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中入り
「冒険者事始」読書録
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「鷲屋」でのひと時、辰巳とユノウは買った本を読んで過ごしていた。
「……ふーん、なるほどねぇ」
「冒険者事始」を読んでいたユノウは、依頼処の歴史に興味を抱き始めていた。
創業者である水小路斉光が亡くなってからおよそ一〇〇年、依頼処のトップは、斉光の孫である斉典が務めていた。
「そろそろ、倅に後を譲らんとな」
この時、斉典は六三歳、息子の斉正は三六歳であった。
「ただ、あいつは冒険者としての腕はあるが、金勘定なんかはからっきしだからな。そこをどうにかせんと……」
冒険者の気持ちがわからなければ依頼処をまとめることはできない、という斉光の考えに基づき、後継者候補の人間は冒険者として活動することが慣例となっていた。
冒険者の気持ちを理解することが目的であったため、活動期間や目標番付のようなものは設定されておらず、当人や周囲が納得すれば、いつやめても構わなかった。
実際、斉典は二年ほどしか冒険者として活動していない。
対して斉正は、既に二〇年近く冒険者として活動しており、横綱にまで上り詰めていた。
「うーん……そうだ、米助だ。あいつは今、大陸で商人をやっているが、その前は冒険者だったからな。年も四〇と、斉正とそんなに変わらんし、あれを補佐役にしよう」
早速斉典は大陸にいる水樹米助のところへ使いを走らせた。ちなみに、米助と斉典は親戚同士である。
そして一ヶ月後、水小路邸の茶室で、二人は面会した。
「お久しぶりです」
米助が斉典と会うのは、実に二〇年ぶりのことである。
「久しぶりだな。まずは茶でも飲んでくれ」
斉典は慣れた手つきでお茶を点て、米助はそれをごくりと飲み干した。
「結構なお点前でした」
「さて、使いの者からも聞いておるだろうが、お主には番頭として、依頼処を取り仕切ってもらいたいのだ」
「はい。水小路家に連なる者として、依頼処のお役に立てるのであらば、この米助、謹んでお受けいたします」
これで斉典の悩みは解消されたはずであったが、なぜか表情がさえない。
「……実はな、斉正が死んだのだ」
「え……」
斉正の補佐をしてくれと言われていた米助にとって、予想だにしない展開だった。
「半月ほど前、依頼をこなしている最中に不覚をとってしまってな……」
「そうでしたか……」
「それで、儂の後は、斉正の嫡男である斉冬が継ぐことになった」
「あの、斉冬様はおいくつになられるのでしょうか?」
「一五だ」
「一五……」
米助は年齢を聞いて、一瞬表情を曇らせた。
「安心しろ、さすがに今すぐ継がせることはしない。とりあえずは儂のそばで色々と学ばせるつもりだ。だから、その時にちゃんと斉冬を補佐できるよう、取り計らっといてくれよ」
「わかりました」
こうして、米助は番頭として依頼処を取り仕切ることになったのである。
初めのうちは何も問題はなかったのだが、番頭になってから三年後、斉典の死とともに状況が変化し始めた。
特に大きかったのが、後を継いでトップに立った斉冬との関係悪化である。
立場としては斉冬の方が上であるが、経験とキャリアでは米助の方が上であるため、必然的に依頼処の運営は米助主導になっていく。
斉典は、依頼処がうまくいくのであればそれでも構わないという考えで、米助を補佐役に指名したのだが、当の斉冬からしてみればおもしろくない。
加えて斉冬には、冒険者として活動せずにトップに立ったという負い目があり、それを払しょくするために運営面で成果をあげたいという願望があったのだ。
それだけに、いちいち自分のやることに口を挟んでくる米助は邪魔な存在だった。
一方、米助はそれまで緩かったお金の管理や働き方を厳しくチェックするようになったため、一部の職員から反発を受けるようになっていた。
そのため、初めは単なる感情的な対立に過ぎなかったのだが、次第に運営方針を巡る対立へと変化していき、やがて依頼処を二分するほどにまで溝が深まってしまうのである。
そんな状況下、米助に接触を試みる人物がいた。
「このたびは、どのようなご用件で私をお呼びになったのでしょうか、秀長様」
その日、米助は羽柴秀長の招きを受けて、屋敷を訪れていた。
「呼んだのは他でもない。そなた、幕府に仕えぬか?」
「これはまた随分と唐突なお申し出ですね。私を幕臣にして、何をさせようというのですか?」
「新たに冒険者たちを取り仕切る奉行を置くことになったのだが、その役を任せたいのだ」
「取り仕切る奉行? それは、依頼処を幕府のものとするということでしょうか?」
米助は強い口調で問いただした。
「そうではない。冒険者たちが不埒なことをせんように取り締まったり、あくどい連中が依頼の斡旋を行えぬよう、幕府が認めたところにだけ商いの許可を与えるようにするのだ」
もっともらしいことを言っているが、要するに、幕府は営業の許認可権を握ることで、依頼処を間接的に支配しようという考えであった。
「なるほど、お話はわかりました。ですが、私には分不相応の役職ゆえ……」
依頼処を裏切るようなことはしたくない。そんな思いから、米助は即座に断ろうとした。
「まぁ、そう焦って決めることはない。もっとじっくり考えてみてはどうだ。……そういえば、依頼処は何やら揉めているらしいが、揉めているところに商いを任せるというのはなぁ……」
口調は穏やかだったが、言っていることには脅しが混じっていた。
「一晩考えさせてください」
「わかった。良き返事を期待しておるぞ」
秀長の屋敷を後にした米助は、依頼処へと戻り、仲間の職員たちと話し合った。
今のところ対立は深まるばかりで、解決の糸口すら掴めていない。このままいけば斉冬によって力ずくで排除されるか、もしくは依頼処ごと幕府に処断されてしまうことになる。
どちらにしても悲劇的な未来しか見えなかったので、議論の末、米助は幕府の力を借りて依頼処を改革することに決めた。
翌日、斉冬にやめることを告げた米助は、その足で秀長の屋敷を訪れた。
「冒険者奉行の件、謹んで受けさせていただきます」
ここに初代冒険者奉行、水樹米助が誕生した。
奉行になった米助は、早速依頼処改革に着手。手始めに行ったのが、斉冬の排除である。
ただ奉行とはいえ、直接依頼処の人事に関与することはできないので、運営状況に問題があるとの名目で、暗にそれを要求した。
当然ながら斉冬は反発したが、幕府相手に逆らうことはできず、悔しさを露わにしながらトップの座を退いた。
後任には米助が信頼していた冒険者が就き、そこを介して米助の思い描く改革が推し進められていくことになる。
また米助は、売り上げの二割を冥加金として幕府に納める代わりに、依頼処に対する直接的な介入を禁止させるなど、幕府と依頼処の間に立って奮闘した。
その甲斐もあって、依頼処は悲願であった冒険者ギルド連盟への加入を果たしたのである。
その後、米助は商人としての才覚を見込まれて、商業を担う商工奉行を兼務することになり、倭国の経済発展に大きく寄与した。そしてそれらの功績によって、大名に取り立てられたのだ。
さて、袂を分かつことになった米助と斉冬であるが、ひょんな形で二人の人生は再び交わることになる。
晩年、隠居した米助は陶芸に興味を持ち、とある陶芸家に弟子入りしたのだが、その陶芸家こそ、他ならぬ斉冬であった。
依頼処を追い出された斉冬は、現実逃避するかのごとく酒に溺れる日々を送っていたのだが、ある日酒場で陶芸家の鴈治郎と出会い意気投合、そのまま弟子になった。
そして厳しい修行を経て、見事陶芸家としての才能を開花させたのである。
二人はある大名が催した茶会の席で偶然再会することになるのだが、先に声をかけたのは斉冬であった。
時間の経過と陶芸家としての成功によって、米助に対する恨みは消し去られていたのである。
米助は、水小路家を裏切ってしまったことをずっと悔やんでおり、斉冬と和解できたことを大層喜んだという。
師弟となった二人の関係は良好そのもので、いがみ合っていた過去ですら、ひとつの思い出話として片付けてしまうほどであった。
そんな穏やかな余生を過ごした後、米助は六五歳でこの世を去る。
死の間際、米助は見舞いに訪れた斉冬から、涙ながらに感謝の言葉を告げられた。
「米助殿、私はあなたによって依頼処を追い出された。だがそのおかげで、私は自分のやりたいことを見つけることができ、こうやって楽しく過ごすことができたのだ。ありがとう」
米助が亡くなったのは、この三日後のことであった。
「……縁は異なもの味なものじゃないけど、こんな風に仲良くなるパターンもあるんだね」
