1 / 5
麻央と魔王
しおりを挟む
「──サマ……」
美しく、澄んだ声。
「マオ……サマ……」
誰かが私を呼んでいる。私のことを『様』って付けて呼んでいる。
「マオ……様、マオ……ウ様……」
目を開けると、ひとりの白い女の人がいた。心配そうな顔で私を下から見上げている。絶世の美女といってもいいぐらいの整った顔立ち。
嫉妬しちゃうぐらい綺麗なんだけど、この女の人なんか変だよ……?
死人のように真っ白な肌、血のように真っ赤な瞳……それになんなの、この露出度は。
その女は大事なところがギリギリ隠れるくらいの際どい水着のような服を着ていた。
私と目が合うと、その女は白い頰を少しだけ赤らめ、ピンク色の妖艶な唇を動かした。
「さあ、進軍の号令を。配下の者が今か今かと待ち望んでおります」
女の後ろに目をやると、そこには見たこともないおぞましい光景があった。
視界の端から端まで悪魔、魔物、怪物、妖怪、幽霊……古今東西のありとあらゆる化け物がびっしりと並んでいる。そして全員が一様にひれ伏している。
上空を見ると、ムンクの叫びのような苦しそうな顔が形を変えながら大小無数に映っていた。
なにこれ。いったい、ここはどこなの? どうして私はこんなところにいるの? たしか私は家族と夜ご飯を食べていたはず。大好きなレンコンハンバーグ……
自分の手が視界に入った。そこで初めて自分の体の異変に気付いた。
えええええええええええ──!!
これ誰の手よ? こんな筋肉モリモリの手、私のじゃない。それにこんな大きくて太い足も、私のじゃない!
「──な、なに……」
やっと出た声。喉元が震えるような感覚。触ると尖った喉仏がある。
「あ……あ……いうえ、お」
うそ、やめて。こんな野太くて低い声なんて、私の声じゃない!
女はキョトンとして、小首を傾げながら私を見つめている。
なになに? 私の方がキョトンとしたいぐらいなのに。
「魔王様、いかがなさいました?」
えっ魔王様? 今、私のことを『魔王様』って呼ばなかった? 麻央様じゃなかったの?
「魔王様、人間界侵略の号令を!」
──は? 人間界侵略? なに、その物騒な言葉……
女が化け物の軍団のほうへ向きなおった。その背中には黒い翼、お尻には黒い蛇の尻尾が生えていた。髪の中からツノも見え隠れしている。
この女も人間ではない。あいつらと同じ化け物──女の悪魔。
『皆の者! 魔王様へ忠誠の意を示すのだ!』
突然、その女悪魔がビリビリと空気が割れるような声で叫んだ。華奢な女性の体からとは思えないほどの大きな声。
「サルタシファン様、万歳!! サルタシファン魔王様、万歳!!」
地響きのように鳴り響く、化け物たちの万歳コール。
もう、なにがなんだかわからないよ。
「ご覧ください。恐怖、死、血肉に飢えた配下の者どもを。魔王様の一言で人間界は一瞬にして血みどろになりましょう」
こいつら、人間界を破滅させようとしているの?
「さあ、魔王様。機は熟しました。侵略の号令を。人間どもにサルタシファン様の恐怖を! 人間たちを我々の養分に!」
人間をなんだと思ってるの? あんたたち化け物の好き勝手になんてさせない。こうなったら、もうやけくそだ!
「中止!! 人間界侵略は中止!!」
自分でもびっくりするほどのすごい声が出た。男性のたくましい声が。
水を打ったように静まりかえる目の前の化け物たち。いえ、恐怖で凍りついたと言ったほうが正しいかも。
「あの……魔王様? なにかお気に召さないことでも──」
女悪魔が近寄ろうとしたのを私は手で制した。
「あ、あの……」
この女悪魔の媚びるような感じがたまらなくうざい。
「うるさい!!」
「も、申し訳ございません! お許しください!」
怒り心頭の私と目があって異様なほど怯える女悪魔。その時、変な快感が背中を走った。
なんだろう? 今まで感じたことのないこの感覚……この女悪魔をいじめるのがとっても心地いい。
「魔王様のお気を害してしまったこのリスリスの愚行、万死に値します──」
目の前で、悪魔女が胸に手をつっこんだ。飛び散る青い血。
「どうか、この私めの心臓でお許しを……」
恍惚な表情を浮かべながら女悪魔が心臓を差し出した。ビクビクと鼓動を打つ心臓。
ああ……なんて新鮮で美しい心臓なの……うっとり。
──ってなにを言ってるの私。なんか自分がどんどん変になっていく気がする。
「よこせ」
勝手に口が動いた。私は女悪魔から脈打つ心臓を奪い取る。女悪魔が「あっ」と上ずった声を出した。
手のひらから女悪魔の心臓の鼓動が生々しく伝わってくる。
はぁーこの触り心地、最高!
私はその脈打つ心臓を握りしめ、絞り出される青い血をゴクゴクと飲みはじめた。
美味しい。こんなに美味しい飲み物があったなんて……
私はとろけそうな意識の中、勝手に動く自分の体を客観的に見ていた。
──はっ! 私なにやってんの?
むごいことを喜んでやってしまっている自分がいる。
もしかして……もしかすると……私……本当に魔王になってしまったってこと──?
美しく、澄んだ声。
「マオ……サマ……」
誰かが私を呼んでいる。私のことを『様』って付けて呼んでいる。
「マオ……様、マオ……ウ様……」
目を開けると、ひとりの白い女の人がいた。心配そうな顔で私を下から見上げている。絶世の美女といってもいいぐらいの整った顔立ち。
嫉妬しちゃうぐらい綺麗なんだけど、この女の人なんか変だよ……?
死人のように真っ白な肌、血のように真っ赤な瞳……それになんなの、この露出度は。
その女は大事なところがギリギリ隠れるくらいの際どい水着のような服を着ていた。
私と目が合うと、その女は白い頰を少しだけ赤らめ、ピンク色の妖艶な唇を動かした。
「さあ、進軍の号令を。配下の者が今か今かと待ち望んでおります」
女の後ろに目をやると、そこには見たこともないおぞましい光景があった。
視界の端から端まで悪魔、魔物、怪物、妖怪、幽霊……古今東西のありとあらゆる化け物がびっしりと並んでいる。そして全員が一様にひれ伏している。
上空を見ると、ムンクの叫びのような苦しそうな顔が形を変えながら大小無数に映っていた。
なにこれ。いったい、ここはどこなの? どうして私はこんなところにいるの? たしか私は家族と夜ご飯を食べていたはず。大好きなレンコンハンバーグ……
自分の手が視界に入った。そこで初めて自分の体の異変に気付いた。
えええええええええええ──!!
これ誰の手よ? こんな筋肉モリモリの手、私のじゃない。それにこんな大きくて太い足も、私のじゃない!
「──な、なに……」
やっと出た声。喉元が震えるような感覚。触ると尖った喉仏がある。
「あ……あ……いうえ、お」
うそ、やめて。こんな野太くて低い声なんて、私の声じゃない!
女はキョトンとして、小首を傾げながら私を見つめている。
なになに? 私の方がキョトンとしたいぐらいなのに。
「魔王様、いかがなさいました?」
えっ魔王様? 今、私のことを『魔王様』って呼ばなかった? 麻央様じゃなかったの?
「魔王様、人間界侵略の号令を!」
──は? 人間界侵略? なに、その物騒な言葉……
女が化け物の軍団のほうへ向きなおった。その背中には黒い翼、お尻には黒い蛇の尻尾が生えていた。髪の中からツノも見え隠れしている。
この女も人間ではない。あいつらと同じ化け物──女の悪魔。
『皆の者! 魔王様へ忠誠の意を示すのだ!』
突然、その女悪魔がビリビリと空気が割れるような声で叫んだ。華奢な女性の体からとは思えないほどの大きな声。
「サルタシファン様、万歳!! サルタシファン魔王様、万歳!!」
地響きのように鳴り響く、化け物たちの万歳コール。
もう、なにがなんだかわからないよ。
「ご覧ください。恐怖、死、血肉に飢えた配下の者どもを。魔王様の一言で人間界は一瞬にして血みどろになりましょう」
こいつら、人間界を破滅させようとしているの?
「さあ、魔王様。機は熟しました。侵略の号令を。人間どもにサルタシファン様の恐怖を! 人間たちを我々の養分に!」
人間をなんだと思ってるの? あんたたち化け物の好き勝手になんてさせない。こうなったら、もうやけくそだ!
「中止!! 人間界侵略は中止!!」
自分でもびっくりするほどのすごい声が出た。男性のたくましい声が。
水を打ったように静まりかえる目の前の化け物たち。いえ、恐怖で凍りついたと言ったほうが正しいかも。
「あの……魔王様? なにかお気に召さないことでも──」
女悪魔が近寄ろうとしたのを私は手で制した。
「あ、あの……」
この女悪魔の媚びるような感じがたまらなくうざい。
「うるさい!!」
「も、申し訳ございません! お許しください!」
怒り心頭の私と目があって異様なほど怯える女悪魔。その時、変な快感が背中を走った。
なんだろう? 今まで感じたことのないこの感覚……この女悪魔をいじめるのがとっても心地いい。
「魔王様のお気を害してしまったこのリスリスの愚行、万死に値します──」
目の前で、悪魔女が胸に手をつっこんだ。飛び散る青い血。
「どうか、この私めの心臓でお許しを……」
恍惚な表情を浮かべながら女悪魔が心臓を差し出した。ビクビクと鼓動を打つ心臓。
ああ……なんて新鮮で美しい心臓なの……うっとり。
──ってなにを言ってるの私。なんか自分がどんどん変になっていく気がする。
「よこせ」
勝手に口が動いた。私は女悪魔から脈打つ心臓を奪い取る。女悪魔が「あっ」と上ずった声を出した。
手のひらから女悪魔の心臓の鼓動が生々しく伝わってくる。
はぁーこの触り心地、最高!
私はその脈打つ心臓を握りしめ、絞り出される青い血をゴクゴクと飲みはじめた。
美味しい。こんなに美味しい飲み物があったなんて……
私はとろけそうな意識の中、勝手に動く自分の体を客観的に見ていた。
──はっ! 私なにやってんの?
むごいことを喜んでやってしまっている自分がいる。
もしかして……もしかすると……私……本当に魔王になってしまったってこと──?
0
あなたにおすすめの小説
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中
桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。
やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。
「助けなんていらないわよ?」
は?
しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。
「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。
彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
無能と言われた召喚士は実家から追放されたが、別の属性があるのでどうでもいいです
竹桜
ファンタジー
無能と呼ばれた召喚士は王立学園を卒業と同時に実家を追放され、絶縁された。
だが、その無能と呼ばれた召喚士は別の力を持っていたのだ。
その力を使用し、無能と呼ばれた召喚士は歌姫と魔物研究者を守っていく。
美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ
さら
恋愛
会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。
ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。
けれど、測定された“能力値”は最低。
「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。
そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。
優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。
彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。
人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。
やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。
不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる