49 / 86
第1章 北条家騒動
芸への想い
しおりを挟む
「辰巳さん、なんか始まるみたいですよ」
「あ、本当だ。なんだろ、宴会の余興みたいに手品やダンスでもやるのかな?」
「大名の宴席ですからね、猿楽とかかもしれませんよ」
ワクワクしながら二人が見ているなか、三味線や鼓などといったお囃子の人たちが舞台の周りに並び、派手な着物を着た男の人が舞台に上がった。
「ご宴席半ばではございますが、ここで、高下駄舞踊をご披露させていただきます。私、高下駄舞踊家の森田八十助と申します。精一杯頑張らせていただきますので、どうぞ最後までお付き合いください」
八十助は挨拶を済ませると、用意していた漆塗りの高下駄を履き、そしてスタートを告げるかのように、手に持っていた扇子を勢いよく開いた。
「ハッ」
それを合図にお囃子が演奏を始め、八十助はタップダンスのように軽快に床を踏み鳴らしながら踊り始める。
「これ、『高坏』の発展版みたいな感じですね」
「たかつき? 大阪の?」
辰巳は酔っていた。
「違いますよ。歌舞伎の演目に『高坏』っていうのがあるんですけど、その中に下駄でタップダンスを踊る場面があるんです」
ユノウは筋金入りの歌舞伎ファンで、名優として知られる九代目市川團十郎や五代目尾上菊五郎の演技も直接見聞きしていた。
「あー、確かに言われてみればタップダンスだ。……まぁ、扇子がある分、舞の要素が大きいけどね」
お酒を飲みながら楽しげに舞踊を見ていた辰巳だったが、不意に寂しげな表情を浮かべた。
「あれ? どうしました?」
ユノウは辰巳の顔を覗き込んだ。
「!?」
酔っているせいか、いつもより色気が増しており、辰巳は思わずドキッとした。
「あ、今あたしの顔を見てドキッとしたでしょ」
「するわけないだろっ」
辰巳は誤魔化すように猪口に入った酒をグイっと飲んだ。
「ふふ……。で、なんであんな顔してたんですか?」
「……」
「言いたくないなら、無理に言わなくてもいいですよ。けど、一人で悩むより、誰かに話した方が気が楽になりますよ」
ユノウは優しく言うと、空になった辰巳の猪口に酒を注いだ。
「……俺さ、ずっと悩んでたんだよね。何をやっても親父や爺さんと比較されるからさ、それこそしゃべりは爺さんのようにやった方がいいだの、親父のようにもっと細部にこだわって紙を切れだのと、客や評論家から色々と言われるんだよ。そのうえテレビやラジオとかにちょこちょこ呼ばれるようになってきたら、今度は親の七光りだって陰口叩かれるようになるんだからさ、嫌になるよ。……だからこっちの世界に来て、純粋に実力だけで評価されたことがすげぇ嬉しかったんだよね」
「そうだったんですか」
辰巳の話を聞いて、ユノウが抱いて疑問がひとつ消えた。
その疑問とは、“地球に帰りたい”という意志の薄さである。
ユノウが色々とケアしているとはいえ、帰り方などの質問ぐらいはちょいちょいしてきそうなものだが、辰巳はそれすらほとんどしてこなかった。
ユノウは理由を聞いてみたかったが、下手に聞いてメンタルのバランスが崩れてしまっても困るので、ずっと我慢していたのだ。
「……たださぁ、芸人らしいことは全然やってないんだよねぇ……」
こちらの世界に来てから、紙切り自体は何度となくやっている。
が、そのほとんどは“冒険者”としてであり、“芸人”として紙切りをやったことは皆無であった。
加えて、奈々たちも辰巳のことを“芸人”として見ることはなく、“冒険者”として見るようになっていた。
辰巳はその辺りのことを少し寂しく思っていたが、決して口に出すことはなく、その気持ちを心の奥底にしまい込んでいた。
ところがお酒によって、しまい込んでいた場所の蓋が緩み始め、舞台上で舞踊を披露する八十助の姿を見たことをきっかけに、抑え込んでいた感情が漏れ出してしまったのだ。
「じゃあ、舞踊が終わったらあそこで紙切りをやりましょうよ。もちろん、あたしがお囃子をやりますから」
辰巳は猪口に入った酒を見つめながら考えた。
「うーん……やっぱやめとこう。酔った流れでやるのは、ちょっと違う気がするからさ。幸い、こっちにも演芸の文化はあるみたいだし、そのうち機会がやってくるんじゃないかな」
しゃべったことで少し気持ちが楽になったのか、辰巳の顔に笑みが戻っていた。
「あ、本当だ。なんだろ、宴会の余興みたいに手品やダンスでもやるのかな?」
「大名の宴席ですからね、猿楽とかかもしれませんよ」
ワクワクしながら二人が見ているなか、三味線や鼓などといったお囃子の人たちが舞台の周りに並び、派手な着物を着た男の人が舞台に上がった。
「ご宴席半ばではございますが、ここで、高下駄舞踊をご披露させていただきます。私、高下駄舞踊家の森田八十助と申します。精一杯頑張らせていただきますので、どうぞ最後までお付き合いください」
八十助は挨拶を済ませると、用意していた漆塗りの高下駄を履き、そしてスタートを告げるかのように、手に持っていた扇子を勢いよく開いた。
「ハッ」
それを合図にお囃子が演奏を始め、八十助はタップダンスのように軽快に床を踏み鳴らしながら踊り始める。
「これ、『高坏』の発展版みたいな感じですね」
「たかつき? 大阪の?」
辰巳は酔っていた。
「違いますよ。歌舞伎の演目に『高坏』っていうのがあるんですけど、その中に下駄でタップダンスを踊る場面があるんです」
ユノウは筋金入りの歌舞伎ファンで、名優として知られる九代目市川團十郎や五代目尾上菊五郎の演技も直接見聞きしていた。
「あー、確かに言われてみればタップダンスだ。……まぁ、扇子がある分、舞の要素が大きいけどね」
お酒を飲みながら楽しげに舞踊を見ていた辰巳だったが、不意に寂しげな表情を浮かべた。
「あれ? どうしました?」
ユノウは辰巳の顔を覗き込んだ。
「!?」
酔っているせいか、いつもより色気が増しており、辰巳は思わずドキッとした。
「あ、今あたしの顔を見てドキッとしたでしょ」
「するわけないだろっ」
辰巳は誤魔化すように猪口に入った酒をグイっと飲んだ。
「ふふ……。で、なんであんな顔してたんですか?」
「……」
「言いたくないなら、無理に言わなくてもいいですよ。けど、一人で悩むより、誰かに話した方が気が楽になりますよ」
ユノウは優しく言うと、空になった辰巳の猪口に酒を注いだ。
「……俺さ、ずっと悩んでたんだよね。何をやっても親父や爺さんと比較されるからさ、それこそしゃべりは爺さんのようにやった方がいいだの、親父のようにもっと細部にこだわって紙を切れだのと、客や評論家から色々と言われるんだよ。そのうえテレビやラジオとかにちょこちょこ呼ばれるようになってきたら、今度は親の七光りだって陰口叩かれるようになるんだからさ、嫌になるよ。……だからこっちの世界に来て、純粋に実力だけで評価されたことがすげぇ嬉しかったんだよね」
「そうだったんですか」
辰巳の話を聞いて、ユノウが抱いて疑問がひとつ消えた。
その疑問とは、“地球に帰りたい”という意志の薄さである。
ユノウが色々とケアしているとはいえ、帰り方などの質問ぐらいはちょいちょいしてきそうなものだが、辰巳はそれすらほとんどしてこなかった。
ユノウは理由を聞いてみたかったが、下手に聞いてメンタルのバランスが崩れてしまっても困るので、ずっと我慢していたのだ。
「……たださぁ、芸人らしいことは全然やってないんだよねぇ……」
こちらの世界に来てから、紙切り自体は何度となくやっている。
が、そのほとんどは“冒険者”としてであり、“芸人”として紙切りをやったことは皆無であった。
加えて、奈々たちも辰巳のことを“芸人”として見ることはなく、“冒険者”として見るようになっていた。
辰巳はその辺りのことを少し寂しく思っていたが、決して口に出すことはなく、その気持ちを心の奥底にしまい込んでいた。
ところがお酒によって、しまい込んでいた場所の蓋が緩み始め、舞台上で舞踊を披露する八十助の姿を見たことをきっかけに、抑え込んでいた感情が漏れ出してしまったのだ。
「じゃあ、舞踊が終わったらあそこで紙切りをやりましょうよ。もちろん、あたしがお囃子をやりますから」
辰巳は猪口に入った酒を見つめながら考えた。
「うーん……やっぱやめとこう。酔った流れでやるのは、ちょっと違う気がするからさ。幸い、こっちにも演芸の文化はあるみたいだし、そのうち機会がやってくるんじゃないかな」
しゃべったことで少し気持ちが楽になったのか、辰巳の顔に笑みが戻っていた。
0
あなたにおすすめの小説
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました!
【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】
皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました!
本当に、本当にありがとうございます!
皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。
市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です!
【作品紹介】
欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。
だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。
彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。
【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc.
その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。
欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。
気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる!
【書誌情報】
タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』
著者: よっしぃ
イラスト: 市丸きすけ 先生
出版社: アルファポリス
ご購入はこちらから:
Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/
楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/
【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞
第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過
復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞
ファミ通文庫大賞 一次選考通過
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―
ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」
前世、15歳で人生を終えたぼく。
目が覚めたら異世界の、5歳の王子様!
けど、人質として大国に送られた危ない身分。
そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。
「ぼく、このお話知ってる!!」
生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!?
このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!!
「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」
生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。
とにかく周りに気を使いまくって!
王子様たちは全力尊重!
侍女さんたちには迷惑かけない!
ひたすら頑張れ、ぼく!
――猶予は後10年。
原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない!
お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。
それでも、ぼくは諦めない。
だって、絶対の絶対に死にたくないからっ!
原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。
健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。
どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。
(全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)
神々の間では異世界転移がブームらしいです。
はぐれメタボ
ファンタジー
第1部《漆黒の少女》
楠木 優香は神様によって異世界に送られる事になった。
理由は『最近流行ってるから』
数々のチートを手にした優香は、ユウと名を変えて、薬師兼冒険者として異世界で生きる事を決める。
優しくて単純な少女の異世界冒険譚。
第2部 《精霊の紋章》
ユウの冒険の裏で、田舎の少年エリオは多くの仲間と共に、世界の命運を掛けた戦いに身を投じて行く事になる。
それは、英雄に憧れた少年の英雄譚。
第3部 《交錯する戦場》
各国が手を結び結成された人類連合と邪神を奉じる魔王に率いられた魔族軍による戦争が始まった。
人間と魔族、様々な意思と策謀が交錯する群像劇。
第4部 《新たなる神話》
戦争が終結し、邪神の討伐を残すのみとなった。
連合からの依頼を受けたユウは、援軍を率いて勇者の後を追い邪神の神殿を目指す。
それは、この世界で最も新しい神話。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活
空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。
最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。
――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に……
どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。
顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。
魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。
こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す――
※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる