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1章 出会い
【ファナエルSIDE】 過去の夢、幸せな今、不穏な予兆
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私が人間の世界で生活を始めて2年が過ぎた1984年頃、アメリカではとある映画が一大ブームになっていた。
「聞いたか?あそこのボロ屋敷でポルターガイストが起こったんだってよ」
「お、それじゃ行ってみるか。俺たちもあの変な銃とか持ってさ」
その映画は主人公率いる博士達が特殊な銃を使ってゴーストを倒すコメディホラー映画だった。
キャッチーなロゴマークが街のあちこちに貼られるほどの社会現象を起こしたその映画はアメリカに住む若者たちを心霊スポットに駆り立てるには十分なものだったみたいで、ガタイの良くスクールカーストも高いアメフト部やバスケ部の男子生徒や取り巻きの女子生徒達はその映画に出てくるような心霊スポットに毎日足を運ぶようになった。
「ま、なんかあってもファナエルがなんとかしてくれるっしょ」
「私達がせっかく誘ってるんだから断ったりしないわよね」
スクールカーストという枠組みから外れ、『誰にでも話しかけてくれるし何でも出来る便利屋』という扱いを受けていた当時の私はそんな彼らの青春に同行していたのだ。
「いいよ。出発はいつになるの?」
あの事故以降誰からも必要とされなくなった私を誰かが求めてくれる‥‥‥そんなちょっとしたことが嬉しかった私は嬉々としてみんなの護衛役を務めていたのだ。
人間世界の中で私を受け入れてくれる居場所を作るために。
‥‥‥でも、そんな希望は簡単に打ち破られた。
「‥‥‥本当にゴーストが出るとは思わなかったね。皆大丈夫だった?」
初めて人間の前で力を使ったあの日、初めて人間の前で本当の姿を晒したあの日。
私を見る皆の目を見て、私に浴びせた皆の言葉を聞いて、『私を受け入れてくれる生命体はもうこの世界のどこにも居ないんだな』と絶望してしまった。
その日からだったかな‥‥‥『私の居場所を作るにはもう堕ちるところまで堕ちるしかない』と言い聞かせながらあのクッキーを作り始めたのは。
◇
「‥‥‥夢?」
チュンチュンと朝を伝える雀の声に導かれて私は重いまぶたを開ける。
どうして今更になってあの夢を見たんだろう‥‥‥それにここベッドじゃなくてリビングのソファーだ。
昨日何をしていたのかを思い出すため頭を回転させようとしたその時、私の腹部になにか温かいものがもたれかかっている事に気づく。
「ファナエルと一緒に‥‥‥‥へへ」
「そっか、昨日アキラが寝たのにつられて私もここで寝ちゃってたんだ」
私の体をギュッと抱きしめ、気持ちよさそうな寝顔で私の名前を連呼しているアキラの姿がそこにはあった。
私のクッキーを飲み込んでくれた唯一の人間で、私の要望から逃げずに向き合ってくれた唯一の生命体。
誰かに拒絶されるのが怖いと怯えながらも私には同じ思いをしてほしくないと思ってくれる優しい人。
「ねぇアキラ、私と一緒にしたいことってある?」
未だ夢見心地の彼をからかうように私は耳元で囁いてみた。
アキラは私の体を抱きしめる力をどんどん強めながら顔を私の体に擦り付ける。
「そりゃ………恋人らしい事してみたいし、何ならキスとかしてみても‥‥‥ってうわぁぁ!!」
「ありゃ、起きちゃった」
恥ずかしいのか顔を真赤にして飛び上がるアキラ。
よーく耳を傾けると、『さっきの声聞かれてないよな?もしかしたらもう聞かれてて‥‥‥気持ち悪いってドン引きされてるんじゃ!!』と慌てふためいている彼の心の声が聞こえてくる。
「寝言とか言ってなかったし大丈夫だよ」
アキラを安心させるようにそう言った後、私は彼の右手をそっと手にとって自分の右耳へ押し当てる。
「本来この右耳を隠してた私の髪の毛をアキラは昨日全部食べてくれた。行動で私を愛している事を表してくれた。だから私はアキラの事を気持ち悪がったり嫌ったりしないよ。それにもう私達は恋人でしょ?」
「ファナエルと恋人‥‥‥そっか、良かった。俺昨日のことが夢だったらどうしようかと」
そういって本当に嬉しそうな顔を浮かべるアキラ。
ゲロを吐かせるクッキーを食べさせて、化け物に変な因縁があって、終いには自分の体毛を食わせた私と恋人になれた事をアキラは本気で喜んでいる。
「フフ‥‥‥アキラは本当に心配性だね。それならこの不自然に切れた私の髪の毛を見るたびに私の味を思い出して。そうすればきっとアキラの中の不安も消えるから」
そんな彼が私は愛おしくて、彼のためなら何でもしてあげたいと思ってしまうのだ。
◇
「この時間で間に合うの?」
「ああ、何とかなる。と言うか早く来いって電話が妹からめっちゃ来てる」
あれから数分がたった頃。
今日が月曜日であった事を思い出した私達は慌ただしく玄関に駆け出していた。
普通に登校するのであれば余裕を持って間に合う時間ではあるんだけど‥‥‥アキラは制服を取りに家に帰らないと行けないので時間があまり無いらしい。
「それじゃあ、また学校で」
「あ、アキラ待って」
慌ただしく玄関を走り去ろうとした彼の肩を軽く叩いて引き止める。
昨日は私のために頑張ってくれたんだもの、ちゃんとお礼はしないとね。
そんな思いを胸に秘めながら、私は彼の口元に軽いキスをした。
「このキスは昨日のお礼だよ、今度はもっと深いのをしようね」
アキラはしばらく硬直して私の顔をまじまじと見つめた後、嬉しさと恥ずかしさが混ざった顔をしながら走り去って行く。
心の声は貪欲なのにそれがいざ叶うとこうやってオーバーヒートする可愛い彼の姿を見送り、私はくるりと玄関の方へ向き直った。
「さて、私も学校に行く準備をしないと‥‥‥まずはガムを取り出してー」
「お姉さんには素敵な彼氏さんが居るのですね」
ポケットから取り出した黒いガムを口に含んで家に戻ろうとしたその時、私の耳に入ってきたのは少女の声だった。
チラリと声がした方向を見やると、電柱の後ろに隠れて私をじっと見つめている子供が一人。
見た目は日本に暮らす普通の小学2年生と言った感じだ。
一つだけ目を張るところがあるのは彼女が妙に似合っている黒い修道服を身に着けていることだ。
「すみませんなのです。勝手に覗き見るような真似をして」
「気にしてないから大丈夫だよ。可愛いシスターさんだね」
「あ、ありがとうございますなのです。‥‥‥‥えっと、その‥‥‥」
電柱から顔の覗かせながら何か言いたそうな彼女。
私が「どうしたの?」と声をかけると、彼女は視線を少し落とし、ゴクリを唾を飲み込んだ。
「あの‥‥‥こんな子供の私が言っても信じられないかも知れないのですが……あの彼氏さんの体には悪いものが詰め込まれています。おぞましい何かが彼氏さんの体を変質させて滅茶苦茶にしているのです」
彼女が放ったその言葉がザン!!と私の心に突き刺さる。
こんな真夏だと言うのに私の呼吸は凍てつくような冷たさをはらみ、体中からは嫌な汗が出始める。
どうしてアキラの体が変化している事を彼女は知ってるの?
アキラの体内に入った私の髪の毛やクッキーに仕込んでいた『私の血を使って作った薬』が今もアキラの体に変化を起こしている事を知っているのは私だけのはずなのに。
それに彼女が何者であったとしても、あれを『おぞましい何か』なんて言うのは許せない。
あれはアキラに悪影響を及ぼすものなんかじゃない。
あれはアキラが私の事をもっともっともっっっっと愛してくれるために必要な物だ。
「‥‥‥‥子供の冗談にしてはあまり面白くないね」
「えっと‥‥‥気を悪くしたならごめんなさいなのです。でも最後にこれだけ言わせてくださいなのです」
修道服を着た女の子は隠れていた電柱から身を乗り出し、両手を大きく広げて堂々とした声で意味深な言葉を放つ。
「彼氏さんに何かおかしなことが起こったなら頼って欲しいのです。私達が所属する超能力組織『シンガン』を」
「超能力組織ね……君は一体何なの?」
そんな疑問を問いかけた瞬間、ブォンという音と女の子の肩を触る成人男性の影が映る。
私が声を上げたその時にはすでに、修道服を着た少女はどこにも居なかった。
「聞いたか?あそこのボロ屋敷でポルターガイストが起こったんだってよ」
「お、それじゃ行ってみるか。俺たちもあの変な銃とか持ってさ」
その映画は主人公率いる博士達が特殊な銃を使ってゴーストを倒すコメディホラー映画だった。
キャッチーなロゴマークが街のあちこちに貼られるほどの社会現象を起こしたその映画はアメリカに住む若者たちを心霊スポットに駆り立てるには十分なものだったみたいで、ガタイの良くスクールカーストも高いアメフト部やバスケ部の男子生徒や取り巻きの女子生徒達はその映画に出てくるような心霊スポットに毎日足を運ぶようになった。
「ま、なんかあってもファナエルがなんとかしてくれるっしょ」
「私達がせっかく誘ってるんだから断ったりしないわよね」
スクールカーストという枠組みから外れ、『誰にでも話しかけてくれるし何でも出来る便利屋』という扱いを受けていた当時の私はそんな彼らの青春に同行していたのだ。
「いいよ。出発はいつになるの?」
あの事故以降誰からも必要とされなくなった私を誰かが求めてくれる‥‥‥そんなちょっとしたことが嬉しかった私は嬉々としてみんなの護衛役を務めていたのだ。
人間世界の中で私を受け入れてくれる居場所を作るために。
‥‥‥でも、そんな希望は簡単に打ち破られた。
「‥‥‥本当にゴーストが出るとは思わなかったね。皆大丈夫だった?」
初めて人間の前で力を使ったあの日、初めて人間の前で本当の姿を晒したあの日。
私を見る皆の目を見て、私に浴びせた皆の言葉を聞いて、『私を受け入れてくれる生命体はもうこの世界のどこにも居ないんだな』と絶望してしまった。
その日からだったかな‥‥‥『私の居場所を作るにはもう堕ちるところまで堕ちるしかない』と言い聞かせながらあのクッキーを作り始めたのは。
◇
「‥‥‥夢?」
チュンチュンと朝を伝える雀の声に導かれて私は重いまぶたを開ける。
どうして今更になってあの夢を見たんだろう‥‥‥それにここベッドじゃなくてリビングのソファーだ。
昨日何をしていたのかを思い出すため頭を回転させようとしたその時、私の腹部になにか温かいものがもたれかかっている事に気づく。
「ファナエルと一緒に‥‥‥‥へへ」
「そっか、昨日アキラが寝たのにつられて私もここで寝ちゃってたんだ」
私の体をギュッと抱きしめ、気持ちよさそうな寝顔で私の名前を連呼しているアキラの姿がそこにはあった。
私のクッキーを飲み込んでくれた唯一の人間で、私の要望から逃げずに向き合ってくれた唯一の生命体。
誰かに拒絶されるのが怖いと怯えながらも私には同じ思いをしてほしくないと思ってくれる優しい人。
「ねぇアキラ、私と一緒にしたいことってある?」
未だ夢見心地の彼をからかうように私は耳元で囁いてみた。
アキラは私の体を抱きしめる力をどんどん強めながら顔を私の体に擦り付ける。
「そりゃ………恋人らしい事してみたいし、何ならキスとかしてみても‥‥‥ってうわぁぁ!!」
「ありゃ、起きちゃった」
恥ずかしいのか顔を真赤にして飛び上がるアキラ。
よーく耳を傾けると、『さっきの声聞かれてないよな?もしかしたらもう聞かれてて‥‥‥気持ち悪いってドン引きされてるんじゃ!!』と慌てふためいている彼の心の声が聞こえてくる。
「寝言とか言ってなかったし大丈夫だよ」
アキラを安心させるようにそう言った後、私は彼の右手をそっと手にとって自分の右耳へ押し当てる。
「本来この右耳を隠してた私の髪の毛をアキラは昨日全部食べてくれた。行動で私を愛している事を表してくれた。だから私はアキラの事を気持ち悪がったり嫌ったりしないよ。それにもう私達は恋人でしょ?」
「ファナエルと恋人‥‥‥そっか、良かった。俺昨日のことが夢だったらどうしようかと」
そういって本当に嬉しそうな顔を浮かべるアキラ。
ゲロを吐かせるクッキーを食べさせて、化け物に変な因縁があって、終いには自分の体毛を食わせた私と恋人になれた事をアキラは本気で喜んでいる。
「フフ‥‥‥アキラは本当に心配性だね。それならこの不自然に切れた私の髪の毛を見るたびに私の味を思い出して。そうすればきっとアキラの中の不安も消えるから」
そんな彼が私は愛おしくて、彼のためなら何でもしてあげたいと思ってしまうのだ。
◇
「この時間で間に合うの?」
「ああ、何とかなる。と言うか早く来いって電話が妹からめっちゃ来てる」
あれから数分がたった頃。
今日が月曜日であった事を思い出した私達は慌ただしく玄関に駆け出していた。
普通に登校するのであれば余裕を持って間に合う時間ではあるんだけど‥‥‥アキラは制服を取りに家に帰らないと行けないので時間があまり無いらしい。
「それじゃあ、また学校で」
「あ、アキラ待って」
慌ただしく玄関を走り去ろうとした彼の肩を軽く叩いて引き止める。
昨日は私のために頑張ってくれたんだもの、ちゃんとお礼はしないとね。
そんな思いを胸に秘めながら、私は彼の口元に軽いキスをした。
「このキスは昨日のお礼だよ、今度はもっと深いのをしようね」
アキラはしばらく硬直して私の顔をまじまじと見つめた後、嬉しさと恥ずかしさが混ざった顔をしながら走り去って行く。
心の声は貪欲なのにそれがいざ叶うとこうやってオーバーヒートする可愛い彼の姿を見送り、私はくるりと玄関の方へ向き直った。
「さて、私も学校に行く準備をしないと‥‥‥まずはガムを取り出してー」
「お姉さんには素敵な彼氏さんが居るのですね」
ポケットから取り出した黒いガムを口に含んで家に戻ろうとしたその時、私の耳に入ってきたのは少女の声だった。
チラリと声がした方向を見やると、電柱の後ろに隠れて私をじっと見つめている子供が一人。
見た目は日本に暮らす普通の小学2年生と言った感じだ。
一つだけ目を張るところがあるのは彼女が妙に似合っている黒い修道服を身に着けていることだ。
「すみませんなのです。勝手に覗き見るような真似をして」
「気にしてないから大丈夫だよ。可愛いシスターさんだね」
「あ、ありがとうございますなのです。‥‥‥‥えっと、その‥‥‥」
電柱から顔の覗かせながら何か言いたそうな彼女。
私が「どうしたの?」と声をかけると、彼女は視線を少し落とし、ゴクリを唾を飲み込んだ。
「あの‥‥‥こんな子供の私が言っても信じられないかも知れないのですが……あの彼氏さんの体には悪いものが詰め込まれています。おぞましい何かが彼氏さんの体を変質させて滅茶苦茶にしているのです」
彼女が放ったその言葉がザン!!と私の心に突き刺さる。
こんな真夏だと言うのに私の呼吸は凍てつくような冷たさをはらみ、体中からは嫌な汗が出始める。
どうしてアキラの体が変化している事を彼女は知ってるの?
アキラの体内に入った私の髪の毛やクッキーに仕込んでいた『私の血を使って作った薬』が今もアキラの体に変化を起こしている事を知っているのは私だけのはずなのに。
それに彼女が何者であったとしても、あれを『おぞましい何か』なんて言うのは許せない。
あれはアキラに悪影響を及ぼすものなんかじゃない。
あれはアキラが私の事をもっともっともっっっっと愛してくれるために必要な物だ。
「‥‥‥‥子供の冗談にしてはあまり面白くないね」
「えっと‥‥‥気を悪くしたならごめんなさいなのです。でも最後にこれだけ言わせてくださいなのです」
修道服を着た女の子は隠れていた電柱から身を乗り出し、両手を大きく広げて堂々とした声で意味深な言葉を放つ。
「彼氏さんに何かおかしなことが起こったなら頼って欲しいのです。私達が所属する超能力組織『シンガン』を」
「超能力組織ね……君は一体何なの?」
そんな疑問を問いかけた瞬間、ブォンという音と女の子の肩を触る成人男性の影が映る。
私が声を上げたその時にはすでに、修道服を着た少女はどこにも居なかった。
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