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第1章 北条家騒動
旅仲間
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翌日、辰巳たちは北条家所有の馬車で河越への帰路についた。
初めは行きと同じくヘリコプターで戻るつもりだったが、奈々の強い要望によって、馬車での移動となった。
「あたしも色々な馬車に乗ってきたけど、こういう畳敷きのやつは初めてだね。倭国の馬車はみんなこんな感じなの、奈々ちゃん」
ユノウが珍しがったように、馬車の中は畳が敷かれ、掛け軸を飾った床の間まであった。
「いえ、全部がこんな感じというわけではなくて、大陸の馬車のように椅子に座る種類のものも走ってますよ。今乗ってるような馬車は、俗に“倭馬車”と呼ばれていて、大名の方やお公家様がよく乗られています。それで椅子に座る方は、俗に“陸馬車”と呼ばれて、庶民の方々がよく乗っています」
「ふーん、つまり倭馬車は高級車ってことね。確かにこの馬車も、車輪や柱に黒漆が塗られていたり、細部に金箔が張られていたりと、見るからに造りが豪華だもの。まさに、お殿様専用車って感じ。吉右衛門さんも、こういう馬車によく乗ってたんですか?」
吉右衛門に対し、ユノウは正体が判明する前と同じような感じで接していた。
「ああ。基本、移動は倭馬車だったからな。そのせいで、冒険者になって初めて乗り合い馬車とやらに乗った時、つい癖で履物を脱いでしまってな、恥をかいたよ」
倭馬車は畳敷きなので、当然ながら土足厳禁である。そのため、必ず履物入れが備え付けられていた。
「そういう失敗ならあたしにもありますよ。昔、ある国で食事をした時、料理と一緒に水の入ったお椀が出てきたんですよ。飲み物かなって思って飲んだら、それ指先を洗うためのものだったんですよ。そのことをお店の人に教えられた時、恥ずかしくって顔から火が出そうでした」
「食事といえば、私も支払いで失敗したことがあってな。担ぎ屋台で蕎麦を食べた時、代金を小判で支払おうとしたら、店の主人に『お前さん金額わかってんのか? 一六文だぞ、一六文。そんなでけぇ金を出されたって、釣りなんかねぇよ』と、呆れられてしまって、慌てて両替に行くはめになってしまったんだ。それ以来、ちゃんと細かいお金も持ち歩くようになったんだよ。……奈々殿も、こういった失敗をしたことがおありかな?」
「失敗談、ですか? えっと……少々お待ちいただいてもよろしいでしょうか」
ユノウとは異なり、奈々は吉右衛門の正体が判明してから、明らかに接し方がぎこちなくなっていた。
「奈々殿、堅苦しくならずともよいと申したであろう」
吉右衛門は自身の正体がバレた後、辰巳たちに対して、今までどおり“冒険者の羽田吉右衛門”として接して欲しいとお願いしていた。
「申し訳ありません」
「いや、別に謝る必要はないのだが……。ところで、辰巳殿とユノウ殿はこれからどうするおつもりか?」
「これからですか?」
「貴殿たちはなかなかにおもしろい。叶うことなら、このまま一緒に旅をしてみたいと思うのだが、どうであろうか」
吉右衛門からの申し出を受けて、辰巳は考えた。
倭国を旅するにあたって、吉右衛門が仲間になることはメリットが非常に大きい。
能力や人となりについては言うまでもないが、大名や幕府に対して物を言うことができる点は、いざという時切り札になる。
なので、申し出を断るつもりはさらさらない。
ただ、一緒に旅するのであれば、自分たちの素性を明かす必要がある。でないと、元の世界へ戻る方法を探すのに支障が出る可能性があるからだ。
安易に明かして良いものかどうか、悩んだ辰巳がユノウに意見を求めたところ、「あたしたちの素性なんて、将軍に比べたら大したことないですよ。それに、どうせ話すことになるんですから、さっさと言っちゃた方が楽ですよ」と言われたので、明かすことに決めた。
「お答えする前に、俺たちのことについて、羽田さんにお話しておかなければならないことがあるんです」
辰巳は自分が別世界の人間であることや、ユノウとともに元の世界に戻る方法を探していることなど、すべてを洗いざらい話した。
「信じられないかもしれませんが、そういった事情があるということを理解してもらえるのであれば、一緒に旅をしても良いですよ」
辰巳はさすがに戸惑うだろうなと思ったが、幼き頃から数十年にわたって将軍職を務め、海千山千の公家や大名を相手にしてきただけのことはあって、肝の据わり方が違った。
「異世界から来た者と一緒に旅ができるとは、それだけでも冒険者になった甲斐があるというものだ。よろしく頼むぞ」
吉右衛門が旅の仲間に加わった。
「あの、私も同行してよろしいでしょうか」
今度は奈々が仲間に加わることを申し出た。
「え? まぁ、事情を理解してくれるのであればいいですけど、大丈夫ですか? その、お父さんとかは……」
あまり会話をする機会はなかったものの、辰巳は直孝に対して厳格な父親という印象を抱いていた。
「ご心配なく。父は私が冒険者になることをすんなり認めてくれましたので、辰巳さんたちと一緒に行くこともきっと認めてくれるはずです。もし反対されたとしても、絶対に説き伏せますので、どうかよろしくお願いします」
奈々がそう断言するのであれば、辰巳としては断る理由はない。
なぜなら、奈々には辰巳、ユノウ、吉右衛門の三人に欠如している“倭国の一般常識”というものがしっかりと備わっているからだ。
辰巳とユノウは言わずもがな、吉右衛門もその特異な生い立ちゆえ、庶民の一般常識には疎いところがあった。
その点、奈々は夏たちを通じて庶民の暮らしを知っており、また家老の娘なので、教養もしっかりと身についていた。
それは倭国を旅するにあたって、吉右衛門とは違った意味で心強いものである。
「わかりました。こちらこそ、よろしくお願いします」
これで馬車に乗っている五人の内、四人が旅の仲間となった。
この妙な流れを察したのか、残りの一人も意思表示をする。
「あ、私は行きませんから。ごめんなさい」
夏は辰巳に向かって断りを入れた。
「……う、うん」
複雑な表情を浮かべる辰巳。心境を例えるなら、告白していないのに、勝手に振られてしまった、といったところであろう。
ユノウはそれを見て、ニヤニヤしながら口を開く。
「辰巳さん、安心してください。あたしは一緒に旅しますから」
「当り前だろ。ちゃんと責任は取ってもらうからな」
果たして、この先どのようなことが待ち受けているのか、辰巳の旅は、始まったばかりである。
初めは行きと同じくヘリコプターで戻るつもりだったが、奈々の強い要望によって、馬車での移動となった。
「あたしも色々な馬車に乗ってきたけど、こういう畳敷きのやつは初めてだね。倭国の馬車はみんなこんな感じなの、奈々ちゃん」
ユノウが珍しがったように、馬車の中は畳が敷かれ、掛け軸を飾った床の間まであった。
「いえ、全部がこんな感じというわけではなくて、大陸の馬車のように椅子に座る種類のものも走ってますよ。今乗ってるような馬車は、俗に“倭馬車”と呼ばれていて、大名の方やお公家様がよく乗られています。それで椅子に座る方は、俗に“陸馬車”と呼ばれて、庶民の方々がよく乗っています」
「ふーん、つまり倭馬車は高級車ってことね。確かにこの馬車も、車輪や柱に黒漆が塗られていたり、細部に金箔が張られていたりと、見るからに造りが豪華だもの。まさに、お殿様専用車って感じ。吉右衛門さんも、こういう馬車によく乗ってたんですか?」
吉右衛門に対し、ユノウは正体が判明する前と同じような感じで接していた。
「ああ。基本、移動は倭馬車だったからな。そのせいで、冒険者になって初めて乗り合い馬車とやらに乗った時、つい癖で履物を脱いでしまってな、恥をかいたよ」
倭馬車は畳敷きなので、当然ながら土足厳禁である。そのため、必ず履物入れが備え付けられていた。
「そういう失敗ならあたしにもありますよ。昔、ある国で食事をした時、料理と一緒に水の入ったお椀が出てきたんですよ。飲み物かなって思って飲んだら、それ指先を洗うためのものだったんですよ。そのことをお店の人に教えられた時、恥ずかしくって顔から火が出そうでした」
「食事といえば、私も支払いで失敗したことがあってな。担ぎ屋台で蕎麦を食べた時、代金を小判で支払おうとしたら、店の主人に『お前さん金額わかってんのか? 一六文だぞ、一六文。そんなでけぇ金を出されたって、釣りなんかねぇよ』と、呆れられてしまって、慌てて両替に行くはめになってしまったんだ。それ以来、ちゃんと細かいお金も持ち歩くようになったんだよ。……奈々殿も、こういった失敗をしたことがおありかな?」
