ポンコツな私と面倒な夫達 【R18】

象の居る

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54.叫び Side グラウ

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Side グラウ

息が止まった。彼女が池に落ちたとき。

凄く綺麗に落ちて、よく分からなかった。泳ぐように見えたのに沈んでいった。瞬間、鳥肌が立って、池の縁まで飛び、池を覗いて彼女を見つけ、水の中の彼女まで飛んで、腕を掴んでまた飛んだ。

しばらく咽ていた。

私がいなかったら?そのまま沈んだ?一気に血が引き、冷や汗が噴き出した。
彼女に断られることは考えた、でも、いなくなることは考えなかった。彼女を失えば取り戻せない。もう二度と。

私は側に居ることができない。嫌だ嫌だ嫌だ。彼女は分かっていない。落ちたのに、何でもないみたいに。分かっていない。二度と会えなくなりそうだったのに。

スカートを絞るときに見えた足、濡れて雫を落とす黒髪、体に張り付いた服。私の前から消えようとする彼女。私を見ようともしない彼女。一目だけでも見てほしくて、手を引いた。不思議そうに私を見る黒い瞳。
このまま抱きしめることができたなら。

彼女を送ると夫がいた。夫は彼女を強く抱き、彼女も抱きしめ返す。私はそれをただ眺めている。
夫に警戒された。当然だ。妻が他の男と二人でいるなんて。でも、関係無い。求婚するには今しかない。
彼女は疑いなく手を差し出し、私は急いで指輪をはめた。求婚ができた!彼女に指輪をはめた!

私の唯一。あなたがいないと、私はどうしていいか分からない。今までどうやって生きてきたか分からない。あなたが欲しい。憐れみでも同情でも何でもいい。あなたが求婚を受け入れてくれるなら。

断られる前に逃げるように帰り、興奮で部屋中を歩き回った。求婚できた。彼女は手を差し出した。彼女の手に私の指輪がある。

濡れた服を脱いで浴槽に沈む。彼女を引き上げることができて幸運だった。しばらく会えない彼女を一目見たくて飛んだ、たまたまだ。池のほとりで月を見て歌い、一人きりで泣いていた。
なぜ?夫達は?幸せではないのか?あんなに仲睦まじい様子だったのに。それとも、あの女に襲われたから?気丈に振る舞っていたがやはり、恐ろしかったのか?

彼女は私のために立ち向かい、その背に私を庇った。私が動けずにいるあいだにあんなケガをして、それなのに私の心配をしてくれた。
今度は私が助けることができた。少しでも報いることができただろうか。ああ、女神、どうか彼女の窮地があれば、駆け付けることができますように。

彼女の泣き声を思い出して胸が痛んだ。側にいって抱きしめたいのに、できないもどかしさが苦しかった。求婚を受け入れてもらえたなら、抱きしめることができる。どうか受け入れてほしい。

翌日、彼女に呼ばれた。彼女に呼ばれたことが嬉しくて、すぐに飛んだら驚いていた。そういえば呼び方を説明していなかった。でも、説明しなくても、彼女は私の石に話しかけてくれたし、頼んだら夫達と同じように話してくれた。

可愛いから直視できないと言われた。だから、私を見なかった?彼女に可愛いと思われているのは、なにやらくすぐったいような気分だ。怖いよりずっと良い。好意的だ。

求婚理由を聞かれたので答えた。自分の気持ちを口にするのはとても怖い。彼女に断られたくない。怖い。でも、求婚なのだから誠実に対応しなければ。私の理由に呆れるだろうか?でも、私はあなたしか触れない。あなたに初めて触れた時から、ずっと触れたいと思っている。

彼女から触れてくれた。私の手に。頬に。ずっと願っていたことが叶った。私の手を黙って受け入れてくれた。そして、そして、彼女の口から婚姻を望まれた。
彼女は悲しそうな顔をしていた。同情で構わない。あなたに触れられるなら。

彼女を抱きしめた。柔らかくて温かくて、触れた手と同じだった。ああ、この高鳴りを、充足を、なんとすれば。喉が詰まって声が出ない。
名を告げると私の名を呼んだ。彼女の声が私の名を形作り、私はそれを聞き、味わった。本当にこの幸福が私のものだろうか?夢ではなく?

彼女の夫にも認めてもらった。ヘルブラオはあとでいい。

そのあとは呼ばれなかった。ずっと待っているのに。明日を待って、また失望した。一日が長かった。夢だった?でも指輪はない。彼女の指にあるはず。飛んで行きたいのに行けない。婚約者になっても夫がいないと会ってはいけない。突然会いに行って彼女に失望されたくない。
悩んでいるとヘルブラオに伝言を頼まれた。彼女に会いに行ける。嬉しい。嬉しい。嬉しくて、すぐに飛ぶと彼女は驚いていた。
嬉しかったのに、呼ばれないことを言ってしまった。でも、ずっと待っていた。会いたいのは私だけで、彼女はそうでないことが当たり前なのに悲しい。
でも、抱きしめてくれた。夢ではなく、本当に、本当に私を抱きしめてくれる人がいた。

とうとう、ヘルブラオに話した。彼女が決めたことだから、ヘルブラオは諦めたようだ。そう、私との婚姻は彼女の意思でもある。震えるほど嬉しい。
これ以上、彼女に夫はいらない。私が最後の夫であるように努力しよう。

すぐにでも婚姻して彼女の夫になりたい。夢と消える前に、彼女の指に私を刻み付けたい。でも、できなかった。私とは違って、彼女は私をすぐにと望んでいるわけではない。

彼女をヘルブラオの部屋へ送る。あいつは彼女の夫だ。これから彼女と寝るのだろう。辛い辛い辛い辛い。なぜ、彼女を他の夫の元へ送らなくてはいけないのか。
私が彼女を抱けるのはいつになる?彼女に触れられるのは?

こんな苦しみはなかった。求婚までは思わなかった。やっと、受け入れてもらったのに、もっと苦しい。彼女を奪いたい。私に好意的だから、彼女に懇願したら叶えられるだろうか。
なんてことを、何てことを考えた!彼女を傷つけるなんて。
違う、慈悲を願うだけだ。慈悲を。
助けて欲しい。助けて。彼女に願う。


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