「完結」熊さん!もう一杯

leon

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最終章:もう一杯、人生を

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12月の最終金曜、居酒屋「熊の隠れ家」はいつも以上の熱気で包まれていた。カウンターには焼き魚や唐揚げの大皿が並び、座敷には常連たちがギュウギュウに詰まっていた。店の外には「年忘れパーティー!」と書かれた手書きの看板が揺れ、赤提灯が冬の夜を温かく照らす。カウンターの向こうでは、クマさんこと熊五郎が、2メートルの巨体で鍋をかき混ぜていた。毛むくじゃらの腕でしゃもじを握る姿は、まるで山の料理王だ。
「オイ、皆! 腹減ってるか? 今夜は俺の特製キノコ鍋で、年をぶっ飛ばすぞ!」
クマさんが鍋の蓋をガンと開けると、キノコと鶏の香りが店中に広がった。常連たちが「うおー!」と声を上げ、グラスや徳利がカチャカチャ鳴った。
カウンターには佐藤健太がいた。28歳のサラリーマン。クマさんの励ましで仕事に挑み、先月のプレゼン成功を機に、自信を少しずつ取り戻している。今夜はネクタイを外し、ビールのグラスを握ってニコニコだ。隣には山田美咲、35歳のイラストレーター。新作イラストがクライアントに大ウケし、気分は絶好調。彼女は焼酎のロックを片手に、スケッチブックに「キノコ鍋パーティー」と書き殴っていた。
「健太、最近めっちゃ顔明るいね! 次のプレゼン、どんな獲物狙うの?」
美咲がペンを振りながら言うと、健太がグラスを掲げた。
「次は、クライアント全員立ち上がらせますよ! んで、部長に『佐藤、昇進だ!』って言わせたいっす!」
「ハハ、でっかい夢! いいぞ!」
クマさんが鍋をドンと叩き、健太の背中をバシンと叩いた。力強すぎて、健太はビールをこぼし、「クマさん、マジ痛いっす!」と笑った。
座敷の隅では、田中じいさんが日本酒の徳利を傾けていた。70歳の元漁師、クマさんの最古参仲間。今夜はいつもより上機嫌だ。
「ふん、健太のガキが昇進だと? 俺の若い頃はな、嵐の海でマグロの群れを一人で追いかけて、港に帰ったら町長が握手してきたぞ!」
「じいさん、毎度盛りがエグいな!」
クマさんが笑うと、常連たちが「マグロ何キロ!?」と野次を飛ばし、店が一気にカオスに。
その時、カウンターの端に藤井亮が座っていた。フリーライター、元「謎のスーツ男」。彼のルポ「熊の隠れ家:人生の味」が雑誌に掲載され、店に新しい客がチラホラ訪れるようになった。今夜はノートを手に、静かにウイスキーを飲んでいる。
「藤井、ルポの次は何だ? 俺のキノコ鍋、書くか?」
クマさんがニヤリと笑うと、藤井が小さく微笑んだ。
「鍋もいいが、今日のこの騒ぎを書きたい。君の店は、人が夢を盛る場所だ」
「ハハ、物書きは口が上手い! よし、鍋をおかわりしろ!」
クマさんが藤井の前にキノコ鍋をドンと置くと、常連たちが「藤井さん、食え!」と拍手した。
パーティーの盛り上がりに、美咲がスケッチブックを掲げた。
「皆、聞いて! 私、新作イラストで子供向け絵本の仕事ゲットしたよ! クマさん、モデルになってね!」
「ハハ、俺が絵本!? 蜂に刺されるシーン入れるか?」
クマさんが胸を叩くと、美咲が「それ、めっちゃワクワク!」とペンを走らせた。健太が「クマさん、絵本デビュー!」と笑い、じいさんが「俺のマグロも載せろ!」と徳利を振り回した。
健太がビールを飲み干し、ふとクマさんに目を向けた。
