4 / 12
第一章
妻の死と謎
しおりを挟む
私は腕の傷口の応急処置を終えると、恐る恐るテーブルの上の黒い時計盤を見た。薄気味悪い道化と目があったような気がして、また背中に冷たいものが走った。
この時計盤が廻った時からあの恐怖が始まったのだ。原因は間違いなくこの時計盤であろう。妻の美沙はとんでもないものを持ち帰ってしまっていたのだ……
ふと、時計盤に違和感を覚える。
ソファや床、テーブルにはまだ所々に飛び散った血痕が残っている。時計盤だけ綺麗に血痕がないのだ。私は女性の針を動かして裏に血痕がないか確認しようとした。しかし、どうしても針を動かすことはできなかった。
先はあれほど廻ったではないか。悪魔と道化の針も動かそうとしたが、女性の針と同様、全く動かせない。
美沙の言葉が頭をよぎる……あの時、確か美沙も針が動かなくなったと言ってた。
絆創膏を巻いた指、消えた血、そして先のおぞましい経験がぐるぐると頭を巡っていく。
美沙はこの時計盤で指を怪我した……血……美沙はこの時計盤をすでに廻していた?
また鼓動が早くなる。美沙の原因不明の死はこの時計盤と何か関係があるのだろうか。
美沙が急に倒れたのは、時計盤を持ち帰ったあの日から数日後の昼ごろだった──
勤務先のアンティークショップの店長から、私の携帯に電話がかかってきたのだった。
「──時任さんのご主人ですか? み、美沙さんが、美沙さんが……」
私が病院に駆けつけた時、美沙はすでに死んでいた。まるで童話に出てくる白雪姫が毒リンゴを食べて眠っているかのように穏やかな死に顔だった……
後からアンティークショップの店長に当時の状況を聞いたのだが、美沙はいつものようにアンティークの手入れをしている時に、突然すっと膝を折るように前に倒れたそうだ。店長が救急車を呼んでくれてすぐに救急隊員が駆けつけたそうだが、もう手遅れだったらしい。
持病なんて何もなかったはずの美沙の突然死。結局、司法解剖でも原因はわからなかった。
美沙も私と同じように時計盤の針を廻してしまったのではないか。あの怪物のせいで死んでしまったのではないか。
いや、落ち着けと、自分に言い聞かせる。
美沙が時計盤を発見して持ち帰ったあの日──すでに指を怪我していたということは、家に帰る前、つまりアンティークショップにいる時に廻してしまったと考えられる。その時に怪物が出ていたのなら、あんな呑気に帰ってこれるはずはなかっただろう……
それとも美沙は死んだ日にも時計盤を廻したのだろうか。いや、あの日美沙はショップにいたではないか。家に置いてある時計盤を廻せたはずがない。即座に自分を否定する。
推理が堂々巡りするが、この不吉な時計盤が美沙の死に関係している気がしてならない。直感がそう告げる。
私は勇気を出してこの恐ろしい時計盤を調べてみることにした。
──寒さで目が覚めた。
どうやら時計盤を調べているうちに眠ってしまったようだった。カーテンを開けると、もう東の空が明るみ始めていた。壁の時計を見ると、朝の六時を回ろうとしていた。世界はいつもと変わらず時を刻んでいる。そんな当たり前のことで、なぜかホッとする自分がいる。
しかし、昨夜の出来事は紛れもない事実である。
もし、このような恐ろしいことに美沙が巻き込まれていたら……と思うと、胸が激しく締めつけられる。
美沙の死の真実を知りたい。いや、知らなくてはならない。私は心を決める。
今日は会社を休もう。こんなことがあっては仕事に集中できるはずがない。重要な仕事はあらかた昨日までにすませてあったので、問題ないだろう。
私はカプセル式のコーヒーマシンでエスプレッソを淹れた。カフェインの力で頭を覚醒させる。今日は徹底的に時計盤について調べてみたい。
昨晩、時計盤についてわかったことは三つ。
一つ目は「針と円の関係」。悪魔の針が指す領域は最も大きな円、道化の針が指すのは二番目の大きさの円、女性の針が指すのは最も小さい円であろう。それぞれの針の長さが、それぞれの円の半径に符合するのだ。
二つ目は「刻まれている文字の数」。三つの円の円周部には見たこともない梵字、象形文字のようなものが等間隔に刻まれているのだ。数えてみると、大きい円で三百六十個、二番目の円で六十個、小さな円で十二個であった。何か法則がありそうである。
三つ目は「針の動作」。これについてはまだわからないことが多いのだが、私の血で動きだしたように見えたことから、血が動力になるのではなかろうかと考えている。他にも、止まっている針はいくら強引に動かそうとしても、全く動かせないということがわかった。
まずは、三つの円に刻まれている梵字、象形文字についてインターネットで調べてみることにする。
パソコン画面と二時間ほどにらめっこが続く。最も似ていたのはサンスクリット文字だったが、その中に時計盤に刻まれている文字と同じものは一つとして見つからなかった。かなりマイナーな文字なのだろうか。専門家に依頼すべきか……
もう一度時計盤の方を調べてみようと隅から隅まで見てみる。するとある特徴が見えてきた。
最も小さな円に刻まれている文字が、二番目の大きさの円にも刻まれているのだ。もしや、と思い二つの円をつぶさに見比べてみた。すると、最も小さな円の十二個の文字全てが二番目の円にも刻まれていたことがわかった。
これは数字のようなものではないだろうか?
今度は二番目の円と大きな円を見比べてみた。六十個の文字を三百六十個の文字の中から一つずつ探すのにはかなり骨が折れたが、全て確認することができた。これは数字だ、確信に変わっていく。
もう一つわかったことがある。それは、このアンティークは時計盤ではないということ。文字、いや数字が刻まれている場所がランダムであるからだ。
悪魔、道化、女性の不気味な針、三つの円、そして数字……ピンときたのはルーレットである。運を試す占い的な要素も入っているのかもしれない。
息抜きにエスプレッソをもう一杯淹れようと立ち上がった時──またもや、あの禍々しい空気が瞬時に部屋に広がったのだ。
この時計盤が廻った時からあの恐怖が始まったのだ。原因は間違いなくこの時計盤であろう。妻の美沙はとんでもないものを持ち帰ってしまっていたのだ……
ふと、時計盤に違和感を覚える。
ソファや床、テーブルにはまだ所々に飛び散った血痕が残っている。時計盤だけ綺麗に血痕がないのだ。私は女性の針を動かして裏に血痕がないか確認しようとした。しかし、どうしても針を動かすことはできなかった。
先はあれほど廻ったではないか。悪魔と道化の針も動かそうとしたが、女性の針と同様、全く動かせない。
美沙の言葉が頭をよぎる……あの時、確か美沙も針が動かなくなったと言ってた。
絆創膏を巻いた指、消えた血、そして先のおぞましい経験がぐるぐると頭を巡っていく。
美沙はこの時計盤で指を怪我した……血……美沙はこの時計盤をすでに廻していた?
また鼓動が早くなる。美沙の原因不明の死はこの時計盤と何か関係があるのだろうか。
美沙が急に倒れたのは、時計盤を持ち帰ったあの日から数日後の昼ごろだった──
勤務先のアンティークショップの店長から、私の携帯に電話がかかってきたのだった。
「──時任さんのご主人ですか? み、美沙さんが、美沙さんが……」
私が病院に駆けつけた時、美沙はすでに死んでいた。まるで童話に出てくる白雪姫が毒リンゴを食べて眠っているかのように穏やかな死に顔だった……
後からアンティークショップの店長に当時の状況を聞いたのだが、美沙はいつものようにアンティークの手入れをしている時に、突然すっと膝を折るように前に倒れたそうだ。店長が救急車を呼んでくれてすぐに救急隊員が駆けつけたそうだが、もう手遅れだったらしい。
持病なんて何もなかったはずの美沙の突然死。結局、司法解剖でも原因はわからなかった。
美沙も私と同じように時計盤の針を廻してしまったのではないか。あの怪物のせいで死んでしまったのではないか。
いや、落ち着けと、自分に言い聞かせる。
美沙が時計盤を発見して持ち帰ったあの日──すでに指を怪我していたということは、家に帰る前、つまりアンティークショップにいる時に廻してしまったと考えられる。その時に怪物が出ていたのなら、あんな呑気に帰ってこれるはずはなかっただろう……
それとも美沙は死んだ日にも時計盤を廻したのだろうか。いや、あの日美沙はショップにいたではないか。家に置いてある時計盤を廻せたはずがない。即座に自分を否定する。
推理が堂々巡りするが、この不吉な時計盤が美沙の死に関係している気がしてならない。直感がそう告げる。
私は勇気を出してこの恐ろしい時計盤を調べてみることにした。
──寒さで目が覚めた。
どうやら時計盤を調べているうちに眠ってしまったようだった。カーテンを開けると、もう東の空が明るみ始めていた。壁の時計を見ると、朝の六時を回ろうとしていた。世界はいつもと変わらず時を刻んでいる。そんな当たり前のことで、なぜかホッとする自分がいる。
しかし、昨夜の出来事は紛れもない事実である。
もし、このような恐ろしいことに美沙が巻き込まれていたら……と思うと、胸が激しく締めつけられる。
美沙の死の真実を知りたい。いや、知らなくてはならない。私は心を決める。
今日は会社を休もう。こんなことがあっては仕事に集中できるはずがない。重要な仕事はあらかた昨日までにすませてあったので、問題ないだろう。
私はカプセル式のコーヒーマシンでエスプレッソを淹れた。カフェインの力で頭を覚醒させる。今日は徹底的に時計盤について調べてみたい。
昨晩、時計盤についてわかったことは三つ。
一つ目は「針と円の関係」。悪魔の針が指す領域は最も大きな円、道化の針が指すのは二番目の大きさの円、女性の針が指すのは最も小さい円であろう。それぞれの針の長さが、それぞれの円の半径に符合するのだ。
二つ目は「刻まれている文字の数」。三つの円の円周部には見たこともない梵字、象形文字のようなものが等間隔に刻まれているのだ。数えてみると、大きい円で三百六十個、二番目の円で六十個、小さな円で十二個であった。何か法則がありそうである。
三つ目は「針の動作」。これについてはまだわからないことが多いのだが、私の血で動きだしたように見えたことから、血が動力になるのではなかろうかと考えている。他にも、止まっている針はいくら強引に動かそうとしても、全く動かせないということがわかった。
まずは、三つの円に刻まれている梵字、象形文字についてインターネットで調べてみることにする。
パソコン画面と二時間ほどにらめっこが続く。最も似ていたのはサンスクリット文字だったが、その中に時計盤に刻まれている文字と同じものは一つとして見つからなかった。かなりマイナーな文字なのだろうか。専門家に依頼すべきか……
もう一度時計盤の方を調べてみようと隅から隅まで見てみる。するとある特徴が見えてきた。
最も小さな円に刻まれている文字が、二番目の大きさの円にも刻まれているのだ。もしや、と思い二つの円をつぶさに見比べてみた。すると、最も小さな円の十二個の文字全てが二番目の円にも刻まれていたことがわかった。
これは数字のようなものではないだろうか?
今度は二番目の円と大きな円を見比べてみた。六十個の文字を三百六十個の文字の中から一つずつ探すのにはかなり骨が折れたが、全て確認することができた。これは数字だ、確信に変わっていく。
もう一つわかったことがある。それは、このアンティークは時計盤ではないということ。文字、いや数字が刻まれている場所がランダムであるからだ。
悪魔、道化、女性の不気味な針、三つの円、そして数字……ピンときたのはルーレットである。運を試す占い的な要素も入っているのかもしれない。
息抜きにエスプレッソをもう一杯淹れようと立ち上がった時──またもや、あの禍々しい空気が瞬時に部屋に広がったのだ。
0
あなたにおすすめの小説
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる