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第二章 ゆれるこころ
1話 相談
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「今日はすいません。いきなり呼びつけたりして」
「いいの。気にしないで」
激動のデートを終えた翌日。俺はファミレスで先輩と顔を合わせている。
昨日の由衣との一件を相談しようと思い、わざわざ時間を作ってもらった。
せっかくの休日を俺のために使わせてしまうのは申し訳ない限りなのだが、この問題を先輩以外には話せるわけもない。
「それで、相談ってのは由衣ちゃんとの事で良いんだよね?」
「はい」
「昨日はあの後、上手くいかなかったの?」
「えっと……その……言われた通りに、由衣を無視する方向で事を進めたんだけど――」
先輩には昨日起きた事を、包み隠さずに話した。
由衣が玄関で待っていたことを始め、キスされたこと、俺を好きだと言ったこともだ。
この手の話をするときは無駄に緊張してしまい、言葉につかえながらの拙い説明になってしまうが、先輩は茶化すことなく真面目に聞いてくれた。
「――というわけで……俺、どうしたらいいのか分からなくて……」
由衣の気持ちを知ってしまって、頭の中はぐちゃぐちゃだった。
今後、由衣とどのように接していけば良いのかも分からない。
「一つ確認しておきたいんだけど、優人の気持ちは変わらないの?」
「……気持ち?」
「由衣ちゃんの気持ちを知って尚、健全な兄妹でいたいのかってこと」
「…………はい。そこは……変わらない……」
正直な話、由衣の気持ちは死ぬほど嬉しかった。
だからといって、由衣とそれ以上の関係を望むかと言われれば、やはり違うと思う。
「由衣ちゃんと結ばれるチャンスだと、そう思わないの?」
由衣と結ばれる――それは凄く魅力的な話だ。
世の中がそういう関係に寛容ならば、俺だって一番愛する人と結ばれたいと思う。
でもそんな事は決して認められない。
由衣の事を愛していて、由衣の幸せを願うのであれば、ありえない事なんだ。
「俺はただの兄貴だ。それ以上でも、それ以下でもない」
「そう……由衣ちゃんの気持ちには応えないのね?」
「……ああ」
由衣の相手として、俺は最も相応しくない。
「わかった。それを踏まえた上で、対策を考えようか」
「……お願いします」
本当に先輩は頼りになる。
俺なんかとは大違いだ。
こういうのを肝が座っているというのだろうか。
「まずはそうね……当分の間は怒っている演技は続けること。昨日と同じように無視するだけで良いから……あんまり難しい事は出来ないでしょ?」
「……あの、もし、由衣が俺の寝たふりに気づいてたとしたら――」
「その時も同じよ。知らんぷりを貫くこと。由衣ちゃんが気づいているかどうかは重要じゃないの。必要なのは優人が妹なんかに興味は無いって事実よ」
「……はい」
「いい? あなたは私のナイスボディに夢中になってるって事を忘れないで」
「…………はい」
自分でナイスボディとか言っちゃうあたり、先輩は相当自分に自信があるんだろうな。俺にもその自信を少し分けて欲しいくらいだ。
「由衣ちゃんに悲しい思いをさせちゃうのは心苦しいだろうけど、絶対に優しくしちゃ駄目よ。そんなことしたら優人をもっと好きになっちゃうだろうから」
「……そういう、もんなのかな」
「そういうもんなの」
先輩は自信満々に言い切ってくれるが、自分と由衣を重ね合わせて考えているのだろうか?