「クマさん、なんでこの店、こんなに特別なんすか? 俺、仕事で失敗しても、ここ来るとまた頑張れる。魔法でも使ってる?」
その言葉に、店内の笑い声が少し静まった。美咲が「ほんと、それ! 私も締め切り地獄から復活したし」と頷き、じいさんが「ふん、クマの若造の秘密だな」と徳利を置いた。藤井までノートを閉じ、クマさんを見た。
クマさんが鍋をかき混ぜる手を止め、遠くを見るような目をした。
「魔法、か。まぁ、昔の話だ。山にいた頃、俺はハチミツ追いかけてた。だが、ある日、でっかい蜂の巣を狙って崖から落ちちまってな。体ボロボロで、動けねえ。そしたら、近くの村の爺さんが俺を助けてくれた。人間だ。そいつ、怪我した俺に酒を飲ませて、こう言ったんだ。『熊よ、生きるってのは、誰かと分かち合うことだ』ってな」
店内がシンと静まり、常連たちがクマさんの声に耳を傾けた。
「その爺さん、俺を山に帰した後、死んじまった。俺は思った。ハチミツも酒も、一人で食うより、皆で笑いながらの方がウマい。で、俺は人間界に来て、この店を開いた。皆が夢を盛って、笑って、立ち上がる場所にしたかったんだ」
健太が「クマさん……」と呟き、美咲がスケッチブックに涙のマークを追加した。じいさんが「ふん、だから俺と意気投合したんだな」と笑い、藤井がノートにサラサラとペンを走らせた。
「魔法じゃねえ。皆の笑顔が、この店の味だ。健太、美咲、じいさん、藤井……お前らがいるから、俺は毎晩鍋をかき混ぜるんだ」
クマさんの声は、ゴツい見た目と裏腹に、どこか優しかった。常連たちが「クマさん!」と声を揃え、グラスや徳利を掲げた。
美咲が立ち上がり、スケッチブックを高く掲げた。
「クマさん、皆、聞いて! 私、絵本の主人公、クマさんにする! タイトルは『熊の隠れ家』! 絶対ヒットさせるよ!」
「ハハ、俺がヒーローか! 蜂に刺されるシーン、忘れんな!」
クマさんが笑うと、健太が「俺、絵本買います!」と叫び、じいさんが「マグロの脇役もな!」と野次を飛ばした。
藤井がウイスキーを飲み干し、静かに言った。
「熊五郎、ルポの続編を書く。次は、このパーティーの物語だ」
「ハハ、藤井、気合い入ってるな! よし、鍋食って書け!」
クマさんが藤井の背中をバシンと叩くと、藤井が「ぐっ」とよろけた。常連たちが「藤井、潰される!」と笑い、店がまた熱気に包まれた。
健太がグラスを握り、クマさんに目を向けた。
「クマさん、俺、来年はもっとでっかい夢盛ります。昇進だけじゃなく、いつか自分の企画で会社動かしたいっす!」
「ハハ、健太、いい目だ! それが山の魂だ!」
クマさんが鍋をドンと叩き、じいさんが「海の魂もな!」と徳利を掲げた。
パーティーは夜更けまで続き、キノコ鍋は空になり、グラスや徳利がカチャカチャ鳴った。美咲のスケッチブックはクマさんや常連の絵で埋まり、藤井のノートは新しい物語で膨らんだ。じいさんの昔話はマグロからクジラに進化し、健太の笑顔はビールよりキラキラしていた。
クマさんがカウンターで鍋を洗いながら、常連たちを見回した。
「さて、皆! 来年もこの店で、夢を盛って騒ぐぞ! 腹減ったら、いつでも来い!」
常連たちが「クマさん、最高!」と声を揃え、赤提灯がゆらりと揺れた。
店の外、冬の夜空に星が瞬く。クマさんが鍋を片付け、ふと呟いた。
「爺さん、俺、ちゃんと分かち合えてるかな?」
誰もいないカウンターに、笑顔のエコーが響いた。
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