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幕末妖怪の章

平八郎

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山崎を見送ると雛妃は平八郎の案内で家に入って絶句した。

「何よ…これ…」
そんな雛姫に斎藤は耳打ちする。

「雛妃、貧しい者の家はこれが普通だ。」
雛妃はそれを聞いて更に絶句した。
6畳一間そこには母親と妻が寝かされていた。
後は土間があり小さな竈ある。

「今日はもう夜も遅い、雛妃明日また改めて訪ねよう。それに一度帰った方が資金が増えるぞ?」

「なるほど!そうね、一度帰りましょう。平八郎さん明日の朝また来るわ。お医者さんも連れてくるからそしたら引越しの準備よ。」

「へ、へえ…分かりやした。」
未だに付いて来れていない平八郎を置いて雛妃と斎藤は長屋を後にした。
屯所に帰るとまず雛妃は原田と知世に謝り事情を話した。
その後、近藤と土方に金を出せと詰め寄ったのだった。

「はぁちゃんから聞いて知ってるんだからね、沢山持ってるって。さぁ出して必要なの。」

「何で俺がその平八郎って奴の為に金を出さなきゃならねえ。」

「そう…困ってる私の友達の平八郎さんを見捨てるのね?武士ってそんな者だったのね?良いわ、私とはぁちゃんで何とかするから。」
ふんっと踵を返した雛妃を近藤と土方は引き止めた。
後ろを向いている雛妃がニヤリと笑ったとも知らず。

「そこまで言われちゃ出さねえ訳には行かねえな。武士に二言はねえ!」

「はははっ!私も出すよ。」
近藤はニコニコしながら土方を横目に見た。

「ちっ!」

「わぁーありがとー!」
近藤と土方からもたんまり巻き上げた雛妃は斎藤と共に医者を連れて明朝平八郎の元へ訪れた。
本当に来た雛妃達を見た平八郎は腰を抜かす程驚いた。
まさか本当に来るとは思ってもいなかったそうだ。

「どうですか先生?」

「うむ、母親の方はこの薬を飲ませてしっかり食事を摂らせれば大丈夫じゃろう。奥方は精神的な物の方が大きい様じゃな?薬は出しておく、しかし精神面を支えるのは平八郎お前の仕事じゃ。」

「わ、分かりやしたありがてえ!先生ありがとうごぜえやした!!」

「うむ。お大事にな。」
そう言っておじいちゃん先生は帰って行った。
平八郎はずっと姿が見えなくなるなで両手を擦り合わせて拝んでいた。

「さぁ、平八郎さんお引越しするわよ!」

「へっ?あの話本気だったのかい?」

「本気も本気、大本気よ!奥さんとお母さんの為にも生活環境を整えないといけないわ!」

「しかし…オラにそんな金は…」

「それなら大丈夫、心配要らないわ。有り余ってる人達からたっぷり貰ってるから、因みにこの斎藤さんも出してくれたのよ。」

「そんな…良いんですかい?」
斎藤は平八郎を見て溜息を吐く。

「雛妃の頼みだ、断る理由が無い。」
そんな無表情の斎藤に平八郎は感謝と共に苦笑いを漏らした。

「惚れた弱みって奴ですかね?」
平八郎は誰にも聞こえない様に呟いた。

「先ずは荷物を纏めましょう。平八郎さん必要な物を集めて頂戴。」

「へい、分かりやした。」
平八郎の家には殆ど家具等は無く、持っていく物と言えば鍋やらお櫃に茶碗や湯呑みなどだった。

「これだけ?」
集められた物を見て雛妃は目を丸くした。
マジで生活用品だけ…

「これだけでさあ、しかし…おっかあと嫁は動けねえ。どうやって…」

「それについても問題ないわ。助っ人を頼んでおいたから。」
雛妃はお金を出さない代わりに引越しの手伝いをする事を平助、原田、永倉、沖田に約束させていた。
四人はまだかなり若い妖怪らしくあまり資産が無いのだとか。

「はぁ…」
平八郎はさっぱり意味が分からず雛妃の言われるままに動いた。
準備が整うと雛妃は何故か天を仰ぎ声を掛けた。

「へーちゃーん達ー!!後はお願いねー!!さぁ、私達は新しいお家に行きましょう。」

「へっ?」

「さぁ、早く早く!」
雛妃は戸惑う平八郎の背中をグイグイ押してボロボロの長屋を後にした。
雛妃達が居なくなると平助達が現れ妖術で平八郎の母親と嫁を新しい家に一瞬で運んだ。

「これで良いんだよな?」

「いいんじゃないの?雛妃の言う通り運んだんだし。」

「まぁ、俺達の仕事はこれで終わりだな。」

「鍋とかはここで良いんだよな?」

「ほらそろそろ雛妃達が来るんじゃないの?俺達は帰ろう。」
原田に言われ平助達は新しい長屋を後にした。
新しい長屋に着いた平八郎はまた腰を抜かす程驚く事となる。

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