確かに肉親に恋愛感情を抱くという点では同じかもしれないが、先輩と由衣ではタイプが違い過ぎる気もする。
「とにかく! 優人は隙を見せない事! 今の由衣ちゃんは軽く暴走状態なの。優柔不断な態度を見せていたら襲われちゃうわよ」
「いや、襲われるってそんな……」
「そんなことありえないって思ってる? その油断が命取りになるの。特に夜は気を付ける事ね。夜這いを仕掛けてくる可能性は高いわ」
「よ、よばっ!? 夜這いって……マジで言ってるの?」
冗談だと思いたいのだが、先輩の表情は真剣そのものだ。
「大マジよ。だって経験則だもん」
「は……あの弟に……夜這い……されたんですか?」
「私がしたのよ」
「ええ……」
先輩はやはりとんでもない人だった。
「私はね、どうやったら貴志から女として見てもらえるのか考えたのよ。その結果、自分のナイスバディを使って篭絡しようと思い立ったの。ほら、私の身体ってエッチな体つきしてるでしょ?」
でしょ? とか聞かれても困るんだが……
「えっと、まあ、一般的に見たら、そうかと……」
どう答えて良いのか分からず、やんわりと肯定をする。
こういった話は何を言ってもセクハラじみるから怖い怖い。
「当時、貴志が中学一年生だった頃よ……そういう年頃の男子を快楽漬けにするのは簡単だった」
発言もヤバいが行動力もヤバい。
この姉あっての、あの弟なのだろうとシミジミ思う。
「それはもう、私にメロメロになってくれたわ」
頬を赤らめていじらしい姿を見せるが、要するに弟をレイプしたという話じゃないのか? これ……
「だから優人も気を付けること! 恋する女の子は何をしでかすか分からないから」
「そんなこと――」
「そんなことあるはずないって考えるのは簡単よ? でもね間違いってのはあってからじゃ遅いの」
先輩は一呼吸おいてから、鋭い目つきで俺の顔を見つめる。
「一線は超えたくないでしょ?」
その言葉が俺に大きくのしかかった。
そんなことになったら、俺たちはきっと、戻れない。
「……はい」
「心構えはしっかりとね」
一線など超えるつもりはない。つもりは無いが……
「あの……もし本当に……由衣に……求められたら、どうしたら良いのかな」
「拒絶するしかないでしょ」
「……そう、ですよね」
「ええ、キッパリと」
俺にそれが出来るだろうか……
不安から頭を抱え、自然と溜息がこぼれた。
「そうなったらもう、以前のような関係には戻れないよな……」
「……ええ、しこりは残るでしょうね」
でもそれは仕方のない事だろう。
ここまで拗れてしまっては、もうどうしようもない。
「……ごめんなさい。……全部、私のせいだよね」
先輩は萎れた声でそんなことを言った。
「俺は先輩に協力してもらって助かってるよ」
「私が由衣ちゃんを焚きつけちゃったから……」
「いや、きっと遅かれ早かれこうなってたんだ。先輩が気にすることはない」
これは本心だ。
先輩と弟くんの事が無くても、俺と由衣が両想いな以上、いつかは問題になっていただろう。
だから先輩には負い目など感じてほしくない。
「でも、また何かあった時は相談に乗ってくれると嬉しいな。こんなこと先輩にしか相談できないから」
「……ええ、それはもちろん」
「それじゃあ、そろそろ帰りろうか。あんまり先輩を独占してると弟くんに怒られる」
「……そうね」
先輩の分の会計も俺が済ませ、俺たちはその場で解散した。
何か問題が解決したわけではないが、相談に乗ってもらった分、少し心が楽になっただろうか。
――
深夜の自室、俺はなかなか寝付けないでいた。
先輩に言われたあることを思い出し、よからぬ妄想をしてしまったためだ。
深夜に由衣が俺の部屋に入って来て……などとは、なんと浅ましい考えだろうか。
それだけ夜這いという単語は俺にとって強烈過ぎた。
明日は学校だし早く寝なきゃいけないことは分かっているが、一度こびりついた煩悩はなかなか頭を離れてくれない。
ひたすら悶々とする時間が続いた。
必死に目をつぶり、ようやく眠気が襲って来て、安堵しかけたその時――