読み終えたユノウは、ポツリとそんな感想を漏らしたのだった。
「……ふーん、なるほどねぇ」
「冒険者事始」を読んでいたユノウは、依頼処の歴史に興味を抱き始めていた。
創業者である水小路斉光が亡くなってからおよそ一〇〇年、依頼処のトップは、斉光の孫である斉典が務めていた。
「そろそろ、倅に後を譲らんとな」
この時、斉典は六三歳、息子の斉正は三六歳であった。
「ただ、あいつは冒険者としての腕はあるが、金勘定なんかはからっきしだからな。そこをどうにかせんと……」
冒険者の気持ちがわからなければ依頼処をまとめることはできない、という斉光の考えに基づき、後継者候補の人間は冒険者として活動することが慣例となっていた。
冒険者の気持ちを理解することが目的であったため、活動期間や目標番付のようなものは設定されておらず、当人や周囲が納得すれば、いつやめても構わなかった。
実際、斉典は二年ほどしか冒険者として活動していない。
対して斉正は、既に二〇年近く冒険者として活動しており、横綱にまで上り詰めていた。
「うーん……そうだ、米助だ。あいつは今、大陸で商人をやっているが、その前は冒険者だったからな。年も四〇と、斉正とそんなに変わらんし、あれを補佐役にしよう」
早速斉典は大陸にいる水樹米助のところへ使いを走らせた。ちなみに、米助と斉典は親戚同士である。
そして一ヶ月後、水小路邸の茶室で、二人は面会した。
「お久しぶりです」
米助が斉典と会うのは、実に二〇年ぶりのことである。
「久しぶりだな。まずは茶でも飲んでくれ」
斉典は慣れた手つきでお茶を点て、米助はそれをごくりと飲み干した。
「結構なお点前でした」
「さて、使いの者からも聞いておるだろうが、お主には番頭として、依頼処を取り仕切ってもらいたいのだ」
「はい。水小路家に連なる者として、依頼処のお役に立てるのであらば、この米助、謹んでお受けいたします」
これで斉典の悩みは解消されたはずであったが、なぜか表情がさえない。
「……実はな、斉正が死んだのだ」
「え……」
斉正の補佐をしてくれと言われていた米助にとって、予想だにしない展開だった。
「半月ほど前、依頼をこなしている最中に不覚をとってしまってな……」
「そうでしたか……」
「それで、儂の後は、斉正の嫡男である斉冬が継ぐことになった」
「あの、斉冬様はおいくつになられるのでしょうか?」
「一五だ」
「一五……」
米助は年齢を聞いて、一瞬表情を曇らせた。
「安心しろ、さすがに今すぐ継がせることはしない。とりあえずは儂のそばで色々と学ばせるつもりだ。だから、その時にちゃんと斉冬を補佐できるよう、取り計らっといてくれよ」
「わかりました」
こうして、米助は番頭として依頼処を取り仕切ることになったのである。
初めのうちは何も問題はなかったのだが、番頭になってから三年後、斉典の死とともに状況が変化し始めた。
特に大きかったのが、後を継いでトップに立った斉冬との関係悪化である。
立場としては斉冬の方が上であるが、経験とキャリアでは米助の方が上であるため、必然的に依頼処の運営は米助主導になっていく。
斉典は、依頼処がうまくいくのであればそれでも構わないという考えで、米助を補佐役に指名したのだが、当の斉冬からしてみればおもしろくない。
加えて斉冬には、冒険者として活動せずにトップに立ったという負い目があり、それを払しょくするために運営面で成果をあげたいという願望があったのだ。
それだけに、いちいち自分のやることに口を挟んでくる米助は邪魔な存在だった。
一方、米助はそれまで緩かったお金の管理や働き方を厳しくチェックするようになったため、一部の職員から反発を受けるようになっていた。
そのため、初めは単なる感情的な対立に過ぎなかったのだが、次第に運営方針を巡る対立へと変化していき、やがて依頼処を二分するほどにまで溝が深まってしまうのである。
そんな状況下、米助に接触を試みる人物がいた。
「このたびは、どのようなご用件で私をお呼びになったのでしょうか、秀長様」
その日、米助は羽柴秀長の招きを受けて、屋敷を訪れていた。
「呼んだのは他でもない。そなた、幕府に仕えぬか?」
「これはまた随分と唐突なお申し出ですね。私を幕臣にして、何をさせようというのですか?」
