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42)友達になりたい
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「子供は親を選べません。自分に非がないのに、己の出自を理由に一方的ないじめに耐えなければならない? そんなの絶対におかしいです」
物心付いたときから親がいない私は、両親の揃っている子供は私より幸せなのだと、なんとなく思ってしまっていた。
理不尽なことからは親が守ってくれるし、無償の愛を受けられるものだ、と。
けれど、それは私の勝手な幻想だったようだ。
育てきれずに我が子を売る親がいるくらいなのだから、世の中はそんなに簡単なものではないということくらい、少し考えれば分かったはずなのに。
「ありがとう。でも、仕方ないさ。家のゴタゴタなんで、親も教師も見て見ぬふりだよ。ずっと、誰も助けてくれなかった」
「誰も……」
「うん。正確には、東條院以外」
「――どういうことですか?」
苦々しい顔をしていた私に向かって大海原君が爽やかにそう言うので、私は首を傾げた。
「この図書室の一般開放。学校に掛け合ってくれたの、東條院なんだよ」
「詩月様が?」
「そう。東條院、去年生徒会副会長だったからさ」
成績が良いのは薄々感じていたものの、詩月様が生徒会をやっていらっしゃったのは少し意外だった。
あの方は人のために積極的に動くより、マイペースな一匹狼タイプだと思っていたから。
それを伝えると、大海原君は笑った。
「東條院って他人に無関心そうに見えて、実は色んな事を本当によく見てると思う」
「それはなんとなく分かります」
「学校ってのは基本閉鎖的で、隠蔽体質だろ? イジメなんて基本みんな、見ないふり」
それが、図書館の開放とはどういう関係が? そう問いかけようとした私に、大海原君は言葉を続ける。
「でもさ、東條院はそれを『正しくない』って思ってくれた」
「詩月様が?」
「うん。そこであいつが表立って俺を庇ったら、逆に反感を買う。結局、東條院の見てないところで虐められるだけだ。そうだろ?」
「それで図書館を?」
「うん。この図書室、一般開放が決まった時に監視カメラが設置されたんだ。校内では、ここだけ。だから学校もいじめっ子も、ここでは無茶なことはできない」
「なるほど」
「ここは俺みたいなやつにとって、貴重な避難先だ。だから東條院にはマジで感謝してる」
突然話しかけてきた彼に対する警戒心が、私の中で納得と共にゆっくりと溶けてゆく。
「ふふ。詩月様はお屋敷ではあまり学校のお話をされないので、新鮮に感じます」
私がそう答えると彼は頬を緩め、口元から八重歯を覗かせた。
「東條院は人に媚びたりしないし、群れたりもしない。だけど自分が『間違ってる』って思う事については絶対に許さないし、曲げない。そこがとにかくカッコいいんだよ」
大海原君は早口でそこまで言うと、私を見てハッと我に返る。
「あっ、悪い。そんなだから俺、前から東條院に憧れてて。できればもっと、お近付きになりたい、っていうか」
ここに来て大海原君はようやく、頭をかきながら照れ笑いを浮かべ、年相応の甘えた表情をみせた。
「なるほど。つまり大海原君は詩月様とお友達になりたいんですね? それで私に声をかけてくださった、と」
「あっ、いや。そこまで下心があった訳じゃなくて、俺は純粋に話相手が欲しくて」
「『下心』って」
大海原君のその言い回しが面白くて、私はクスクスと笑ってしまった。
それを見た大海原君も、つられて目を細める。
「ついでにちょーっと、東條院の家での話なんかが聞けたらなーってくらいの期待はあった、かな?」
彼が茶目っ気を混じえてそう白状するものだから、私はすっかり絆されてしまった。
「私でお役に立てるかは分かりませんけれど、そういう事なら微力ながらご協力させて頂きます」
「えっ?」
「日和っ」
そんな話をしていると、背後から不意に声をかけられた。振り返ると、そこに立っていたのは噂の詩月様だ。
「詩月様。もう三者面談を終わられたのですか?」
「うん。それより、大海原。お母さん、面談室の方に直接来てたよ」
「げっ。マジかよ。サンキュ。じゃあな、藤倉さん」
「え! あっ、待って!」
私は彼を呼び止めると、ポケットにあったメモ帳にスマートフォンの連絡先を書いて渡す。
「これ、私の連絡先です。大海原君、良かったら私とお友達になりませんか? 今度ゆっくりお話しましょう」
「え、良いのか?」
「はい」
私がそう言って微笑むと、彼は目を輝かせた。
「分かった、じゃあまた連絡する。東條院も、またな」
「うん。また」
詩月様は美しい笑みで大海原君に軽く会釈をする。
お屋敷ではクールでマイペースな詩月様の、学校での意外な一面。それを知ることが出来たことが、少し嬉しかった。
「日和、何してんの。行くよ」
「はい」
自分の主人が外で人様に慕われている。そう思うと何となく、私まで誇らしい気持ちになるのだった。
その日私は学校近くの詩月様行きつけの喫茶店で、コーラフロートをご馳走して頂いた。
「日和もパンケーキ、食べるでしょ?」
「え、ですが」
「いいから。僕だけ甘いの食べてたら、みっともないでしょ。付き合ってよ」
「は、はい」
