「完結」熊さん!もう一杯

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第四話:金曜の謎男

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金曜の夜、居酒屋「熊の隠れ家」は週末の活気で溢れていた。カウンターには焼き魚の香りが立ち込め、座敷では常連の笑い声が響く。赤提灯の光が、まるで店の心臓のように脈打っていた。カウンターの向こうでは、クマさんこと熊五郎が、毛むくじゃらの腕で大皿に焼きそばを盛り付けていた。2メートルの巨体がエプロンを揺らし、爪でフライパンをガリッと擦る音が、店のBGMに混じる。
「オイ、健太! 今日のプレゼン、どうだった? 獲物、捕まえたか?」
クマさんが健太に目をやり、ニヤリと笑った。佐藤健太、28歳のサラリーマン。クマさんの「特訓」(主に酒と励まし)を受けて、仕事に挑んでいる。今夜は珍しく、スーツのネクタイが少し緩めで、どこか晴れやかな顔だ。
「クマさん、聞いてくださいよ! 今日のプレゼン……クライアントが『これは面白い!』って! 立ち上がって拍手、まではいかなかったっすけど、初めて『佐藤、よくやった』って言われたんです!」
健太がビールのグラスを掲げると、カウンターの山田美咲が「マジ!? 健太、すげえ!」と焼酎のグラスをカチンと合わせた。35歳のイラストレーター、美咲は新しいイラストの依頼を勝ち取り、気分上々だ。
「ふん、健太のガキがやったか! 俺の若い頃はな、港でマグロ100キロを一人で引き上げて、船員全員が拍手したぞ!」
座敷の田中じいさんが日本酒の徳利を振り、いつもの「盛り話」を始めた。70歳の元漁師、クマさんの最古参仲間だ。クマさんが「じいさん、また盛ってる!」と笑うと、店内が一気に賑やかになった。
「よし、健太の勝利を祝うぞ! 今夜は俺の特製焼きそば、腹いっぱい食え!」
クマさんがドンと大皿を置き、常連たちが「うおー!」と声を上げた。焼きそばの焦げた香りが、店の温かさを一層引き立てる。美咲がスケッチブックに「健太の勝利」と書き、クマさんが焼きそばを頬張る絵をササッと描いた。
だが、その夜の主役は健太だけじゃなかった。店の引き戸がスッと開き、いつものスーツ男が現れた。無表情、年齢不詳。毎週金曜に現れ、ウイスキーを飲んで去る謎の客。先週、カウンターに置き忘れたノートが、クマさんたちの想像(スパイ、忍者、宇宙人)を掻き立てていた。
「お、来た! ウイスキー、ロックだな?」
クマさんが声をかけると、男は小さく頷き、カウンターの端に座った。だが、今日は様子が違う。男はノートを手に持ち、クマさんに目を向けた。
「熊五郎さん、だな?」
低い声で男が言うと、店内の空気がピリッと変わった。健太が「え、クマさんのフルネーム!?」とビールをこぼし、美咲が「マジ!? 知り合い!?」とスケッチブックを握り潰しそうになった。じいさんまで徳利を置き、「む、なんだアイツ」と目を細めた。
「ハハ、名前を知ってるってことは、ただの酒飲みじゃねえな! スパイか? それとも……税務署!?」
クマさんが冗談めかして笑うも、目は少し真剣だ。男は小さく首を振った。
「スパイでも税務署でもない。俺は……ただの物書きだ。名前は藤井亮。食のルポを書いてる」
男、藤井が名刺を差し出すと、クマさんがゴツい爪で受け取った。名刺には「フリーライター 藤井亮」とシンプルに書かれている。健太が「物書き!? めっちゃ普通!」と拍子抜けし、美咲が「いや、絶対裏がある!」とスケッチブックに「謎のライター」とメモした。
「物書き、か。で、俺に何の用だ? 焼きそばのレシピでも書く気か?」
クマさんがフライパンをガンと叩くと、藤井がノートを開いた。そこには、先週見た「山の秘密、隠された味」の走り書きに加え、クマさんの店のメニューや客の会話が細かくメモされていた。
「この店、特別だ。料理の味も、客の笑顔も、全部が物語になってる。特に、君のハチミツの話。山で酒と出会ったって本当か?」
藤井の目がキラリと光る。クマさんが「ハハ、物書きは鼻がいいな!」と笑うも、常連たちはざわついた。
「クマさんの過去、知ってる!? スパイじゃなくて、記者だった!?」
健太が興奮すると、美咲が「ルポライター、かっこいい! でも、ちょっと怖い!」とスケッチブックに藤井の肖像をガリガリ描いた。じいさんが「ふん、俺のマグロの話も書けよ!」と徳利を掲げ、店はまたカオスに。
クマさんが焼きそばを盛り付けながら、遠くを見るような目をした。
「ハチミツの話、か。まぁ、本当だ。山で腹減って、蜂の巣を狙ってた時、たまたま人間のキャンプに迷い込んだ。そしたら、酒ってモンを飲まされてな。ウマくて、楽しくて、気づいたら人間の言葉を覚えてた。それから、俺は思ったんだ。こんな楽しいモンを、いろんな奴と分かち合いたいってな」
「それで居酒屋!? クマさん、めっちゃロマンチック!」
美咲が目を輝かせ、健太が「いや、でも、なんで人間界に? 熊のままじゃダメだったんですか?」と尋ねた。クマさんの目が一瞬だけ曇った。
「山はな、静かでいい。だが、寂しい。ハチミツ食っても、誰かと笑い合えなきゃ、味が半分なんだ。人間界はゴチャゴチャしてるが、こうやって皆で騒げる。それが、俺の獲物だ」
クマさんの声は、ゴツい見た目と裏腹に、どこか切なかった。健太が「クマさん……」と呟き、美咲がスケッチブックに涙のマークを追加した。
藤井がノートにサラサラとペンを走らせ、静かに言った。
「その話、書かせてくれ。君の店は、ただの居酒屋じゃない。人が生きる力を取り戻す場所だ」
「ハハ、物書きは口が上手いな! 書くのは勝手だが、俺のハチミツの秘密は、まだ教えねえぞ!」
クマさんがウィンク(に見える目パチ)すると、店内に笑い声が響いた。
健太がビールを飲み干し、藤井に目を向けた。
「藤井さん、なんでこの店に来たんですか? ルポなら、もっと有名な店とかあるでしょ?」
藤井はウイスキーを一口飲み、静かに答えた。
「有名な店は、味はいいが、物語がない。この店には、君たちの笑顔がある。失敗しても、締め切りで叫んでも、昔話を盛っても、皆がまた立ち上がる。それを書きたかった」
藤井の言葉に、常連たちは一瞬言葉を失った。美咲が「やばい、泣ける!」とスケッチブックを閉じ、じいさんが「ふん、悪くねえ」と徳利を傾けた。
「ハハ、藤井、いい奴だな! よし、今夜は焼きそばおかわり無料だ! 皆、食って騒げ!」
クマさんが大皿をドンと置き、店はパーティー会場と化した。健太が「クマさん、最高!」と叫び、美咲が「藤井さん、ルポに私も載せて!」とスケッチブックを掲げ、じいさんが「マグロの話、忘れんなよ!」と笑った。
藤井がノートを閉じ、ウイスキーを飲み干した。
「熊五郎、店を続けてくれ。この物語、俺がちゃんと書く」
「ハハ、任せとけ! まぁ、藤井、まずは腹いっぱい食え!」
クマさんが焼きそばを藤井の前にドンと置くと、男は小さく微笑んだ。初めて見る藤井の笑顔に、健太が「スパイ、じゃなくて、いい人だった!」と笑った。
店の赤提灯が揺れ、焼きそばの香りと笑い声が夜を包んだ。クマさんがフライパンを握り、常連たちを見回した。
「さて、健太! 次の獲物は何だ? もっとデカい拍手、狙うか?」
健太がグラスを掲げ、目を輝かせた。
「次は、クライアント全員立ち上がらせます! クマさん、特訓続けてください!」
「ハハ、よし! 皆、もっと騒げ! 夜はまだ長いぞ!」
今日もクマさんの声が居酒屋に暖かく響く。
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