「新たに冒険者たちを取り仕切る奉行を置くことになったのだが、その役を任せたいのだ」
「取り仕切る奉行? それは、依頼処を幕府のものとするということでしょうか?」
米助は強い口調で問いただした。
「そうではない。冒険者たちが不埒なことをせんように取り締まったり、あくどい連中が依頼の斡旋を行えぬよう、幕府が認めたところにだけ商いの許可を与えるようにするのだ」
もっともらしいことを言っているが、要するに、幕府は営業の許認可権を握ることで、依頼処を間接的に支配しようという考えであった。
「なるほど、お話はわかりました。ですが、私には分不相応の役職ゆえ……」
依頼処を裏切るようなことはしたくない。そんな思いから、米助は即座に断ろうとした。
「まぁ、そう焦って決めることはない。もっとじっくり考えてみてはどうだ。……そういえば、依頼処は何やら揉めているらしいが、揉めているところに商いを任せるというのはなぁ……」
口調は穏やかだったが、言っていることには脅しが混じっていた。
「一晩考えさせてください」
「わかった。良き返事を期待しておるぞ」
秀長の屋敷を後にした米助は、依頼処へと戻り、仲間の職員たちと話し合った。
今のところ対立は深まるばかりで、解決の糸口すら掴めていない。このままいけば斉冬によって力ずくで排除されるか、もしくは依頼処ごと幕府に処断されてしまうことになる。
どちらにしても悲劇的な未来しか見えなかったので、議論の末、米助は幕府の力を借りて依頼処を改革することに決めた。
翌日、斉冬にやめることを告げた米助は、その足で秀長の屋敷を訪れた。
「冒険者奉行の件、謹んで受けさせていただきます」
ここに初代冒険者奉行、水樹米助が誕生した。
奉行になった米助は、早速依頼処改革に着手。手始めに行ったのが、斉冬の排除である。
ただ奉行とはいえ、直接依頼処の人事に関与することはできないので、運営状況に問題があるとの名目で、暗にそれを要求した。
当然ながら斉冬は反発したが、幕府相手に逆らうことはできず、悔しさを露わにしながらトップの座を退いた。
後任には米助が信頼していた冒険者が就き、そこを介して米助の思い描く改革が推し進められていくことになる。
また米助は、売り上げの二割を冥加金として幕府に納める代わりに、依頼処に対する直接的な介入を禁止させるなど、幕府と依頼処の間に立って奮闘した。
その甲斐もあって、依頼処は悲願であった冒険者ギルド連盟への加入を果たしたのである。
その後、米助は商人としての才覚を見込まれて、商業を担う商工奉行を兼務することになり、倭国の経済発展に大きく寄与した。そしてそれらの功績によって、大名に取り立てられたのだ。
さて、袂を分かつことになった米助と斉冬であるが、ひょんな形で二人の人生は再び交わることになる。
晩年、隠居した米助は陶芸に興味を持ち、とある陶芸家に弟子入りしたのだが、その陶芸家こそ、他ならぬ斉冬であった。
依頼処を追い出された斉冬は、現実逃避するかのごとく酒に溺れる日々を送っていたのだが、ある日酒場で陶芸家の鴈治郎と出会い意気投合、そのまま弟子になった。
そして厳しい修行を経て、見事陶芸家としての才能を開花させたのである。
二人はある大名が催した茶会の席で偶然再会することになるのだが、先に声をかけたのは斉冬であった。
時間の経過と陶芸家としての成功によって、米助に対する恨みは消し去られていたのである。
米助は、水小路家を裏切ってしまったことをずっと悔やんでおり、斉冬と和解できたことを大層喜んだという。
師弟となった二人の関係は良好そのもので、いがみ合っていた過去ですら、ひとつの思い出話として片付けてしまうほどであった。
そんな穏やかな余生を過ごした後、米助は六五歳でこの世を去る。
死の間際、米助は見舞いに訪れた斉冬から、涙ながらに感謝の言葉を告げられた。
「米助殿、私はあなたによって依頼処を追い出された。だがそのおかげで、私は自分のやりたいことを見つけることができ、こうやって楽しく過ごすことができたのだ。ありがとう」
米助が亡くなったのは、この三日後のことであった。
「……縁は異なもの味なものじゃないけど、こんな風に仲良くなるパターンもあるんだね」
読み終えたユノウは、ポツリとそんな感想を漏らしたのだった。
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