学校を出てからの詩月様は、私のよく知るクールでマイペースな彼に戻っていた。
けれど、詩月様のオススメでコーラフロートと一緒に頂いた、アイスクリームの乗ったパンケーキ。
それはほんのり甘くて、胸の奥が温まるような優しい味がした。
物心付いたときから親がいない私は、両親の揃っている子供は私より幸せなのだと、なんとなく思ってしまっていた。
理不尽なことからは親が守ってくれるし、無償の愛を受けられるものだ、と。
けれど、それは私の勝手な幻想だったようだ。
育てきれずに我が子を売る親がいるくらいなのだから、世の中はそんなに簡単なものではないということくらい、少し考えれば分かったはずなのに。
「ありがとう。でも、仕方ないさ。家のゴタゴタなんで、親も教師も見て見ぬふりだよ。ずっと、誰も助けてくれなかった」
「誰も……」
「うん。正確には、東條院以外」
「――どういうことですか?」
苦々しい顔をしていた私に向かって大海原君が爽やかにそう言うので、私は首を傾げた。
「この図書室の一般開放。学校に掛け合ってくれたの、東條院なんだよ」
「詩月様が?」
「そう。東條院、去年生徒会副会長だったからさ」
成績が良いのは薄々感じていたものの、詩月様が生徒会をやっていらっしゃったのは少し意外だった。
あの方は人のために積極的に動くより、マイペースな一匹狼タイプだと思っていたから。
それを伝えると、大海原君は笑った。
「東條院って他人に無関心そうに見えて、実は色んな事を本当によく見てると思う」
「それはなんとなく分かります」
「学校ってのは基本閉鎖的で、隠蔽体質だろ? イジメなんて基本みんな、見ないふり」
それが、図書館の開放とはどういう関係が? そう問いかけようとした私に、大海原君は言葉を続ける。
「でもさ、東條院はそれを『正しくない』って思ってくれた」
「詩月様が?」
「うん。そこであいつが表立って俺を庇ったら、逆に反感を買う。結局、東條院の見てないところで虐められるだけだ。そうだろ?」
「それで図書館を?」
「うん。この図書室、一般開放が決まった時に監視カメラが設置されたんだ。校内では、ここだけ。だから学校もいじめっ子も、ここでは無茶なことはできない」
「なるほど」
「ここは俺みたいなやつにとって、貴重な避難先だ。だから東條院にはマジで感謝してる」
突然話しかけてきた彼に対する警戒心が、私の中で納得と共にゆっくりと溶けてゆく。
「ふふ。詩月様はお屋敷ではあまり学校のお話をされないので、新鮮に感じます」
私がそう答えると彼は頬を緩め、口元から八重歯を覗かせた。
「東條院は人に媚びたりしないし、群れたりもしない。だけど自分が『間違ってる』って思う事については絶対に許さないし、曲げない。そこがとにかくカッコいいんだよ」
大海原君は早口でそこまで言うと、私を見てハッと我に返る。
「あっ、悪い。そんなだから俺、前から東條院に憧れてて。できればもっと、お近付きになりたい、っていうか」
ここに来て大海原君はようやく、頭をかきながら照れ笑いを浮かべ、年相応の甘えた表情をみせた。
「なるほど。つまり大海原君は詩月様とお友達になりたいんですね? それで私に声をかけてくださった、と」
「あっ、いや。そこまで下心があった訳じゃなくて、俺は純粋に話相手が欲しくて」
「『下心』って」
大海原君のその言い回しが面白くて、私はクスクスと笑ってしまった。
それを見た大海原君も、つられて目を細める。
「ついでにちょーっと、東條院の家での話なんかが聞けたらなーってくらいの期待はあった、かな?」
彼が茶目っ気を混じえてそう白状するものだから、私はすっかり絆されてしまった。
「私でお役に立てるかは分かりませんけれど、そういう事なら微力ながらご協力させて頂きます」
「えっ?」
「日和っ」
そんな話をしていると、背後から不意に声をかけられた。振り返ると、そこに立っていたのは噂の詩月様だ。
「詩月様。もう三者面談を終わられたのですか?」
「うん。それより、大海原。お母さん、面談室の方に直接来てたよ」
「げっ。マジかよ。サンキュ。じゃあな、藤倉さん」
「え! あっ、待って!」
私は彼を呼び止めると、ポケットにあったメモ帳にスマートフォンの連絡先を書いて渡す。
「これ、私の連絡先です。大海原君、良かったら私とお友達になりませんか? 今度ゆっくりお話しましょう」
「え、良いのか?」
「はい」
私がそう言って微笑むと、彼は目を輝かせた。
「分かった、じゃあまた連絡する。東條院も、またな」
「うん。また」
詩月様は美しい笑みで大海原君に軽く会釈をする。
お屋敷ではクールでマイペースな詩月様の、学校での意外な一面。それを知ることが出来たことが、少し嬉しかった。
「日和、何してんの。行くよ」
「はい」
自分の主人が外で人様に慕われている。そう思うと何となく、私まで誇らしい気持ちになるのだった。
その日私は学校近くの詩月様行きつけの喫茶店で、コーラフロートをご馳走して頂いた。
「日和もパンケーキ、食べるでしょ?」
「え、ですが」
「いいから。僕だけ甘いの食べてたら、みっともないでしょ。付き合ってよ」
「は、はい」
学校を出てからの詩月様は、私のよく知るクールでマイペースな彼に戻っていた。
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