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第一章 変わる関係

14話 夕飯

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 ――澄谷家の夕飯時。家族全員で食卓についている。
 父さんと母さん、由衣と俺の四人だ。

 今日は色々とありすぎて精神的に参っていたので静かに食事をしたかったのだが、そうは問屋が卸さない。

 由衣の奴が「お兄ちゃんに彼女が出来た」と、爆弾を投下したせいで両親の好奇心に火が付いた。
 先程から質問攻めが非常に鬱陶しい。

「で、どんな子なんだ? 可愛いのか?」と父さん。
「こんど家に連れてきなさいよ」と母さんが。

 いちいち真面目に相手をするのも面倒なので適当に相槌を打ちつつ、とにかく食べることに集中をした。

「すっごく綺麗な人なんだよ! 学校一の美人だって有名なんだから!」

 話をはぐらかす俺に代わって、由衣が父さんの質問に答えていた。

「ほう、美人さんなのか! やるじゃねぇか優人!」

 父さんが豪快に笑いながら、俺の背中をバシバシと叩いてくる。
 飯食ってるんだから止めなさいっての……まったく。

「そんなべっぴんなら言い寄る奴も多いだろうに……どうやって口説いたんだ? え?」

 父さんはニヤニヤと下品な笑みを浮かべて聞いてくる。
 なんともムカつく顔だな、おい。
 今まで俺に彼女なんていた事が無かったから完全に楽しんでやがる。

「ずっとモテなかったのになあ……そうか、ようやくお前にも春が来たかあ」

 いやもうホントに鬱陶しい。

「今度一緒に御飯とかどうかな? うんと御馳走作ってさ!」

 母さんはウキウキだ。もの凄い嬉しそうである。
 
「それ良いね! 私もゆっくり先輩の話聞きたいし!」

 由衣が母さんの提案に乗っかりやがる。
 俺としては断固として御免なわけだが……先輩とは偽の付き合いなわけだし……

「いきなりそんなのに誘っても迷惑なだけだって」

 仮に本当の付き合いだったとしても嫌がるだろうよ。 

「そんなことねえだろ! 母さんの料理は旨いじゃねえか!」

 いや俺が言ってるのは料理の味の事じゃなくてだな……

「腕によりを掛けちゃうんだから!」

 いや、だから味云々ではなくてね?
 そんなに張り切られても困るんだよ?

「私も手伝うよ! お母さん!」

 由衣までそんなこと言い始めるのか……

 まったく……
 こういう場は早めに退散するのが吉だな。
 とっとと部屋に籠るとしよう。
 
 急いで残りの御飯をかきこみ、みそ汁で流し込んだ。

「ごちそうさま」

 早々に食べ終わり、食器を片付けて部屋へと戻る。

「おい優人! ちゃんと紹介するんだぞ!」

 逃げ出す俺を咎めるように父さんが声を張った。

「……気が向いたらな」

 まあ当然紹介などするつもりは無い。


 ――煩わしい食卓から自室のベッドに転がり込む。

 まったく、俺に彼女が出来たって聞いただけで何でああも喧しいのか……
 由衣だってわざわざ教える事ないのにな。

 なんだか一日の疲れがどっと出てきた。
 ベッドで寝転がっていると睡魔がジワジワと攻めてくる。
 もうこのまま寝てしまおうかと目を閉じた。

「お兄ちゃん、入るよ?」

 由衣が俺の返事を待つことなく部屋に入って来る。
 
「ごめん。寝てた?」
「いや、寝てないよ」

 由衣の顔を見ると眠気が嘘のように引いていく。

「えっと……どうした?」
「あの、今から宿題やるんだけど……教えて欲しいなって思って……駄目かな?」

 ベッドに寝転がっていた俺に気を使ってか、少し申し訳なさそうな顔だ。

「大丈夫だよ。ちょっと待ってて」

 由衣の勉強を見るのは俺の役目だ。
 分からない所を教えてやったり、由衣のために問題集を用意したり……
 別にやらなきゃいけないって訳じゃないし、親に頼まれた訳でもない。
 俺が好きでやってることだ。

 由衣の部屋に移動して二人で勉強机に向かう。

「ここはどうするの?」
「うーんと、これはこの公式でっと……」

 勉強はつつがなく進む。
 人に教えるのに自信があるわけではないが、由衣は分かりやすいと言ってくれている。
 
 それにこいつは理解が早くて教えがいもある。
 勉強嫌いでなかったら成績ももっと良くなると思うんだがな……

「……」

 由衣の横顔を眺めた。

 黙々と問題を解いている。
 
 今日の事を何か聞かれるんじゃないかと内心ビクビクしていたのだが、その話を振られるような事は無い。
 いつもなら雑談も交えながらって感じなんだが……今日はいつになく静かだ。
 
 なんだかすごく気まずい。
 俺が意識しすぎなだけかもしれないが……
 
 由衣はどう思っているのだろうか……

 気になるが、聞けるはずもない。

「これはこうで合ってる?」
「んー……合ってるぞ」

 必要以上の会話は無い。
 俺にとっては楽しい時間のはずだったのだが、なんだか居心地が悪く感じる。
 それもまあ自分のせいだが……

「じゃあこれで終わりかな」

 問題を解き終わった由衣が身体を伸ばし、それから小さな欠伸をもらす。
 
 机の上の時計を見ると、結構な時間が経っていた。

「それじゃ俺は戻るな」
「うん。ありがとうね」

 おやすみと言い残し、自分の部屋に戻る。
 
 良い夢は見れそうもない。
 そんな気分だ。
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