怪異語リ噺〜池屋敷の大池編〜

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三幕 池御前 其の二

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 美会は急遽取り止めとなり、客人方には適当な言い訳だったがなんとかお帰り願い、残ったのは三智原、そして奉行所勤めの『大原茂信』と『谷垣三良』の2名。
 そして、巷ではこういった不可解で奇妙な妖絡みの事件に携わって来たという修験道の術を収めた修験者『村上幻斎』。
 彼等だけが帰らず、ここへ残った客人たちだ。
 全員は一先ず、大広間に集い、怪異によって殺された女中の遺体を運び、その検死を始めた。

「……これは、なんと……」

「……三智原殿。もう一度聞くが、本当に頭と片腕以外の部位は行方知れず、なのか? 

「無論、現場にはそれしか残されていなかった。池御前なる怪異が喰らった……らしいのでな」

 奉行所の人間であれば、人の死体はよく見ている。江戸の治安を脅かす無法者を捕らえ、白洲の場に引っ立てるのが彼等の役目なのだが、
今回の下手人は人間ではない。
 摩訶不思議な超常の存在である怪異だ。
 通常時ならそんなもの、と切ってしまうのだが、三智原と十郎太が人死の場面でそのような
与太話を口にする人間ではないことは知っている。
 故に、仕方なく『そういうことにしよう』と自己完結することで、どうにか自分たちを納得させている訳だ。

「して、してして! そちらのご婦人は怪異の正体を池御前なる怪異と断じたらしいが、それは
またどういう道理で?」

 何処か芝居じみた口調で清水に問いを投げる。その問いの真意がよく分からなかったらしく、清水は首を少し傾げて聞き返した。

「と、言うと?」

「沼御前なる妖は知っている。沼御前とは、沼沢湖に潜む蛇が女性に化ける水怪」

「よくご存知で」

 幻斎は構わず続けた。

「時遡れば鎌倉の世、当時の領主・佐原十郎義連は、村人の恐れるこの大蛇を退治するため、家来50~60人ばかりを率いて船や筏で沼に進み出でた。大蛇は大変口が悪く、嘲笑っては義連を丸呑みにしたが、義連の被っていた兜に金の観音菩薩が蛇の猛毒を消し去り、結果として刀で腹を切り裂いて出てこれた、とある」

「では、沼御前は死んでいるから、世に迷い出ないと?


「いいや! そう言いたいのではない! 相手は妖。この世の摂理の外なれば、死のうと何度でも出てこよう。その後も現れたという話もある。なんら、不思議ではない!」

「……じゃあ、何が言いたいんだあんた?」

 幻斎の一言一句に苛立って来たのか。棘があるのを隠さず、三良は砕けた態度で言う。

「掻い摘んで言うと、だ。沼御前は沼沢湖に潜む怪異の主。主が場所を離れ、ここ江戸の池屋敷に現れる道理はないと言っているのだ」

「だが、現に……」

「怪異の仕業なのは間違いない。そこは否定せんさ。だが、ソレが沼御前なのはどうかという話だ」

 確かに一理ある。沼御前が名のある湖の主だとして、どうして何の接点もない大池屋敷に現れるのか。
 神出鬼没に現れる怪異なら、そういうものだと思えるが、いかんせん沼御前は沼沢湖という
水場にしか現さず、それ以外で現れたと言う伝承や話もない。
 もし、そうなら。清水の見解は全くの筋違いと言うことになってしまう。
 
「先も言いましたが、沼御前そのものではなく、
似て非なる池御前と申しましたが?」

 しかし清水の顔は至って平淡としていた。
 
「確かに沼御前なら、こことは何の関係もないでしょう。けど池御前は違う。何処であろうと池にまつわる縁があれば現れる怪異。この屋敷の大池には縁があり、その理由を知る必要があります」

「う、うぐぐ……」

 悔しげに顔を歪める幻斎を捨て置き、清水は改めて遺体を見下ろす。
 水気はとうに乾き、濡れた様子はない。
 暫く見つめた後、ある質問を十郎太に向けた。

「もしや、二度に渡り死した女中たちはこの様な姿だったのでは?」

 ビクリと。背筋が震え立つ。
 図星だった事を自ら晒してしまった十郎太は、ぽつりと肯定の言葉をこぼし始める。

「は、はい。その通りです。公には、あくまで不幸な事故という体で話してはいますが、真実は違うのです」

「ど、どういうことだ!! そんな話、わしは…
…」

「堪忍して下さい三智原様! とてもじゃないが、簡単に説明できる死に様ではなかったのです!!」

 どうやら三智原はあくまで事故だと思っていたらしい

 親交の深い三智原であっても容易く話せない程、亡くなった二人の女中たちは惨い姿だったのだろう。
 そして、清水の問いと掛け合わせて考えれば、どう言う状況だったのか。
 そんなもの、童でも簡単に察する事ができた。

「無かったのです! 一人目の久川は玄関先で頭と身体の右半分が無くなった姿で、二人目の長窪に至っては頭と下半身がまるまる、胸の辺りまで無かったんです!!あんなの、正気の沙汰ではない!!!!」

