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中入り

河越ショッピング

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 大道寺家で寝泊まりをするようになってすぐ、辰巳とユノウはある問題を解決するために買い物へ出かけていた。

「色々と必要なものはあるけど、まずは服だな」

 辰巳は連れて来られた時に身につけていたものしか衣服を持っておらず、ユノウが持っていたフリーサイズのスウェットをパジャマ代わりに使ったり、ユノウが持っていた手ぬぐいで雑なふんどしを作ったりして、なんとかここまで過ごしていたのだ。

「服ですね、わかりました」

 そう言った矢先、ユノウは呉服屋と思われる店の前を素通りした。

「ちょっと待って待って。ここ服売ってるんじゃないの?」

 辰巳は慌ててユノウを呼び止める。

「あ、ここですか? 確かに呉服屋なんで売ってますよ。けど、こういうところのは高いんで、冒険者が仕事着として着るのはもったいないですよ」

「なるほどね。確かに、良い着物は無理だな。俺も、この着物は半ば諦めてるから」

 野山を駆け回ったせいで、辰巳の着物はすっかり汚れてしまっていた。

「だから古着屋で買おうと思ってます」

「古着屋? 古着屋なんてあるの?」

「ありますよ。辰巳さんも寄席芸人だったら、紙くず屋の噺くらい知ってますよね」

 紙くず屋は、紙くずなどを集める廃品回収業者のことで、「井戸の茶碗」や「らくだ」など、落語にもたびたび登場している。

「知ってる知ってる」

「ああいう風に不用品を集める人たちがいれば、当然そういうのを売る人たちだっていますよ」

「言われてみればそうか」

「じゃ、早速ですけど、あの店に入ってみましょう」

 二人が立ち寄ったのはこぢんまりとした佇まいの古着屋。看板の意味も込めているのか、軒下には様々な古着が吊り下げられていた。

「いらっしゃい」

 店の主は黒髪ショートヘアの若い女性で、パッチワークのように様々な柄の布を縫い合わせた着物を身にまとっていた。

「男物の着物見せてもらえる?」

「男物だね。ちょっと待ってて」

 店主は店の奥からいくつか着物を持ってくると、それらを畳の上に広げてみせた。

「他にもあるから、もし気に入るものがなかったら言って。すぐ出すから」

「ほら、辰巳さん見てください」

「うーん……」

 古着ということもあって、色々とよれていたり、色あせていたりと、なかなか着たいと思えるようなものはなかった。

「……ん、これも古着なのか?」

 辰巳の目に留まったのは、店主が着ているものと同じように、様々な柄の布が縫い合わされた紺色の着物だった。

「お兄さんお目が高いね。それは私が仕立て直したやつだよ」

「あ、そうなんだ。……これ、丈も良さそうだし、うん決めた、これにしよう」

「毎度あり。そうだ、他にも仕立てたやつがあるから、良かったら見てってよ」

 結局、辰巳は勧められるままに、ウグイス色の着物まで買うことになるのであった。



「次は下着だな。聞きたいんだけど、こっちってパンツみたいなのってあるの?」

「パンツですか? ボクサーパンツに近いものならありますよ。ただ、倭国にまで来てるかはわかりませんね」

 古着屋を後にした二人は、ふんどしを扱っている店を訪れていた。

「いらっしゃいませ」

「すいません。あの、大陸のもので、着物の下に穿く、ふんどしみたいなものってありますか?」

 辰巳はダメ元で店員に聞いてみた。

「ふんどしみたいなもの? ……あぁ、股穿またばきですか、ございますよ。少々お待ちください」

 店員が持って来たのは、ボクサーパンツのような形をした布製の下着だった。

「へぇ、ゴムの代わりに巾着みたいになってるんだ」

 股穿きには紐が通してあり、それを引っ張ることでずり落ちないようになっていた。

「いかがでしょうか?」

「じゃあ、この股穿きってやつを三枚、あと越中ふんどしを二本ください」

「ありがとうございます。只今ご用意いたしますので、少々お待ちください」

 店員が離れたところで、ユノウは小さな疑問を口にした。

「ふんどしも買うんですね」

「うん。まぁ、予備というか、なんかあった方がいいかなって思ってさ」

 こうして無事下着を手に入れた二人は、この後別の店へと移動し、雪駄と足袋を購入した。



「なんか小腹が空いたな」

「じゃあ、少し休憩します?」

「そうしよう。茶屋でもあればそこで一息して……」

 飲食店を探していた辰巳は、「さあさ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい。奥にいるのは世にも恐ろしいひとつ目巨人の大ドクロ、ひとつ目巨人の大ドクロだよ!」という呼び声を耳にして、思わず立ち止まった。

「どうしたんです? あ、見世物小屋」

「ちょっと気になってさ」

「だったら入ってみましょうか。木戸銭もそんなにしないはずですから」

 入り口で入場料を支払い、二人は見世物小屋へと入る。
 薄暗い小屋の中を進んでいくと、一番奥にろうそくの灯で照らされた巨大な頭の骨が鎮座していた。

「え、マジでひとつ目じゃん」

 辰巳が驚いたのも無理はない、顔の中央部あたりに、目が入るような大きな穴が開いていたからだ。

 一方、ユノウは冷静に正体を見極めていた。

「驚いてますけど、これ偽物ですよ」

「偽物なの?」

「はい。これは象の頭の骨ですよ」

 ユノウが指摘したように、“ひとつ目巨人の大ドクロ”と称されたものは象の頭の骨で、辰巳が目だと思った穴は鼻腔びこうだった。

「なんだぁ、これ象なのかぁ……」

「見世物小屋なんてどこもこんなもんですよ。『とれたての河童だよ』って言って、水に濡らした雨合羽を置いてるだけっていうのもあるんで、そういうのに比べたらこれはマシな方ですよ。それと巨人じゃないですけど、ひとつ目の生き物自体はいますよ」

「ひとつ目いるんだ。さすが異世界」

「ヒトツメガラガラっていうヘビなんですけど、頭の部分がポコッと盛り上がっていて、そこに目があるんです。名前からもわかると思いますが、ガラガラヘビの仲間です」

「へぇ、それは見てみたいね」

 ひとつ目の話題が一段落したところで、二人は見世物小屋を後にした。



「はぁ、お茶がうまい」

「このおはぎもおいしいですよ」

 二人は見世物小屋近くの茶屋で一服していた。

「とりあえず、着るもん関係はこれでオッケーかな。あとは日用品関係か」

「日用品だったらあそこ行ってみませんか? 四〇文見世」

「しじゅうもんみせ?」

「四〇文見世っていうのは、日用品なんかをどれでも四〇文で売っている店のことで、わかりやすく言えば一〇〇円ショップみたいなものですよ」

「へぇ、そんなのもあるんだ。行こ行こ」

 そう言って四〇文見世を訪れた二人は、歯ブラシなど必要性が高い日用品だけでなく、根付や印籠といったそれほど必要性の高くないものまで色々と買い込んだのであった。

 こうして、辰巳の物がない問題は、無事解決したのである。
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