怪異ノ語リ噺

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〜〜江戸編 『犬神』〜〜

三節 依代探し

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 犬神。古来より其の意味する処は二つある。
 一つは、純粋な神の使い。
 神の使いとする動物は狐だけではなく、実は千差万別。蛇や牛、ネズミと様々あるが犬もその一つ。
 その場合、犬神ではなく『神犬』と呼ばれる事が多い。
 もう一つは人を祟り殺す呪いそのもの。
 地面に頭だけ出した犬を何日か餌を与えずに放置し、そしてある時を見計らい目の前に餌を置く。
 当然飢えた犬はそれに齧り付こうと足掻くのだが、それを機に一息に犬の首を断ち、奉る。
 餌を与えられず、喰えずに果てた黒い情念は
凶暴な怨霊となり、呪う対象を悉く祟り殺す。
 これが蠱毒の一種『犬神呪術』。
 
「しかし妙です。この家は在り方としては神犬の方だ。間違っても犬神が祟り殺す理由は何処にもない筈。ともすれば……」

「あ、ありはせん! 何もありはせんぞ!!」

 唾を飛ばしながら叫んだ久蔵は指を焔に向けながら捲し立てる。

「貴様、さっきからベラベラと……怪異とやらの正体はお前ではないのか? そうだろう!!」

「………  ?」

 腹底を探るような焔の視線に少したじろくが、それでも久蔵は止まらない。

「機が良すぎるんだ! あの広間で親族が消えて、現当主の戌亥様が殺された!! そしてお前が現れた。何もかも都合が良すぎる! そう!
君蔵殿!! お主にとってな!!!!」

「……言い掛かりをかけるおつもりで? この状況で?


「黙れ! 貴様にとって戌亥様は邪魔だろうに! 当主制を廃したいのであろう?! だからこんな妙な男と結託して……」

「いい加減におし!!」

 ピシャリと。
 凛としながらも厳格を宿した一喝が飛んだ。

「何もかもが理解できない。人智を超えた業の数々。怪異なる人外が起こしたと納得するしかありません。そうしなければ、我々はただ餌食になるだけ」

 おつねは、粛々と語る。
 言葉自体は至って冷静だ。
 だが、そこには何者も文句は言わせないとする圧があり、それを語るように鋭い視線が全員を射抜く。

「そして最も大事なのは互いに協力し合うこと。相成れぬ仲でも事ここに至っては無意味。いいですね?」

「う、うぐぐ……」

「異論はありません。おつね殿。見苦しい姿を晒して申し訳ない」

 久蔵は苦虫を噛み、対する君蔵は礼をもって答えた。
 あまりに正反対な対応に松葉は内心呆れてしまう。
 勿論、二人の仲が良くない……というより久蔵が君蔵に突っかかっているだけなのは知っているが、この状況下でも嫌いな相手を罵倒できる精神性は愚かを通り越して蛮勇の域に入るかもしれない。
 とは言え、松葉としてはもはや呆れて物も言えないが


「それで。焔殿は私達にどんな協力を? 相手は超常の人外。我々が何かできるとは思えぬのですが」

「そう難しい事は強いたりしません。ただ聞かせて頂きたいのです。この犬神家の事を包み隠さず。それと、依代探しにご協力を。この屋敷の何処かにあるのは確かですが、生憎、屋敷内は慣れていないので道案内が欲しいんです」

「その、依代とは?」

「先程も言った通り、怪異が世に顕現する為の物です。怪異とは目に見えない情念やら精霊の類が因果の強い場所と結び付くことで生じますが、だからと言って、全てがこの世に災禍を齎すわけではないんです」

「それはどういう……」

「人に善し悪しがあるように、怪異には有害無害の敷居があります。我々五座が相手にするのは激し過ぎる情念が災禍を生んでしまうほどに強まってしまった荒御霊あらみたま

「……」

「逆に害のないものは和御霊にぎみたまと呼ぶんですが、コレは特に問題はありません。あったとしても、せいぜい悪戯程度」

「あらみたま……にぎみたま ……」

 反芻するように松葉が呟く。
 この世にある万物の性を表したその言葉は、怪異であれ人間であれ、あるいは多種多様な動植物にも当て嵌まる。
 そのモノが何を思おうと、あるいは何も思っていなくても。
 他者が、周りが何かしらの害を受けるのであれば、それは十分に荒ぶる側面と言える。
 そう、なってしまう。

「怪異はこの世の物ではないので、通常なら現世に干渉はできません。ですが、この世の物に宿る事ができれば、それが怪異を現世に繋ぎ止める楔になり、初めて人の五感でも見て触れる事ができます。それが依代、という訳です」

「えーっと……それってようするに、色んな物に宿って、そうやってお化けが身体を持つ……ってことですか?」

「まぁ、近いですね。もっとも、宿れても絶対に顕れるとは限りません……とても強い思いが無ければ、意味がないんですよ」

 そう言った焔の表情は窺い知れない。
 無表情と言えば、それまで。
 だが、何処となく別の感情がある風にも感じられる不思議な面持ちは松葉を惹きつけ、気付けば視線をずっと向けてしまっていた。

「? どうしました?」

「あ、な、何でもないです!!」

「……その依代とやらを探すのはいいが、話を聞けばどんなものでも依代になるのだろう?」

 今まで進んで会話に入って来なかった君蔵がここに来て、焔に声をかける。
 その目は未だに恐怖に震えてはいたが、それでも怯えているだけでは何もできないと。
 そんな思いがあったのかもししれない。
 いや、実際悟ったのだろう。
 こうして焔に聞いてくるのがその証拠だ。

「そうです。怪異との縁が強い品であれば、形や大きさ関係なく依代になりますね」

「判別の方法は?」

「僕、匂いで分かるんです。思いの匂い……とでも言えばいいんでしょうか。それで嗅ぎ分けられます」

「に、匂いって……」

 犬ですか。あんた。
 妙な自信を出しながら、はっきりとそう告げる姿に思わず口から出そうになったその言葉を、松葉は空気と一緒になんとか喉の奥へと押し込む。
 まぁ、実際に襲われているのは犬の怪異な訳だが、まさか、それを退治しようとしている男が犬のような真似ができるなど、誰が予想できるのか。
 
「なら急ごう。私が案内する。女子衆と久蔵殿はここで待機を」

「いや、ワシも行く! 貴様のような奇怪奇天烈な輩を、犬神家の屋敷に右往左往させる訳には行かん!!」

「どうぞ、お好きな様に。聞きたい事もありますしね」

「あ、じゃあ、私も行きます!!」

 意外な事に松葉から声が上がる。
 
「な、なにを言うかぁ! 女子連中は大人しく…」

「だって、お二人じゃまた喧嘩しちゃうだろうし、ここは一つ、私が間に入らないと」

「はは。助かります。いい年した野郎共の喧騒は耳に少し堪えますから」

 爽やかな笑顔で放たれる辛辣な毒言。
 当然君蔵もそうだが、久蔵はそれ以上に、それこそ顔を真っ赤に憤慨した様子で焔に躙り寄る。
 
「貴様ァァ……口の利き方がなっ」

 だが、そんなもの焔には関係ない。
 バッと、襖を勢いづけて開く。
 誰もいない。人も。化け物も。
 ただ異界と化した景色は変わらず。
 その異様過ぎる光景の前では誰もが足を踏み止まってしまう。
 久蔵も今度は顔を青ざめ、思わず、たじろぐ。
 行くと決めたのに無意識ながら足がすくみ、一歩下がる。常人ならそれが当然の反応だ。おかしくはない。
 だが、そんな彼等を先導するが如く。
 一番手を担ったのは……焔。
 この部屋と縁の下の廊下、この二つを隔てる襖の敷居を臆する事なく踏み越える。
 そして背中を三人に見せつつ、流し目を向けながら、

「では、行きましょうか」

 何てことのない軽い調子で、そう言った。







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