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三幕 池御前 其の三
しおりを挟む一先ず、女中の遺体は大広間の一個隣の部屋へと移動し、大量の塩が入った大きな亀壺に女中の頭部と腕を埋め、蓋をする。
塩で遺体の腐敗を遅らせる為だ。
こうして寝かせておけば、それなりに持つ。
少なくとも、怪異退治の間だけは何とかなる
筈だ。そのまま放置していると腐敗してしまい
後々大変なのでこうした処置は必要だ。
「ふぅ。一通りは済んだな」
「ああ。あっちも終わったみたいだ」
丁寧に遺体を洗い、塩の入った亀壺に入れる作業をしていた茂信と三良は、開いている襖から大広間の様子を見ていた。
こちらも終わったようで、来てみれば大広間の端に二重の塩の線が囲いのように四方に大広間の隅に敷かれ、内側には人間一人一人を囲う円陣が人数分ある。
「しかし、部屋を囲うのは分かるが、何故内側にも? しかも丸い形で……」
「池御前は丸く、祓いの力があるモノを嫌う傾向がある。もっとも、気休め程度ですので、それほど高い効果がある訳ではございません」
清水は三良の言葉にそう返し、今度は水の入った小瓶を手に、塩の円陣の線に被せるように
掛けていく。
「清き水よ、清き水よ。邪を祓い給え。魔を退け給え」
そこで祝詞を紡ぐ。すると水で濡らした塩の線が護符と同じ淡い青の輝きを放つ。
これも、瞬く間程度のもの。
すぐに消えてしまう。
「……うぅむ。貴女の術は、何度見ても面妖なモノだな」
「恐れ入ります」
原理が分からない。
顔を難しそうに歪めて唸る三智原だが、それはほぼ全員がそうだろう。
術を操る様を見て、理解ができる者、ひいては行使できる者なんて、その道に通じる者でもないと無理だ。
幻斎は怪異の知識はあり、修験者ではあるが
彼は神聖な言葉で祓う質なので、こうした妖術染みたことは全く出来ない。
「では、また明日に」
淡々と。清水はそう言った。
※
二重の塩の線といくつかの円陣が形成された結界の上で布団を敷き、床に就いた。
結界が守ってくれているとは言え、それでもやはり不安と恐怖が消える事はない。
「……起きてる? ミズキちゃん」
「………うん。サワギちゃんも、みたいだね」
暗闇の中、サワギとミズキは眠れずにいた。
やはり、あの出来事のせいだろう。
女中の一人が死んで、それが池御前という化け物の仕業だというのは与太話にしか聞こえないかもしれないが
、現に起きてしまい、しかもサワギはその化け物に襲われたのだ。
頭の整理がつかず、ただ心底から恐怖が込み上げて来る。
「……大丈夫」
布団の中で震えて縮こまるサワギの手をミズキはぎゅっと握り締める。
「清水さんがなんとかしてくれるよ」
「けど……」
「確信できる訳じゃないんだけど、何となくでも分かるんだ。あの人が何とかしてくれるって」
それは良くて希望的観測。悪くて、考えなしの無責任な言葉かもしれない。
しかし、それに同調してしまう気持ちもあった。サワギから見ても清水は常人とは呼べず、何処か浮世離れしていて、掴み所がない傑物に思えたから……と言うのが一番の理由かもしれない。
自身を救った、というのもある。
あの化け物を退けた実績は間違いなく、でなければこうしてミズキと添い寝などしておらず、隣部屋の遺体同様、亀壺の塩の中だったのかもしれない。
不意にそう思ってしまうと、余計に恐怖が増えていく
。
じわじわと、心を蝕んでいってしまう。
それを紛らわせようとミズキの手を強めに握り返してしまう。
「サワギちゃん……大丈夫。大丈夫だよ」
そう言うしかない。
それでも、その言葉はサワギにとっては有り難く、暖かった。
※
「此度の件、いかようにするか」
女中二人が寝られないのと同じように男衆も
なかなか眠れずにいた。
但し、恐怖や不安ではなく、今後のことについて、だが。
「瀧崎家で人が死に、その下手人が池御前なる化け物の仕業なります……なんて。そんな報告で
お上は納得しまい」
茂信は溜息を漏らす。
そんな申し立てをすれば、即刻切り捨てられても文句は言えない。
それほどまでに言葉にすると陳腐で、何一つ信用できない文言なのだ。
良くて怒鳴られ、一蹴される。
「その前に無事生きて此処から出られるのか。幸先が悪くない事を願いたいな」
藁にも縋りたいという言葉とは裏腹に三良は自身の生存に関しては諦観していた。
奉行所に勤める同心は皆下級武士の出だ。
三良もその例に漏れず下級武士の一人であり、凶悪で残虐なお尋ね者と斬り結ぶことを想定し、命を賭ける覚悟を持っている。
人間相手ならまだ助かる道は広い。
だが人智の及ばない化け物では、道はか細く狭まってしまう。
「人を斬れても化け物は斬れん、か……」
「じゃなきゃ祈祷師も陰陽師もいらんだろ。最もここにいるのは胡散臭い擬きの男だが」
「なな、何をよぉ! いかに同心とて無礼ではないか!!」
上半身を起こし、抗議して来る幻斎。
寝ている者に配慮してか、小声であーだこーだと説教を垂れて来る様を見て、三良は琴線に触れたか、と内心後悔した。
いや、この場合は小さく無害なドラ猫の尾を踏んでしまったと言うべきか。
「ええい、うるさいな。だったらご自慢の修験者としての力で化け物を退治してみろや、ボケ」
「まてしても無礼な! ならば、次こそ怪異が現れば…
…」
「静かにせい。たわけ」
口論に発展し、次第に大きくなっていた二人を止めたのは三智原だった。
声は静かに。しかし厳格に。
餌求めて水面をバシャバシャと騒ぎ立てる魚の群れに一石を投するかのように二人の口喧嘩を諌める。
「今は寝ろ。寝足りずでは大事あってもまともに動けんぞ」
「「…………申し訳ない」」
そう言われては立つ瀬ない。
仲を悪くしても、この時二人の心中は吐き出された言葉と同じく、見事に一致していた。
「はぁぁ……まぁ、気は楽になるか」
小さなバカ騒ぎは、側から見れば笑えるものだ。
茂信もそうだが、こっそり聞いていたサワギとミズハもつい笑みが溢れる。
十郎太も、不思議と恐怖が和らいだ気がした。
清水殿はどうだろう?
そう思って茂信が視線を清水に向けて見れば、彼女は床には就いていなかった。
しかし目を閉じ、ただ静かに何も言わず膝を折り座していた。
※
〈では、此度の怪異は池御前であったか〉
空は青く、雲が揺蕩うその場所は不思議と陸と呼べるものが一切なかった。
あるのは、水面。
深さなど分からない。海のように蒼く、無数の赤い鳥居が無造作に乱立していた。
大凡、尋常ではない。
まさに理から外れた異界の景色の中で清水は
一つの鳥居の上に腰を下ろし、ぶらぶらと足を揺らしながら『声』に語り掛ける。
「そうみたいだねぇ。まぁ、多分何とかなるさ」
〈大した手合いではないと?〉
「強いか弱いかで言えば、なんとも言えないけど
ねぇ」
〈お前の実力、疑いはすまい。しかし万が一の為、誰か助っ人を寄越した方が得策か〉
「わっちはどちらでも。あ、けど寄越すなら焔の坊やがいいねぇ。もしくは『木』の旦那か」
〈『土』と『金』ではダメなのか?〉
声の問いに対し、清水は初めて苦虫を噛み潰した顔になる。相当な嫌悪感と拒絶感がじわりと伝わって来る程だ。
「嫌。ぜっっったい嫌だね。土くれ野郎は陰険だし、金○のカスはろくでなしさね。だぁぁれが
好き好んで一緒になるか」
予想の斜め上、いや、天上をぶち抜きかねない感情に『声』は戸惑いの色を見せる。
〈う、うむ。なら手が空き次第『焔』をそちらに向かわせる。構わぬな?〉
「ああ。焔の坊やが来てくれるなら勤めの方も早く片がつく」
〈我ら『五座』の使命は世に蔓延る荒御霊の怪異を祓い、世の理を平常に保つ。これを忘れぬよう心がけよ〉
「承知してますとも。わっち、使命を違えるほど
耄碌しておりませんから」
声は、それっきり聞こえて来ない。
それを皮切りに清水の意識は『現実』へと引き戻されていった。
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