元・愛玩奴隷は愛されとろけて甘く鳴き~二代目ご主人様は三兄弟~

唯月漣

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12)働かざる者食うべからず

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 夕方になって部屋に戻った私を訪ねてきたのは、あの日お屋敷にいた黒服のもう一人、佐倉さんだった。


「おう、お前。昨日水湊様から貰った雇用契約書、出来てるか?」
「はい。ええと、名前は書けたのですけれど、私ハンコを持っていなくて」
「あー、まぁ拇印ぼいんで構わないだろ」
「ボイン?」
「げっ。そっからかよ……」

 
 艷やかなオールバックの彼は、決して背が低くない私より更に頭一つ分高い。
 
 そんな長身の彼は背をかがめて、机の上の契約書に不備がないことを確認してくれる。

 それから彼は、何枚かの書類を私に手渡してきた。こちらは水湊様が言っていた『シャホ』に必要な書類らしい。

 その後佐倉さんに教わりながら、私は履歴書という書類を作った。
 
 とはいっても、私にまともな学歴などない。
 
 ほんの数分で出来上がった履歴書を受け取った佐倉さんは、内容を見てぎょっとした。


「お前、小学校すらまともに行ってないとかマジかよ。今、令和だぞ?」
「ええと、それはそんなに酷いことなんですか?」
「ああ、酷ぇな。普通中学までは『義務教育』っつって、この日本じゃどなた様でも通える事になってる」
「……!」

   学校の存在ぐらいは流石に知っていたけれど、そこへ通う事が義務であることは知らなかった。
 
 私たちの最低限の勉強は屋敷の家庭教師が見てくれていたから、そういうものだと思っていたのだ。


「よしっ、取り敢えずこれで必要な書類は揃ったな。仕事前に夕飯にするか」
「はい。あ、あの……っ」
「なんだ?」


 部屋を出ようとしていた佐倉さんが、私を振り返る。


「私はこれで晴れて今日からこちらに雇われた、という事ですよね?」
「ああ。社保の加入は明日からになりそうだが、とりあえず今日から俺らは同僚だ。おめでとさん」


 これで、私はここの愛玩奴隷として新しいスタートを切ったということだ。
 
 私を雇うことに反対していたように見えた佐倉さんが、私を祝ってくれたことも嬉しい。
 
 これでとりあえず路頭に迷う心配はなくなったのだと思えば、頬も自然に緩む。


「ありがとうございます。あの……お仕事のこと、お屋敷のこと。どうぞ色々教えてください。よろしくお願いいたします」
「ああ? しゃーねぇな。これでも俺はここじゃ古株だ。夜のお勤めは管轄外だが、それ以外で困ったことがあれば聞いてやる」
「……!」


 佐倉さんは怖い人なのかと思っていたけれど、ぶっきらぼうながらも色々と面倒を見てくれるところを見ると、どうやら悪い人ではないらしい。
 
 昨日はたまたま、虫の居所が悪かったかなにかだったのだろうか……?

 
「あの。早速お願いしても?」
「なんだ?」
「私は昨日も今日も、このお屋敷で食事や洋服を与えて頂きました。出来れば一刻も早く、このお屋敷で仕事をしたいのです。まずは雑用でも何でも良いので、お仕事を頂けませんでしょうか」


 "働かざる者食うべからず"


 これは前の屋敷にいた頃、幼い頃から口酸っぱく言われていた言葉であり、新たな仲間が増える度、私自身が彼らに屋敷のルールとして伝えた言葉でもあった。

 私の言葉に再び目を丸くした佐倉さんは、困ったように視線をそらして頭を掻いた。


「あー、まぁ。一応アンタの仕事に関するルールは、朝食のときに話し合いで決まったそうだ。詳しくは後ほど通達があるとは思うが」
「…………! そうなんですか?」
「ああ。とりあえず今週は夜勤で、平日のみ。夕方の五時から八時間が勤務時間だ。うち一時間は夕食休憩。仕事は主に、坊っちゃま達のお相手と、屋敷の雑用だな」
「お相手……!」

 
 その一言に、私の胸は高鳴った。

 愛玩奴隷として、私は前の主人のお眼鏡には一度も叶わなかった。
 そんな私が、今度こそ主人の寝所へ招かれるかもしれない。
 そんな期待を膨らませつつ、私は佐倉さんの方を見た。
 佐倉さんは困ったように頭をかいて、言葉を続ける。

 
「『坊っちゃま達に呼ばれた時だけ、それぞれに指定された部屋へ行くように』だとさ。多分声がかかるとしたら、一発目は年功序列で長男の水湊様からだろーな」
「…………! それでしたら、私は今日、急いで夕飯を済ませなければならないのでは!?」


 そう言って慌てた私に、佐倉さんは笑った。


「いや、今夜の呼び出しはないだろう。今日も水湊様は恐らく午前様だ。今は繁忙期だから、日付が変わるまでお戻りになれないはずだ」
「そうなのですか……」


 そう言えば、昨夜の面接の際も水湊様のお呼び出しは深夜だった。とてもお疲れのご様子だったし、思い起こすと顔色もあまりいいとは言えなかったように思う。


「そういう訳だから、ゆっくり飯にしようぜ」


 佐倉さんに休憩室へと連れられながら、私は昨日会ったばかりの水湊様の事を思案していた。
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