えぇっ!」

 驚きのあまり、奈々は思わず大声を上げると、そのまま後ろを振り返った。

「……よくわかったな、氏元」

 吉右衛門はニヤッと笑うと、あっさりと自分が秀頼であることを認めた。

 その瞬間部屋中に衝撃が走り、辰巳とユノウ以外の全員が吉右衛門へ向かって一斉に平伏へいふくした。

 羽柴秀頼。秀吉の嫡男であり、母は秀長の養女となっていたエルフの女性。六歳の時、秀吉の死に伴って大坂幕府二代将軍となる。幼少期は叔父である秀長が幕政を担ったが、成人後は父親以上の強烈なカリスマ性とリーダーシップを活かして精力的に政務を行い、幕府の基礎を固めるのに尽力した。八〇歳の時、将軍職を長男の秀綱ひでつなに譲り、大御所となる。その後は、孫の秀時ひでときに帝王学を学ばせることに力を入れていたが、秀時の将軍就任に合わせて、冒険者への転身を遂げていたのだ。

「ご無沙汰いたしております。ささ、どうぞこちらの方へ」

 氏元は平伏したまま、吉右衛門に上座を譲ろうとした。

「いや、ここで構わぬ。皆も、面を上げられよ」

 全員が頭を上げたところで、氏元は改めて挨拶の言葉を述べる。

「変わらずご壮健なお姿を拝し、恐悦至極に存じたてまつります」

「髭を剃ったからわからないだろうと思ったのだがな」

 大御所であった頃は立派なあご髭を蓄えていたのだが、冒険者へなるにあたって、印象を変えるためにキレイに剃り落としていた。

「秀頼様のご尊顔に気がつかぬはずがございませぬ」

「会うのはいつ以来だ?」

 大御所になって以降、将軍への配慮から、徳川や北条といった一部の有力大名を除き、挨拶を含めて諸大名と会うことを極力控えていた。

 だからもし氏元ではなく、別の小大名が吉右衛門のことを見たとしたら、秀頼だと気がつくことはなかったであろう。

「昨年の正月に上坂じょうはんした折、ご挨拶させていただいて以来にございます」

「すると一年半振りか。それで、私が冒険者になったことは知っていたのか?」

「は。三月前、秀時様の将軍宣下せんげのために上洛じょうらくした際、内々に冒険者になられる談、お聞きいたしました」

「他には誰が知っておる」

結城ゆうき殿、徳川殿、前田まえだ殿、上杉うえすぎ殿、毛利もうり殿、それに関白殿と五摂家ごせっけの方々も存じているものと思います」

「そうか。……おっと、話がだいぶ逸れてしまったな。奈々殿、書状を氏元に」

「しょ、しょ、承知つかまつりました」

 眼前にいる人物の正体がわかり、奈々は極度に緊張していた。

「そんなに緊張せずともよい。今までどおり、吉右衛門として接してくれ」

「かしこまりました」

「やれやれ……」

 吉右衛門は苦笑するしかなかった。
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