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青西瓜(伊藤テル)

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【鮭を運ぶ運ぶ運ぶ】

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・【鮭を運ぶ運ぶ運ぶ】


 師匠のところへ戻ると、既に鮭がたっぷりできていた。
「理人、遅い! 何してたんだ!」
 舞衣子さんの怒号が飛ぶが、それはしょうがないよ、と言わんばかりに説明をする僕。
 いやまあ『それはしょうがないよ』とは言ったけども。
 説明が終わると、その場に座り込み、何かを考えだした師匠。
「師匠、どうしたんですか?」
「休憩? 私も休もうかなっ」
 そう言って座ろうとした舞衣子さんを師匠は制止をしながら、
「いやちょっと……理人と舞衣子で塩鮭を作って、ちょっと運んでてくれ」
「えぇー! 私も運ぶのやるのーっ? 面倒だなぁっ!」
 と舞衣子さんが言っても師匠はおでこに手を当てながら、
「ちょっと一人で考えたいんだ」
「いや私、全然師匠の邪魔しませんし!」
「理人が一人で塩鮭を運ぶのは大変だから手伝ってくれ」
 そう師匠から説得されると、舞衣子さんはしぶしぶ、まず塩鮭を作り始めた。
 僕も作らないと。
 とりあえず、ある分の鮭を塩鮭にし、運ぼうとしたその時、ふと僕はとあることを思った。
「樫の木が三本あれば、木と木と木で森にして、樫の森を作ったほうが早いんじゃないんですか?」
 そう言うと、舞衣子さんは慌てるように、
「ちょっ、理人、師匠が今考え事しているのに、そういう質問やめなって!」
「あっ、そうだった……ゴメンナサイ……」
 謝った僕には首を横に振って、
「いやいいんだ、そうだな、気分転換に答えることにするか。まず返答としては、それはできない。いや、厳密にはできるが、それはしない。何故だか分かるか?」
 僕は少し考えてから、
「厳密にはできるけども、しない。ということはすると何かおかしくなるということですか?」
「そういうことだ。するとどうなるか、ここで語変換の術の理解度が分かるな」
 そう言った途端、一気に舞衣子さんが考える体制に入った。
 いっつもそうだ。
 僕が問われているのに、舞衣子さんは答えようとするんだ。
 答えて師匠から褒められようとしてくるんだ。
 そしてすぐに手を挙げるのが、舞衣子さんだ。
「はい! はい!」
「じゃあ舞衣子、答えてみろ」
「三本の木を基にして森を作っても、貧相な森ができてしまうと思う!」
「その通り。あくまでエネルギーは三本の木しかないから、その三本の木から放たれた森にしかならず、小さく、芽を出したばかりの樫の木が生えてくるだけなんだ。勿論、そこから何年もの計画で、木を育てていくならいいんだがな」
 先に答えられて悔しかったけども、なるほど、と思った。
 だからここは、ゆっくりじっくり樫の木を作っていくしかないのか、と思ったその時だった。
 師匠が少々困惑しながら、
「でもなぁ、樫の木を作っても、もしかしたら意味無いかもしれないんだ……」
 と少し声のトーンを落としながら、そう言った。
「何でですか!」
「意味無いことないじゃん!」
 明らかに元気を失った師匠を鼓舞するように、僕と舞衣子さんは声を上げた。
 それに対して、笑顔で対応する師匠だったが、悩みの種があるのは一目瞭然だった。
 でも僕は大きな声で続ける。
「樫の木で立派な家を建てる! それが依頼じゃないですかっ!」
 それに対して師匠はうんうん頷きながらも、
「確かにそうなんだが、どうやらこの村は文化レベルが低すぎるような気がするんだ」
 そう言われて僕は思い当たる節がある。
 話があまり通じなかったり、調理をする場所も原始的だったり。
 師匠は続ける。
「木の家を建てるという発想が無いのかもしれない。俺は樫の木まで作って、あとは自分たちで好きな家を建ててもらおうと思っていたのだが、もしかしたらノコギリなど、家を建てる道具すら持っていないのかもしれない」
 困った表情を浮かべる師匠に僕は、
「じゃあ柱や板を作って、釘を作って、金槌を作って、全部用意してあげるしかない!」
 と言うと、師匠は悩みながら、
「まあそうすればいいんだが、ここはもっと簡易的でも家を作るべきかな、と思っているんだ。しかし良い字がまだ浮かばなくてな」
「家なら家を作ればいいじゃないですか」
 僕はすぐにそう言うと、
「家という字は語変換の術では作りづらいんだ。やはり樫を……そう、木へんを混ぜる漢字で作ったほうが立派な家になるし」
 それに対して舞衣子さんはサラッとこう言った。
「でも低い文化レベルならいっそのこと、そんな立派じゃなくていいんじゃないの?」
「いやこっちにも一応プライドがあるし……しっかりとした家を建てたいんだ」
 木へんが混ざった家という意味を持つ漢字を師匠は今、考えているというわけか。
 僕も手助けしたいところだが、まずは塩鮭を運ばないといけない。
 だから。
「まずこの塩鮭を運んだら、舞衣子さん、僕たちも何かヒントになるようなことを言いましょう!」
「何仕切ってんのよ! そんなん当たり前じゃん! 師匠! すぐ塩鮭なんて運び終えるから!」
 そう言って僕たちは、塩鮭を村に運びだした。
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