「……」

 思わず口を噤んでしまう。三智原だけでなく全員が。

「……ならば、やはり二人の女中の死は……」

「池御前の仕業で間違いないですね。蛇の妖が人を喰い殺す時は普通の蛇と同じく丸呑みにしますが、必ず、ヤツは身体のいずれかを残す」

「……異様な。何か、理由でもあるのか?」

 確かに通常の蛇の妖が人を襲い、丸呑みという形で喰らうのであれば、池御前は何故敢えて身体の部位を残すのか。
 三智原の疑問は尤もだ。
 可能性的に考えれるのであれば、見せしめが
一番近いか。
 敢えて、痕跡を残すという事は他者に自らのやり口を見せる行為に等しい。
 知らしめるのだ。自分がやったと誇示し、それは自ずと他者から他者へ伝播していく。
 実際、通り魔は自らの異名を知らしめる為に
自分がやったという証を現場に残すことがある

 それは自らの意を綴った文の場合や、紋所が
刻まれた紙、あるいは何かしらの小物を置く場合もあるが、中には凄惨な殺害の仕様で伝えるモノもある。
 だが、ソレらはあくまで人の範疇に収まる道理だ。
 妖の道理は、人が真意を汲み取れないほどに
怪奇なのだ。

「さて。そこは分かりかねますね。この世の理の外側にあるモノの意を汲もうなんて、雲や風を掬い取るようなものです」

 怪異とは、そういうモノだ。
 直接そう言われた訳ではない。が、それでも三智原にはそう断じられた気がした。

「ですが。共感も理解もできなくても、暴く事は
できます。暴いて仕舞えば『理由』を手に入れることができます」

 万具の破魔の力を解放させる二つの要。
 その一つが『理由』だ。
 何故この世に現れ、人を襲い、殺すのか。
 並大抵ではないにしろ、理由が手に入れば怪異を祓うのに一歩近く事ができる。

「そ、それでだ。いかに致すつもりか。相手は
貴女の持つ万具なる三味線を用いねば祓えぬと
言うが……」

「池御前という名が明かされた今、相応の対処は可能です。それに名を知るというのは単純に対処のみならず、縁を得て、対象を逃さなぬよう縛り付けることもできます」

「つ、つまり、それは池御前なる蛇の怪異が今もこの屋敷の何処かに潜んでいると?!! そうおっしゃりたいのですかぁぁぁぁっっ!!!」

「たい、のではなく、事実として今も潜んでるんですよ
。何処に、はまだ把握できませんが」

 ただでさえ、真っ青な顔がとうとう白味を帯び始めた。 
 十郎太としては女中3人を殺した化け物がまだ自分の屋敷に居るなど、考えたくもないだろう。
 
「次の犠牲者は分かりかねます。なので、こちらを」

 何処から出したのか。いつの間にか握り締められていた白い礫を全員に向けて投げつける。
 礫は折り畳まれた紙だった。
 瞬く間に開かれ、頭の部分が雫を模るかのようにとんがっている人形の紙は、全員の腹部へと張り付く。
 ほんの僅かに淡い青の輝きを放つが、すぐに消える。同時に水の香りが鼻腔をくすぐった。

「こ、これは?」

「身代わりの護符です。これで五回、あるいは七回程度は怪異に襲われても無事でいられます」

「本当にこんなもので守れるのか?」

 幻斎は訝しむが、それを無視して清水は話を続ける。

「要である『理由』と『縁者の思い』が揃うまでは、難を逃れる為の対処が必要になります。池御前はあらゆるものの中を移動し、人を襲う。身代わりの護符以外にもコレを使いましょう」

 そう言って彼女はまた懐から何かを取り出す。今度はガラス製の徳利ほどの大きさの小瓶だった。
 蓋を開け、口を斜め下へ傾ければ何かが零れ落ちていく。それを清水は片手で受け止める。

「砂? いや、塩か?」

「はい。それに加え、神社のしめ縄と小豆を燃やした灰を混ぜた物です」

「塩は分かるが、何故しめ縄と小豆を?」

 三良と茂信が怪訝な顔を浮かべる中、三智原がその答えに行き着いた。

「しめ縄は元より神社に使われる神聖なもの。小豆は赤味を帯びている為、魔除けの色を持つ。すなわち、塩と同じく、良くないモノを寄せ付けない邪気祓いの力がある……ということか?」

「ふふ。三智原様は博識ですね」

 チラリと。笑みを浮かべつつ、流し目に一瞥する清水の意図を幻斎は察して「うぐぐ…」などと。恨めしそうに苦悶の声を漏らす。
 
「今日は色々ありましたので、一先ず、一箇所に
纏まりコレを用いて結界を作ります。サワギさんを除いた皆様には、お台所の塩をお願いします。なにぶん、この一つともう一つ分じゃあ、
結界を作るのは無理なので」

 未だ恐怖で震えているサワギに手を貸せ、などと言うのは酷だ。
 そんな状態ではないことは誰が見ても分かる。
 全員が清水の言葉に頷いて(幻斎は渋っていたが)、すぐさま行動に移した。














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