静かにドアの開かれる音が聞こえた。
そしてゆっくりと誰かが近づいてくる。
俺はそれが怖くて目を開けることが出来なかった。
現実から目を背けたくて、また寝たふりをしたままだ。
「お兄ちゃん、起きてる?」
由衣が静かな声で尋ねてくる。
俺は何も言う事が出来ず、目をつむったまま。
「お兄ちゃん、起きてる?」
確かめるように、もう一度。
俺は何も答えない。答えられない。
由衣は俺の胸の上にそっと手を乗せる。
やめて欲しい、俺の激しくなっている鼓動がバレてしまうから……
俺の願いも虚しく、由衣はそれを確かめるように、乗せた手に力を込める。
まるで心臓を握られているようだ。
「お兄ちゃんは私が守るから」
力のこもった声でそう宣言する。
そして由衣はまた、俺に、キスをした。
「いいの。気にしないで」
激動のデートを終えた翌日。俺はファミレスで先輩と顔を合わせている。
昨日の由衣との一件を相談しようと思い、わざわざ時間を作ってもらった。
せっかくの休日を俺のために使わせてしまうのは申し訳ない限りなのだが、この問題を先輩以外には話せるわけもない。
「それで、相談ってのは由衣ちゃんとの事で良いんだよね?」
「はい」
「昨日はあの後、上手くいかなかったの?」
「えっと……その……言われた通りに、由衣を無視する方向で事を進めたんだけど――」
先輩には昨日起きた事を、包み隠さずに話した。
由衣が玄関で待っていたことを始め、キスされたこと、俺を好きだと言ったこともだ。
この手の話をするときは無駄に緊張してしまい、言葉につかえながらの拙い説明になってしまうが、先輩は茶化すことなく真面目に聞いてくれた。
「――というわけで……俺、どうしたらいいのか分からなくて……」
由衣の気持ちを知ってしまって、頭の中はぐちゃぐちゃだった。
今後、由衣とどのように接していけば良いのかも分からない。
「一つ確認しておきたいんだけど、優人の気持ちは変わらないの?」
「……気持ち?」
「由衣ちゃんの気持ちを知って尚、健全な兄妹でいたいのかってこと」
「…………はい。そこは……変わらない……」
正直な話、由衣の気持ちは死ぬほど嬉しかった。
だからといって、由衣とそれ以上の関係を望むかと言われれば、やはり違うと思う。
「由衣ちゃんと結ばれるチャンスだと、そう思わないの?」
由衣と結ばれる――それは凄く魅力的な話だ。
世の中がそういう関係に寛容ならば、俺だって一番愛する人と結ばれたいと思う。
でもそんな事は決して認められない。
由衣の事を愛していて、由衣の幸せを願うのであれば、ありえない事なんだ。
「俺はただの兄貴だ。それ以上でも、それ以下でもない」
「そう……由衣ちゃんの気持ちには応えないのね?」
「……ああ」
由衣の相手として、俺は最も相応しくない。
「わかった。それを踏まえた上で、対策を考えようか」
「……お願いします」
本当に先輩は頼りになる。
俺なんかとは大違いだ。
こういうのを肝が座っているというのだろうか。
「まずはそうね……当分の間は怒っている演技は続けること。昨日と同じように無視するだけで良いから……あんまり難しい事は出来ないでしょ?」
「……あの、もし、由衣が俺の寝たふりに気づいてたとしたら――」
「その時も同じよ。知らんぷりを貫くこと。由衣ちゃんが気づいているかどうかは重要じゃないの。必要なのは優人が妹なんかに興味は無いって事実よ」
「……はい」
「いい? あなたは私のナイスボディに夢中になってるって事を忘れないで」
「…………はい」
自分でナイスボディとか言っちゃうあたり、先輩は相当自分に自信があるんだろうな。俺にもその自信を少し分けて欲しいくらいだ。
「由衣ちゃんに悲しい思いをさせちゃうのは心苦しいだろうけど、絶対に優しくしちゃ駄目よ。そんなことしたら優人をもっと好きになっちゃうだろうから」
「……そういう、もんなのかな」
「そういうもんなの」
先輩は自信満々に言い切ってくれるが、自分と由衣を重ね合わせて考えているのだろうか?
確かに肉親に恋愛感情を抱くという点では同じかもしれないが、先輩と由衣ではタイプが違い過ぎる気もする。
「とにかく! 優人は隙を見せない事! 今の由衣ちゃんは軽く暴走状態なの。優柔不断な態度を見せていたら襲われちゃうわよ」
「いや、襲われるってそんな……」
「そんなことありえないって思ってる? その油断が命取りになるの。特に夜は気を付ける事ね。夜這いを仕掛けてくる可能性は高いわ」
「よ、よばっ!? 夜這いって……マジで言ってるの?」
冗談だと思いたいのだが、先輩の表情は真剣そのものだ。
「大マジよ。だって経験則だもん」
「は……あの弟に……夜這い……されたんですか?」
「私がしたのよ」
「ええ……」
先輩はやはりとんでもない人だった。
「私はね、どうやったら貴志から女として見てもらえるのか考えたのよ。その結果、自分のナイスバディを使って篭絡しようと思い立ったの。ほら、私の身体ってエッチな体つきしてるでしょ?」
でしょ? とか聞かれても困るんだが……
「えっと、まあ、一般的に見たら、そうかと……」
どう答えて良いのか分からず、やんわりと肯定をする。
こういった話は何を言ってもセクハラじみるから怖い怖い。
「当時、貴志が中学一年生だった頃よ……そういう年頃の男子を快楽漬けにするのは簡単だった」
発言もヤバいが行動力もヤバい。
この姉あっての、あの弟なのだろうとシミジミ思う。
「それはもう、私にメロメロになってくれたわ」
頬を赤らめていじらしい姿を見せるが、要するに弟をレイプしたという話じゃないのか? これ……
「だから優人も気を付けること! 恋する女の子は何をしでかすか分からないから」
「そんなこと――」
「そんなことあるはずないって考えるのは簡単よ? でもね間違いってのはあってからじゃ遅いの」
先輩は一呼吸おいてから、鋭い目つきで俺の顔を見つめる。
「一線は超えたくないでしょ?」
その言葉が俺に大きくのしかかった。
そんなことになったら、俺たちはきっと、戻れない。
「……はい」
「心構えはしっかりとね」
一線など超えるつもりはない。つもりは無いが……
「あの……もし本当に……由衣に……求められたら、どうしたら良いのかな」
「拒絶するしかないでしょ」
「……そう、ですよね」
「ええ、キッパリと」
俺にそれが出来るだろうか……
不安から頭を抱え、自然と溜息がこぼれた。
「そうなったらもう、以前のような関係には戻れないよな……」
「……ええ、しこりは残るでしょうね」
でもそれは仕方のない事だろう。
ここまで拗れてしまっては、もうどうしようもない。
「……ごめんなさい。……全部、私のせいだよね」
先輩は萎れた声でそんなことを言った。
「俺は先輩に協力してもらって助かってるよ」
「私が由衣ちゃんを焚きつけちゃったから……」
「いや、きっと遅かれ早かれこうなってたんだ。先輩が気にすることはない」
これは本心だ。
先輩と弟くんの事が無くても、俺と由衣が両想いな以上、いつかは問題になっていただろう。
だから先輩には負い目など感じてほしくない。
「でも、また何かあった時は相談に乗ってくれると嬉しいな。こんなこと先輩にしか相談できないから」
「……ええ、それはもちろん」
「それじゃあ、そろそろ帰りろうか。あんまり先輩を独占してると弟くんに怒られる」
「……そうね」
先輩の分の会計も俺が済ませ、俺たちはその場で解散した。
何か問題が解決したわけではないが、相談に乗ってもらった分、少し心が楽になっただろうか。
――
深夜の自室、俺はなかなか寝付けないでいた。
先輩に言われたあることを思い出し、よからぬ妄想をしてしまったためだ。
深夜に由衣が俺の部屋に入って来て……などとは、なんと浅ましい考えだろうか。
それだけ夜這いという単語は俺にとって強烈過ぎた。
明日は学校だし早く寝なきゃいけないことは分かっているが、一度こびりついた煩悩はなかなか頭を離れてくれない。
ひたすら悶々とする時間が続いた。
必死に目をつぶり、ようやく眠気が襲って来て、安堵しかけたその時――
静かにドアの開かれる音が聞こえた。
そしてゆっくりと誰かが近づいてくる。
俺はそれが怖くて目を開けることが出来なかった。
現実から目を背けたくて、また寝たふりをしたままだ。
「お兄ちゃん、起きてる?」
由衣が静かな声で尋ねてくる。
俺は何も言う事が出来ず、目をつむったまま。
「お兄ちゃん、起きてる?」
確かめるように、もう一度。
俺は何も答えない。答えられない。
由衣は俺の胸の上にそっと手を乗せる。
やめて欲しい、俺の激しくなっている鼓動がバレてしまうから……
俺の願いも虚しく、由衣はそれを確かめるように、乗せた手に力を込める。
まるで心臓を握られているようだ。
「お兄ちゃんは私が守るから」
力のこもった声でそう宣言する。
そして由衣はまた、俺に、キスをした。
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