「失敗談、ですか? えっと……少々お待ちいただいてもよろしいでしょうか」
ユノウとは異なり、奈々は吉右衛門の正体が判明してから、明らかに接し方がぎこちなくなっていた。
「奈々殿、堅苦しくならずともよいと申したであろう」
吉右衛門は自身の正体がバレた後、辰巳たちに対して、今までどおり“冒険者の羽田吉右衛門”として接して欲しいとお願いしていた。
「申し訳ありません」
「いや、別に謝る必要はないのだが……。ところで、辰巳殿とユノウ殿はこれからどうするおつもりか?」
「これからですか?」
「貴殿たちはなかなかにおもしろい。叶うことなら、このまま一緒に旅をしてみたいと思うのだが、どうであろうか」
吉右衛門からの申し出を受けて、辰巳は考えた。
倭国を旅するにあたって、吉右衛門が仲間になることはメリットが非常に大きい。
能力や人となりについては言うまでもないが、大名や幕府に対して物を言うことができる点は、いざという時切り札になる。
なので、申し出を断るつもりはさらさらない。
ただ、一緒に旅するのであれば、自分たちの素性を明かす必要がある。でないと、元の世界へ戻る方法を探すのに支障が出る可能性があるからだ。
安易に明かして良いものかどうか、悩んだ辰巳がユノウに意見を求めたところ、「あたしたちの素性なんて、将軍に比べたら大したことないですよ。それに、どうせ話すことになるんですから、さっさと言っちゃた方が楽ですよ」と言われたので、明かすことに決めた。
「お答えする前に、俺たちのことについて、羽田さんにお話しておかなければならないことがあるんです」
辰巳は自分が別世界の人間であることや、ユノウとともに元の世界に戻る方法を探していることなど、すべてを洗いざらい話した。
「信じられないかもしれませんが、そういった事情があるということを理解してもらえるのであれば、一緒に旅をしても良いですよ」
辰巳はさすがに戸惑うだろうなと思ったが、幼き頃から数十年にわたって将軍職を務め、海千山千の公家や大名を相手にしてきただけのことはあって、肝の据わり方が違った。
「異世界から来た者と一緒に旅ができるとは、それだけでも冒険者になった甲斐があるというものだ。よろしく頼むぞ」
吉右衛門が旅の仲間に加わった。
「あの、私も同行してよろしいでしょうか」
今度は奈々が仲間に加わることを申し出た。
「え? まぁ、事情を理解してくれるのであればいいですけど、大丈夫ですか? その、お父さんとかは……」
あまり会話をする機会はなかったものの、辰巳は直孝に対して厳格な父親という印象を抱いていた。
「ご心配なく。父は私が冒険者になることをすんなり認めてくれましたので、辰巳さんたちと一緒に行くこともきっと認めてくれるはずです。もし反対されたとしても、絶対に説き伏せますので、どうかよろしくお願いします」
奈々がそう断言するのであれば、辰巳としては断る理由はない。
なぜなら、奈々には辰巳、ユノウ、吉右衛門の三人に欠如している“倭国の一般常識”というものがしっかりと備わっているからだ。
辰巳とユノウは言わずもがな、吉右衛門もその特異な生い立ちゆえ、庶民の一般常識には疎いところがあった。
その点、奈々は夏たちを通じて庶民の暮らしを知っており、また家老の娘なので、教養もしっかりと身についていた。
それは倭国を旅するにあたって、吉右衛門とは違った意味で心強いものである。
「わかりました。こちらこそ、よろしくお願いします」
これで馬車に乗っている五人の内、四人が旅の仲間となった。
この妙な流れを察したのか、残りの一人も意思表示をする。
「あ、私は行きませんから。ごめんなさい」
夏は辰巳に向かって断りを入れた。
「……う、うん」
複雑な表情を浮かべる辰巳。心境を例えるなら、告白していないのに、勝手に振られてしまった、といったところであろう。
ユノウはそれを見て、ニヤニヤしながら口を開く。
「辰巳さん、安心してください。あたしは一緒に旅しますから」
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