12 / 108
12)働かざる者食うべからず
しおりを挟む
夕方になって部屋に戻った私を訪ねてきたのは、あの日お屋敷にいた黒服のもう一人、佐倉さんだった。
「おう、お前。昨日水湊様から貰った雇用契約書、出来てるか?」
「はい。ええと、名前は書けたのですけれど、私ハンコを持っていなくて」
「あー、まぁ拇印で構わないだろ」
「ボイン?」
「げっ。そっからかよ……」
艷やかなオールバックの彼は、決して背が低くない私より更に頭一つ分高い。
そんな長身の彼は背をかがめて、机の上の契約書に不備がないことを確認してくれる。
それから彼は、何枚かの書類を私に手渡してきた。こちらは水湊様が言っていた『シャホ』に必要な書類らしい。
その後佐倉さんに教わりながら、私は履歴書という書類を作った。
とはいっても、私にまともな学歴などない。
ほんの数分で出来上がった履歴書を受け取った佐倉さんは、内容を見てぎょっとした。
「お前、小学校すらまともに行ってないとかマジかよ。今、令和だぞ?」
「ええと、それはそんなに酷いことなんですか?」
「ああ、酷ぇな。普通中学までは『義務教育』っつって、この日本じゃどなた様でも通える事になってる」
「……!」
学校の存在ぐらいは流石に知っていたけれど、そこへ通う事が義務であることは知らなかった。
私たちの最低限の勉強は屋敷の家庭教師が見てくれていたから、そういうものだと思っていたのだ。
「よしっ、取り敢えずこれで必要な書類は揃ったな。仕事前に夕飯にするか」
「はい。あ、あの……っ」
「なんだ?」
部屋を出ようとしていた佐倉さんが、私を振り返る。
「私はこれで晴れて今日からこちらに雇われた、という事ですよね?」
「ああ。社保の加入は明日からになりそうだが、とりあえず今日から俺らは同僚だ。おめでとさん」
これで、私はここの愛玩奴隷として新しいスタートを切ったということだ。
私を雇うことに反対していたように見えた佐倉さんが、私を祝ってくれたことも嬉しい。
これでとりあえず路頭に迷う心配はなくなったのだと思えば、頬も自然に緩む。
「ありがとうございます。あの……お仕事のこと、お屋敷のこと。どうぞ色々教えてください。よろしくお願いいたします」
「ああ? しゃーねぇな。これでも俺はここじゃ古株だ。夜のお勤めは管轄外だが、それ以外で困ったことがあれば聞いてやる」
「……!」
佐倉さんは怖い人なのかと思っていたけれど、ぶっきらぼうながらも色々と面倒を見てくれるところを見ると、どうやら悪い人ではないらしい。
昨日はたまたま、虫の居所が悪かったかなにかだったのだろうか……?
「あの。早速お願いしても?」
「なんだ?」
「私は昨日も今日も、このお屋敷で食事や洋服を与えて頂きました。出来れば一刻も早く、このお屋敷で仕事をしたいのです。まずは雑用でも何でも良いので、お仕事を頂けませんでしょうか」
"働かざる者食うべからず"
これは前の屋敷にいた頃、幼い頃から口酸っぱく言われていた言葉であり、新たな仲間が増える度、私自身が彼らに屋敷のルールとして伝えた言葉でもあった。
私の言葉に再び目を丸くした佐倉さんは、困ったように視線をそらして頭を掻いた。
「あー、まぁ。一応アンタの仕事に関するルールは、朝食のときに話し合いで決まったそうだ。詳しくは後ほど通達があるとは思うが」
「…………! そうなんですか?」
「ああ。とりあえず今週は夜勤で、平日のみ。夕方の五時から八時間が勤務時間だ。うち一時間は夕食休憩。仕事は主に、坊っちゃま達のお相手と、屋敷の雑用だな」
「お相手……!」
その一言に、私の胸は高鳴った。
愛玩奴隷として、私は前の主人のお眼鏡には一度も叶わなかった。
そんな私が、今度こそ主人の寝所へ招かれるかもしれない。
そんな期待を膨らませつつ、私は佐倉さんの方を見た。
佐倉さんは困ったように頭をかいて、言葉を続ける。
「『坊っちゃま達に呼ばれた時だけ、それぞれに指定された部屋へ行くように』だとさ。多分声がかかるとしたら、一発目は年功序列で長男の水湊様からだろーな」
「…………! それでしたら、私は今日、急いで夕飯を済ませなければならないのでは!?」
そう言って慌てた私に、佐倉さんは笑った。
「いや、今夜の呼び出しはないだろう。今日も水湊様は恐らく午前様だ。今は繁忙期だから、日付が変わるまでお戻りになれないはずだ」
「そうなのですか……」
そう言えば、昨夜の面接の際も水湊様のお呼び出しは深夜だった。とてもお疲れのご様子だったし、思い起こすと顔色もあまりいいとは言えなかったように思う。
「そういう訳だから、ゆっくり飯にしようぜ」
佐倉さんに休憩室へと連れられながら、私は昨日会ったばかりの水湊様の事を思案していた。
「おう、お前。昨日水湊様から貰った雇用契約書、出来てるか?」
「はい。ええと、名前は書けたのですけれど、私ハンコを持っていなくて」
「あー、まぁ拇印で構わないだろ」
「ボイン?」
「げっ。そっからかよ……」
艷やかなオールバックの彼は、決して背が低くない私より更に頭一つ分高い。
そんな長身の彼は背をかがめて、机の上の契約書に不備がないことを確認してくれる。
それから彼は、何枚かの書類を私に手渡してきた。こちらは水湊様が言っていた『シャホ』に必要な書類らしい。
その後佐倉さんに教わりながら、私は履歴書という書類を作った。
とはいっても、私にまともな学歴などない。
ほんの数分で出来上がった履歴書を受け取った佐倉さんは、内容を見てぎょっとした。
「お前、小学校すらまともに行ってないとかマジかよ。今、令和だぞ?」
「ええと、それはそんなに酷いことなんですか?」
「ああ、酷ぇな。普通中学までは『義務教育』っつって、この日本じゃどなた様でも通える事になってる」
「……!」
学校の存在ぐらいは流石に知っていたけれど、そこへ通う事が義務であることは知らなかった。
私たちの最低限の勉強は屋敷の家庭教師が見てくれていたから、そういうものだと思っていたのだ。
「よしっ、取り敢えずこれで必要な書類は揃ったな。仕事前に夕飯にするか」
「はい。あ、あの……っ」
「なんだ?」
部屋を出ようとしていた佐倉さんが、私を振り返る。
「私はこれで晴れて今日からこちらに雇われた、という事ですよね?」
「ああ。社保の加入は明日からになりそうだが、とりあえず今日から俺らは同僚だ。おめでとさん」
これで、私はここの愛玩奴隷として新しいスタートを切ったということだ。
私を雇うことに反対していたように見えた佐倉さんが、私を祝ってくれたことも嬉しい。
これでとりあえず路頭に迷う心配はなくなったのだと思えば、頬も自然に緩む。
「ありがとうございます。あの……お仕事のこと、お屋敷のこと。どうぞ色々教えてください。よろしくお願いいたします」
「ああ? しゃーねぇな。これでも俺はここじゃ古株だ。夜のお勤めは管轄外だが、それ以外で困ったことがあれば聞いてやる」
「……!」
佐倉さんは怖い人なのかと思っていたけれど、ぶっきらぼうながらも色々と面倒を見てくれるところを見ると、どうやら悪い人ではないらしい。
昨日はたまたま、虫の居所が悪かったかなにかだったのだろうか……?
「あの。早速お願いしても?」
「なんだ?」
「私は昨日も今日も、このお屋敷で食事や洋服を与えて頂きました。出来れば一刻も早く、このお屋敷で仕事をしたいのです。まずは雑用でも何でも良いので、お仕事を頂けませんでしょうか」
"働かざる者食うべからず"
これは前の屋敷にいた頃、幼い頃から口酸っぱく言われていた言葉であり、新たな仲間が増える度、私自身が彼らに屋敷のルールとして伝えた言葉でもあった。
私の言葉に再び目を丸くした佐倉さんは、困ったように視線をそらして頭を掻いた。
「あー、まぁ。一応アンタの仕事に関するルールは、朝食のときに話し合いで決まったそうだ。詳しくは後ほど通達があるとは思うが」
「…………! そうなんですか?」
「ああ。とりあえず今週は夜勤で、平日のみ。夕方の五時から八時間が勤務時間だ。うち一時間は夕食休憩。仕事は主に、坊っちゃま達のお相手と、屋敷の雑用だな」
「お相手……!」
その一言に、私の胸は高鳴った。
愛玩奴隷として、私は前の主人のお眼鏡には一度も叶わなかった。
そんな私が、今度こそ主人の寝所へ招かれるかもしれない。
そんな期待を膨らませつつ、私は佐倉さんの方を見た。
佐倉さんは困ったように頭をかいて、言葉を続ける。
「『坊っちゃま達に呼ばれた時だけ、それぞれに指定された部屋へ行くように』だとさ。多分声がかかるとしたら、一発目は年功序列で長男の水湊様からだろーな」
「…………! それでしたら、私は今日、急いで夕飯を済ませなければならないのでは!?」
そう言って慌てた私に、佐倉さんは笑った。
「いや、今夜の呼び出しはないだろう。今日も水湊様は恐らく午前様だ。今は繁忙期だから、日付が変わるまでお戻りになれないはずだ」
「そうなのですか……」
そう言えば、昨夜の面接の際も水湊様のお呼び出しは深夜だった。とてもお疲れのご様子だったし、思い起こすと顔色もあまりいいとは言えなかったように思う。
「そういう訳だから、ゆっくり飯にしようぜ」
佐倉さんに休憩室へと連れられながら、私は昨日会ったばかりの水湊様の事を思案していた。
53
あなたにおすすめの小説
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
お兄ちゃんができた!!
くものらくえん
BL
ある日お兄ちゃんができた悠は、そのかっこよさに胸を撃ち抜かれた。
お兄ちゃんは律といい、悠を過剰にかわいがる。
「悠くんはえらい子だね。」
「よしよ〜し。悠くん、いい子いい子♡」
「ふふ、かわいいね。」
律のお兄ちゃんな甘さに逃げたり、逃げられなかったりするあまあま義兄弟ラブコメ♡
「お兄ちゃん以外、見ないでね…♡」
ヤンデレ一途兄 律×人見知り純粋弟 悠の純愛ヤンデレラブ。
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!
花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」
婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。
追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。
しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。
夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。
けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。
「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」
フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。
しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!?
「離縁する気か? 許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」
凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。
孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!
※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。
【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】
この世界は僕に甘すぎる 〜ちんまい僕(もふもふぬいぐるみ付き)が溺愛される物語〜
COCO
BL
「ミミルがいないの……?」
涙目でそうつぶやいた僕を見て、
騎士団も、魔法団も、王宮も──全員が本気を出した。
前世は政治家の家に生まれたけど、
愛されるどころか、身体目当ての大人ばかり。
最後はストーカーの担任に殺された。
でも今世では……
「ルカは、僕らの宝物だよ」
目を覚ました僕は、
最強の父と美しい母に全力で愛されていた。
全員190cm超えの“男しかいない世界”で、
小柄で可愛い僕(とウサギのぬいぐるみ)は、今日も溺愛されてます。
魔法全属性持ち? 知識チート? でも一番すごいのは──
「ルカ様、可愛すぎて息ができません……!!」
これは、世界一ちんまい天使が、世界一愛されるお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる