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幕末妖怪の章

初詣

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文久三年九月二十五日、壬生浪士組は隊名を新選組と改めた。
その翌日、長州藩の間者だった三名が粛清されたと後で雛妃と知世は知った。
文久三年十月、冬の寒さも本格的になって来た頃、新選組は大阪の呉服商の岩城升屋に押し入った不逞浪士を撃退。
12月に入ると新選組隊士副長助勤であった野口健司が切腹となった。
少し暗い気持ちのままの雛妃と知世は町に出ていた。
護衛には山崎と斎藤、原田が付いている。

「寒いですわね?」

「うん、でも初詣は行きたいじゃない?」
たわいのない会話をしている雛妃と知世の背後では無言の攻防が行われていた。
知世の後ろには原田が付いているが、斎藤と山崎が雛妃の後ろで揉み合っていた。

「斎藤さん、少し退いて下さい。」

「何故だ。」

「私は雛妃殿と知世殿の護衛なのです。」

「雛妃の護衛は問題ない、俺が居る。」
二人の間にバチバチと火花が散るのを原田は呆れた顔で見ていた。
そんな事は知らない雛妃と知世はどんなお守りを買うとか屋台で何が食べたいなど呑気に話していた。
着いたのは小さな神社だがかなり賑わっていた。

「うわ!凄い人だね?」

「雛妃迷子になってはいけませんわよ?」

「分かってるよぉ。」
後ろの三人は絶対迷子になると不安が過ぎった。

「なぁ、雛妃から目離すなよ?」
こっそりと原田が斎藤と山崎に呟いた。

「分かっている。」

「承知しました。」
斎藤と山崎は頷いた。
神社の参道は人が犇めき、参道の脇には屋台の様な物が沢山ある。
現代のお祭りの様な感じだ。

「これは中々お参り出来そうに無いですわね…。」

「うん…でもこっちに来てから初めての初詣だからお参りはしたいよね。」

「兎に角並びましょう。」

「うん、そうだね!」
雛妃と知世は長い列に並んだ。
少しづつ進む列に流される様に進んで行くと雛妃の巾着がひったくられてしまった。

「あっ!待ちなさい!!」

「えっ?雛妃?」

「雛妃!!」

「雛妃殿!!」

「おい雛妃!!」
知世と斎藤達は慌てた。
雛妃の足の速さは折り紙付き、あっと言う間に人混みに紛れ見えなくなってしまった。

「原田さんは知世殿に付いていて下さい!!」
山崎は既に走り出している斎藤の後を追って行った。

「原田さん、雛妃は大丈夫でしょうか?」

「あ、あぁ…あいつらも付いてるし、雛妃は雛妃で強いからな。大丈夫だろう。」
知世は雛妃が消えて行った方を見ながら眉を下げた。
その頃、雛妃の後を追って行った斎藤と山崎は完全に雛妃を見失い途方に暮れていた。

「こうなれば妖力を…」

「待て、山崎。こんな人の往来では不味い。」

「ならば雛妃殿に何かあったらどうするのですか?!」

「落ち着け、使うなとは言っていない。人目につかない所に移動するぞ。」

「なるほど、分かりました。」
その頃雛妃は引ったくり犯を容赦なく追い立てていた。

「待なさァァァァい!!」

「ひぃぃ!!何なんだあの嬢ちゃんは!!」
引ったくり犯も半泣きで雛妃から逃げていた。

「私の巾着返しなさい!!」
雛妃は更に加速して飛び上がった。
見事に引ったくり犯に飛び蹴りをかました雛妃は引ったくり犯の前に仁王立ちした。

「さぁ、堪忍しなさい!!」

「ひぃぃ!!すまねえ!出来心なんだ!!」
両手を擦り合わせて頭を下げる男を雛妃は冷たく見下ろした。

「皆そうに言うのよ?」

「違げえ、本当に出来心だったんだ!!病のお母に産後の肥立ちが悪い妻に…美味いものも食わしちゃやれねえ…ましてや薬なんてとてもじゃねえが高くて買っちゃやれねんだ。お母ももう長くはねえ、これが最後の年越しになるかもしれねえ、最後くれえ美味いものを食わしてやりたかったんだよ!!済まねえ!!」
雛妃は溜息を吐いた。

「はぁ、貴方名前は?」

「へっ?平八郎でさ。」

「そう、平八郎さん。貴方の家に案内して頂戴。」

「はっ?!」

「だから、貴方の家よ。」

「はぁ…分かりやした。」
こうして雛妃は平八郎の家に行く事になった。
既に雛妃は初詣の事などすっかり忘れていた。

「ここでさぁ。」
暫く歩くと長屋が続く所に案内された。
長屋と言っても壁には穴が開いているし、玄関の障子はボロボロだ。

「はぁちゃん…見てるんでしょ?出てきて。」
平八郎は独り言を言い出した雛妃を不思議そうに見ていた。

「気付いていたのか?」
暗闇からスっと現れた斎藤と山崎に平八郎は腰を抜かした。

「何となくね、所ではぁちゃんお金幾ら持ってる?私これしか持ってないのよ。」
雛妃は小判1枚と小銭を出した。

「雛妃が欲しいだけ出そう。」
涼しい顔でそんな事を言う斎藤に山崎は顔を引き攣らせた。
そんなやり取りを平八郎は呆然と眺めていた。

「なら薬が買えて、お医者さんに診て貰えて…あっ!二人分ね。後は…もっと良い長屋に引越し出来て…平八郎さん赤ちゃんは?」
平八郎は眉を下げた。

「…死にました。」

「そう…なら家族三人が一年は生活出来る位のお金が欲しいわ。」

「分かった、用意しよう。」

「ちょと斎藤さん!!そんな簡単に…」

「雛妃が必要だと言っている。それに雛妃の頼みだ。」
山崎はこの人は相当雛妃にやられているのだと思った。
自分はまだまだだと。

「ちょ、ちょっと待ってくだせえ!見ず知らずのしかも…あんな事をした俺にそこまでして貰う訳には…」

「良いの?」

「へっ?」

「後悔しても良いの?お母さん、良くなるかもしれないわよ?奥さんだってちゃんとお医者さんに診て貰えばまた赤ちゃんにだって会えるかもしれないのよ?良いの?」
平八郎は下唇を噛み締めた。
目には一杯に涙を溜めて、鼻水まで垂らしている。

「本当に…良いんですかい?こんなあっしに…」

「良いのよ、ねえはぁちゃん。」

「あぁ、雛妃が良いなら良い。」

「ありがてえ…ありがてえ…」

「私は原田さんと知世殿に報告に行ってきます。」

「あっ!初詣の途中だった!!山崎さん知世ちゃんに謝っておいて。」

「分かりました、では…」
山崎はシュッと消えた。

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