四人の魔族とおいしい私

片茹で卵

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赤い髪の魔族1

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 私がお屋敷で暮らし始めてから十日が経った。それは翻弄されるばかりだった最初の二日間に比べると、驚くほど穏やかな日々だった。

 朝起きて、身支度をして、ロガさんの朝ごはんを食べて学校へ向かう。家に帰ったらお風呂に入って、夕ごはんを食べて、本を読んだり宿題をしたりしてベッドに入る。

 柔らかいソファに座ってお茶を飲むこともあれば、庭の手入れや料理の仕込みを手伝うこともある。休みの日は映画の配信を見たり買い物に出かけたりして、お父さんお母さんともこまめに連絡を取った。

 特別なことは起こらないけれど、大切な時間が積み重なっていく平和な毎日。男の人、それも別の世界から来た人達と一緒に生活しているのにリラックスして過ごせるのは、周りが良くしてくれるからだと思う。

 いつも私を気遣って、何か困ったことがないか聞いてくれるヤケイさん。相変わらず無愛想だけど親切で、最近は昼のお弁当まで持たせてくれるロガさん。

 そして。

「律香ちゃん、今日ロガいないから朝飯買いに行かない?」

 軽快なノックと、明るくはきはきした声。お休みをいいことにベッドでごろごろしていた私が寝癖を押さえながら扉を開くと、緩くパーマのかかった赤い髪が見えた。

「いいパン屋見つけてさ、散歩がてらどうかなって」

 光に透ける茶色の瞳が、親しげに細められる。薄い唇から覗く、白く整った歯列。

 気さくな笑みを浮かべて立っていたのは、ちょうど頭の中で思い浮かべていた人。私が出会った三人目の魔族、イスラさんだった。




 夜の繁華街にいそう。初めて会った日にそんな印象を抱いたイスラさんは、実際のところ私の想像をはるかに超えて人間社会を満喫していた。

 SNSで人気のお店から穴場みたいなところまで飲食店に詳しくて、仕事で遠出するたびにお酒と観光を楽しんで、時には夜ふらっと出て行って明け方に戻ってくる魔族。
 楽しいことが好きで、だから以前から人間の世界で暮らしているのだというイスラさんは何かと私を構ってくれて、時にはこんな風に二人で出かけることもあった。

「あんなところにお店があるなんて知りませんでした」
「こっちの方は来る機会がないからね。次はもう少し向こうのほうにも行ってみない? 今日は定休日なんだけど、近くにコーヒーの専門店があるから」
「はい、ぜひ! 私も見てみたいです」

 まだあたたかい袋を持って、ひと気の少ない通りを歩く。私に歩調を合わせて歩いてくれるイスラさんは、今日は私の知らないバンドのTシャツを着ていた。ふらっと見に行ったら良かったから記念に買ったらしい。

「来週は仕事で何日か空けないといけないんだけど、予定詰まってるから近く見て回ったりもできないんだよね、つまらないなあ」
「お疲れさまです。あの、気をつけてくださいね」
「ありがと、そんなこと言ってくれるの律香ちゃんだけだよ」

 モデルさんみたいに整った顔に微笑まれると、なんだかくすぐったい気持ちになる。学校でもあんまり男子と話さない私にとってイスラさんの距離感は少し気後れするものだったけど、一緒に買い物に行ったり知らない場所を見たりするのは非日常感があって楽しかった。

(――ロガさんには「あいつのことは信用するな」って言われたけど)

 あの日から不用意に人に触ったりはしていないし、指輪も肌身離さず身につけている。私さえ気をつけていれば、もうあんなことは起きないはず。

(思い出すと今もちょっと、かなり恥ずかしいけど、ロガさんとまた普通に話せるようになって良かった)

 そんなことを考えながら横断歩道を渡って角を曲がると、お屋敷の屋根が見えてきた。いつの間にか見慣れたコウモリの風見鶏が朝の光を浴びてきらきら輝いている。

「そういえば、きみも来週テストがあるって言ってなかったっけ」

 隣を歩くイスラさんが、さりげなく顔を近づけて薄い唇を開く。

「はい、数学の小テストが。苦手な科目だから頑張ります」
「人間の学校のことはよく知らないけど、結構勉強しないといけないんでしょ。えらいね、ただでさえ慣れないところに来て苦労してるのに」
「そんなこと……皆さん良くして下さるので」

 優しい人ばかりで良かったです。
 そう言うと、イスラさんは私が冗談でも言ったように切れ長の目を丸くして、でもすぐに柔らかい笑みを浮かべた。

「僕も、律香ちゃんが来てくれて良かったと思ってるよ」

 指の長い手が撫でるように背中に触れる。これからもよろしくねと細められた茶色の瞳は、明るい場所に立っているせいかいつもより赤みが強く見えた。
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